【三章前日譚】ヒノクニのノブナガ③


「それで、とりあえずこの悪魔君次第では契約するつもりなのか?」


 数日後、俺は親友の鎌鼬かまいたちに悪魔の事を相談した。

 鎌鼬は顎に手を当てながら、悪魔をまじまじと観察している。


「元人間の悪魔か。お前、生前でどんな悪事を働いたらそうなるんだ?」

「……うるさい」

「うーん。なんか胡散臭いなぁ」


 胡散臭い。

 俺にも鎌鼬にもそう言われた悪魔はやはりショックを受けているようだった。

 「ミカエルならともかくなんで俺まで」とぶつぶつ文句を言っている。

 

「まぁ特に悪意を感じねぇし、いいんじゃねぇかな。何かあったら俺が祓ってやるよ」

「ありがとう鎌鼬」

「んじゃ、俺今から河童と約束あるからもう行くぜ」


 そうして鎌鼬は千切った葉っぱを妖術で大きくすると、それに乗って去っていった。

 悪魔はヒノクニの妖術を見るのが初めてらしく興味津々のようだ。

 

「悪魔君の故郷には妖術はなかったの?」

「ようじゅつというものはないが……まぁ、魔法と似たようなものだろう。俺は炎魔法が得意だったんで、今の俺になったわけだしな」

「そういえば悪魔君はどうして悪魔に? 人間から悪魔になるって世界では結構あることなの?」


 俺はじっちゃんの言いつけで森のきのこを収穫しながら、そんな俺を岩の上から見守る悪魔君に尋ねる。

 悪魔君はだらんと岩の上で上手に寝転んでいた。


「いや、世界でも希少な例だ。俺だけかもしれない」

「じゃあどんな悪い事したのさ」

「……ふん、そんな事ベラベラ話すわけ、」

「ふーん。じゃあ悪魔君と契約しなーい」

「貴様ぁ!」


 岩の上で何か燃えているけど無視無視。

 まだ数日の仲だけど彼の扱いは慣れてきた。

 

「……愛した女がいると言っただろう」

「うん」

「そ、その女は……既に俺の兄と結ばれていた。俺が入る隙間などなかった。だから、悪魔と契約してしまったんだ。どうしても欲しくてな」

「え……」

「もっとも、それでも彼女は兄を愛し続けたが」


 自嘲する悪魔君を俺は見上げる。

 その横顔はどこか悲しそうだったけれど、嬉しそうでもあった。

 何故そう思ったのかは、恋をしたことない俺には分からないけれど……。


「悪魔と契約して悪魔になったって変な話だね。君って意外に間抜けなんだ」

「……あぁ。それは否定しないさ。俺は確かに間抜けだった」

「でもそれだけ好きな人が出来たのは羨ましいよ」


 俺もいつかそんな恋愛をしてみたいなぁ。

 こんな事、鎌鼬に呟いたら一生揶揄われるから言わないけど。

 

 そうして悪魔君とずっと離していれば背負っている籠いっぱいにきのこが溜まった。

 

「お、おおおおおい!!」

「? なに? どうかしたの?」


 悪魔君が突然大きな声を出す。

 ブルブルと震えて俺の背後を指差していて。

 すぐに振り向けばそこには──のっぺらぼう君がいた。


「か、かかかか顔が、ないぞ!!!」

「? のっぺらぼうなんだから当たり前だろ? ね? のっぺらぼうくん」


 のっぺらぼう君はうんうんと頷く。

 どうやら久しぶりに自分を見て驚いてくれる人(悪魔だけど)がいてとっても嬉しいようだ。

 そっと着ていた着物の尻を捲る。

 そうしたまま腹這いになったのっぺらぼう君のお尻を見た悪魔君はこれでもかというほど口を開かせた。

 

「な、なななななんあ!?!?!?!?! 尻に目があるぞそいつ!!!!!」

「のっぺらぼう君は人を驚かせる事に特化した妖怪だからね。そりゃあお尻に目くらいあるよ」

「この国のヨウカイというのはどうなっているんだ……ってこっち来るな! おい! おい!!」


 気分を良くしたのっぺらぼう君は悪魔君を追い回す。

 悪魔君はちょっと涙目になりながらも、必死に逃げていた。

 俺もそんな楽しそうな二人に混ざろうとしたんだけど──。


 ──その時、風の動きが変わった。


 俺は顔を顰める。

 

「おい、ガキ。急になんだその顔は」

「……風が泣いてる」

「はぁ?」

「このヒノクニには沢山の神様がいるんだ。風の神様、木の神様とかね。妖怪達はそんな神様の声を感じ取ることが出来る。一応俺もなんとなく分かるんだけど……風が泣いている。何かあったんだ」


 俺は走り出した。

 森の中から、煙が出ていることに気づいたのだ。

 嫌な予感がした。


 まさか、まさか、まさか!!


「──じっちゃん!!!」


 案の定、燃えていたのは俺の家。

 俺はその前で倒れているぬらりひょんのじっちゃんを見つける。

 その傍にはぬりかべ君もいた。

 けれど……。


「じっちゃん! じっちゃん! っ、これは……」

 

 じっちゃんの腹に御札が巻かれた矢が刺さっている。

 ぬり壁君なんかはあちこちを繰り抜かれたように穴が空いていた。

 

「……う、」

「! じっちゃん!」


 じっちゃんの意識がかろうじて戻ったようだ。

 俺は霞む視界の中、弱弱しいじっちゃんを見つめる。


「じっちゃん、じっちゃん!」

「騒がしいぞ信長……静かにせんかい」

「そんなこと出来るわけない! 俺、おれ……どうしたら、」


 オロオロする俺にじっちゃんはふっと頬を緩めた。

 俺の涙がじっちゃんの頬を濡らす。


「逃げなさい。例の“妖怪狩り”だ……既に被害にあった隣の山に視察にいったが、それはそれは惨かった。奴らの目的はおそらく仙桃。そして我ら妖怪を蹂躙すること……」

「じっちゃん、俺! 戦うよ!」

「馬鹿をいうな。お前に何ができる。戦う術を知らない小僧が武器を持つでない……」


 俺は唇を噛みしめる。

 そして我慢できずに──その場にじっちゃんを置いて、俺はまた走り出した──。


 じっちゃんが俺を止める声なんか、聞こえなかったんだ。



***


新作を久しぶりに投稿してみました。

「無職? いいえ、聖女です! ~失恋したり親友に裏切られたり村を追い出されたり魔王を倒さないといけなくなったりもう最悪~」というタイトル通りの作品です。

よかったらどうぞ。


ヒノクニのノブナガ、あと二話程度で終わりです。

さっさと終わらせて三章に行きますね。しばしお待ちください。

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