クソ野郎
「どうしてここに来たのかな、レヴィアタン。せっかく自由にしてあげたのにさ」
暴走した魔王を眺めながら、ルシファーは己の身体を抱いていた。
酷く興奮しているのか、息が荒い。
ルーメンは眉を顰めた。
ルシファーの傍にいるはずのベルフェゴールとベルゼブブがいないことに気づいたからだ。
「……ルシファー、君……
「…………、」
ルシファーはにんまりと不気味に笑う。
「おや? 意外だな。君はエレナちゃんの事しか頭にないと思ってたのに。結構慕ってたんだね。二人の事」
「あぁ、そうだね。自分でも驚いているよ。彼らには随分世話になった。特にベルフェゴールさんには」
「ははは。そうだったね。でも彼に関しては僕に感謝していると思うよ。だって彼いつも言ってるでしょ? 『死は最大の怠惰であり贅沢だ』って」
ルーメンは「そうかもね」とうっすら笑みを浮かべる。
その表情は少しだけ寂しそうにも見えた。
「──それで? どうしてここに来たんだい? せっかく僕が愛しのエレナちゃんというご褒美付きで解放してあげたのにさ。あぁ、もしかして振られちゃった? あはは、可哀想に」
「そうならもっと救いがあったかもね。そもそもスタート地点にも立てなかったんだよ僕は」
「ふーん? 監禁するなり魅了魔法をかけるなり出来たはずだけどね。だけど君はそれをしなかった。嫉妬の悪魔の名が泣くね」
するとそこで、ルーメンの身体に変化が起こる。
むくむくを身体が膨れ、赤い竜──リヴァイアサンへと姿を変えたのだ。
ルシファーがピクリと眉を動かした。
「……どういうつもりなのかな。僕は君を食べる気はないんだけど」
「ルシファー、僕達が出会った時の話をしよう」
「はぁ?」
「六年前、マモンが僕を君の所へ連れて行った。そして初めて会った君は僕にこう言ったんだ。『僕は今、毎日がつまらない。この世界を楽しいものに作り替える為に僕に協力してくれ』と」
「……そんなこともあったかな」
「僕はさ、この世の誰よりもエレナが大切なんだよ。エレナには悲しんでほしくない。幸せでいてほしいんだ。その為ならなんだってする」
「なに、そんなくだらないことを僕に言って何になる? そういうの死ぬほど大嫌いだって知ってるだろう」
「ごめんごめん。じゃあ僕の言いたいことを一言でまとめるよ」
ルーメンはするりと細長い身体でルシファーに巻き付いていく。
ルシファーは目線だけをルーメンに合わせ、それ以外は動かなかった。
「──『
その瞬間、ルーメンはルシファーの上半身に噛みついた。
しかし同時にルーメンの首に剣が貫通する。
ルシファーの影で出来た剣。
ルシファーは心からの嫌悪を示した顔で、舌打ちをした。
「君、最初から僕を殺すつもりだったんだろう。僕が君を誘った六年前からずっと」
さらに影で出来た様々な形状の刃物らがルーメンを地面に縫い付けるように刺さっていく。
ルーメンは痛みで叫んだが、刃物のせいで動けなかった。
「とんだ腑抜けめ。仮にも僕の血だった君が僕に歯向かうだなんて、がっかりだ」
「…………っ、」
「君は僕に歯向かった。故に、僕は君の約束を守る義理はもうなくなったわけだ。意味、分かってるよね?」
ルーメンの腹に刺さってあるナイフに足を置き、ぐりぐりと揺らす。
痛みで声を上げるルーメンにルシファーは嘲笑した。
そうしていくうちに行為はどんどん残酷になっていく。
最終的にはルシファーは我を忘れてルーメンの身体に何度も何度も刃を突き立てていた。
「あは、はぁ、はぁ、ふふふ、参ったな。僕としたことが──すっかり、はぁ、夢中になっちゃった」
ぐったりと動かなくなったルーメンにルシファーは満足したようだった。
しかし、その時──。
やっとルシファーが再び意識を魔王に向けようとしたところ、あれだけ人間を吸い上げて膨張していた魔王の身体が突然破裂したのだ。
ルシファーは珍しく間抜けな声を上げ、唖然とした。
見ると、すっかり元の姿に戻った魔王の傍らには──エレナがいることに気づいた。
「あぁ、そういうこと。エレナちゃんの存在に僕が気付かないように気を逸らせたのか。随分なことをやってくれるじゃないか」
ルーメンはゆっくりと竜の姿から人間態に戻ると、魔王のマントの中から顔を出すエレナを視た。
そして、こんな状況にも関わらず顔が綻ぶ。
「……父さんを、救えたんだね、姉さん……」
ルシファーは癇癪を起こしたが、すぐに冷静になると血だらけのルーメンに視線を向けた。
その目はまるで害虫を見ているかのような冷たいものだ。
「憤怒を取り戻す為に僕がどれだけ手間をかけたと思う。ああ、クソ。面倒くさいなぁ! ……仕方ない、ここは妥協するさ」
ルシファーの背中から何かが伸びてくる。
彼の影で編まれた大蛇だ。
「光栄に思うといい。君を再び僕の中へ取り込んであげよう。君みたいな腑抜けた悪魔を取り込んだらどうなるか分かったもんじゃないから吸収しないであげようと思ったのにさ……まぁ、たかが愛なんてくだらないもので、僕の本質が変わるわけがないけど」
「────、」
「ははは、実に愉快だ。悪魔が大人しく己の身が食べられるのを待つなんて見苦しくて滑稽だね。ほーんと、愛なんて持つべきじゃないねぇ。あは、あはははははっははは!」
ルーメンは大蛇が己に近寄ってくる気配を感じながら、逃げようともしなかった。
ただひたすらにエレナを視ていた。
ルシファーが高笑いしながら、興奮したように空を仰いでいる間もずっとだ。
そのルシファーの笑い声でエレナらがようやくこちらに気づいた。
ルーメンは一筋、涙を流す。
そして──影が、ルーメンに覆いかぶさった。
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