覚悟
「──姉さんの言っていたこと、本当なのかもね」
──僕が愛していたのは姉さんだけじゃなかったようだ。
──オリアス、アイム、シトリ、父さん……テネブリスの皆と過ごした日々が脳を駆け巡っている。
──もう一度テネブリスに帰りたいなんて、願ってしまう。
──嗚呼、悪魔でありながらこんな幸せな思い出と共に消えることができるなんて。
ルシファーの大蛇が迫ってくる。
エレナが両手で口を抑え、真っ青な顔で己を見ている様子がルーメンには視えた。
「姉さん、僕を愛してくれてありがとう。君の弟になれたこと、僕は心から誇りに──」
彼の意識は言葉を発し終える前に途切れる。
大蛇は餌を飲み込むと、満足したようにルシファーの背中に沈んでいった。
ルシファーは恍惚とする。
「あぁ、この感じはいいね。これだから共食いはやめられない。ふふ、ベルゼブブの暴食を取り入れたからだろうか」
ルシファーはそっとこちらに殺意を向ける魔王に気づいた。
「……目の前で息子が喰われて随分お怒りのようだ。気に喰わないけど、今はとりあえず逃げ──」
ピタリ。
ルシファーの動きが止まる。
何か違和感を覚えたのだ。
「…………?」
ルシファーはこの感覚に覚えがあった。
百年前、彼を苦しめたものだ。
そして、やけに大人しく自分に喰われたルーメンを思い出す。
──
「──レヴィアタン、お前、ミカエルの血を飲んでいたのか……っっ!!!!!?」
どういう経緯でミカエルの血を手に入れたのかは知らないが、そう確信した。
みるみる身体が焼けていく。
ルシファーは力の限り暴言を吐き出し、怒りを消化せざるをえなかった。
「クソ、クソ、クソクソクソクソ!!!! あいつっっ!! やりやがったなぁ!!! 自分は死ぬ覚悟で、僕に血を飲ませたのか……ああ、忌々しいヤツめ!!!!」
しかしうかうかしていられない。
魔王が己を捕らえる為に物凄いスピードでこちらに迫ってきていることに気づいたのだ。
悪の根源はどうしようもない怒りを残して──煙のように、空気に溶けていった。
***
── 一時間前。
「──大丈夫。姉さんは僕の言う通りにしてくれればいいから」
暴走する魔王を遠目に、ルーメンはそう言った。
エレナはキョトンと首を傾げる。
「何をすればいいの?」
「簡単な話だよ。父さんはあの化け物の中にいる。……父さんを救えるのは姉さんしかいない」
「! なるほど。あいつの中に飛び込めばパパに会えるのね」
得意分野だとエレナは歯を見せた。
「……あと、提案なんだけどさ姉さん」
「?」
「ミカエルの血を持っているだろう。それ、僕にくれないかな。僕がヤツに飲ませるよ」
「え? な、なんで知ってるの!?」
「千里眼だよ。言ったでしょ、僕はずっと姉さんを視てるって。花園での会話も全部知ってるよ」
そうあっけらかんと言ってのけるルーメンにエレナは違和感を覚えたが、ツッコんではいけないことをなんとなく察する。
腰につけた巾着から小瓶を取り出し、ルーメンにミカエルの血を掲げた。
「これがミカエル様の血。でも本当に大丈夫? ルシファーにこれを飲ませるなんてそう簡単なことじゃないと思うけど」
「うん、大丈夫。僕にいい考えがあるんだ」
ルーメンがそう言うので、エレナは彼を信じ血を託したのだ。
──彼の覚悟を、知らずに。
***
まおパパ二章あと二話で終わります。
明日完結させようと思います。
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