手を伸ばす
ノームは今まで生きてきた中で今ほど絶望を味わったことはなかった。
母ペルセネの死も彼女の意思であったこともあり、ここまで苦しくはなかった。
泣こうにも、今目の前で化け物が暴れて己の国民らを食い散らかそうというのだからそれはできない。
ただ叫んで、がむしゃらに兵士達を暴走した魔王から救う他なかった。
しかし一人では限度がある。
暴走した魔王は最初はその暴風に巻き込んだモノを己の身体に沈めていくだけだった。
しかし今は自ら不気味な触手を使って兵士達を貪っている。
「くそ!!」
ノームの目の前で、また一人兵士が魔王に喰われた。
ノームは歯を食いしばり、己に向かってくる触手を切ろうとするが──。
触手の先がさらに細かく分かれ、ノームに襲い掛かる。
突然のことに流石のノームも不意を突かれてしまった。
四方八方から伸びた触手が、ノームを拘束する。
そのまま、魔王の巨体の中へ引きずっていく。
ノームは必死に足掻いたが──。
「……エレナ、」
愛しい人が自分の傍で胸を貫かれた光景が脳を支配する。
足掻いても、希望に満ちていた彼女との未来はもう訪れないのだ。
そう考えるとこのままでもいいような気がした。
「……お前がいない世界で、余は、もう、幸せになれるもんか、エレナ……っ」
ならば、もういっそ、このまま──。
その時だった。
ノームを引きずる力が消えた。
強引に腕を引っ張られ、ノームはハッとなる。
「しっかりしてください! ノーム様!! 何をやっているのですか!!」
「イゾウ……」
ノームは驚いた。
彼の従者であるイゾウとは先ほど離別したはずだった。
ヘリオスの進軍を止めようとするノームの行為は王への反逆罪に値するだろう。
その為、今までノームを支えてきたイゾウまでも巻き込まないようにノームは一方的に彼に別れを告げたのだ。
「もうお前は自分の従者ではない。解雇だ。自由に生きろ」と。
しかしイゾウはここに来た。来てしまった。
当のイゾウは未だにノームを捕らえようとする触手達を容赦なく小切っていく。
そして怒気を含む視線をノームに向けた。
「私は既に貴方に捧げた身。今更自由なんてもらっても、私はまた自暴自棄な人斬りになってしまうだけだ。貴方には絶対に幸せになってもらう。それが今の私のたった一つの願いです!」
「しかし、余の幸せは、もう……」
ノームが弱弱しく首を振る。
イゾウはにっと口角を上げた。
「いや、まだです」
「は?」
「エレナ様は、彼女はまだ生きています。風がそう言っています!」
「!!?」
どういうことだ。
そう叫ぼうとした時だった。
ノームの隣に、何かが勢いよく着地してきたのだ。
ノームの身体が飛び跳ねる。
漆黒の巨体。
その悪魔の腕の中には──。
「シャドーさん! いきなり抱えて走るのやめてっていったじゃん! 舌噛むかと思った!」
「すまぬ、光よ」
「…………、」
少女は悪魔から降りると、やっとノームを見た。
そしてキョトンと首を傾げる。
「ノーム? どうしたの、そんなお化けを見るような顔して……」
「え、あ、はぁ? ……はぁ!!? エレナ、お前……お前っっ!!?」
「……光よ。先ほどルシファーが言っていただろう。お前は死んだことになっている」
「あ、そうか!」
少女──エレナは再度ノームを見上げると困ったように微笑んだ。
「こういう時ってなんて言えばいいのかな。えっと、安心してノーム。私はちゃんと──むぐっ」
「馬鹿者……!!」
ノームの震える腕が堪らずエレナを縛り付ける。
エレナは息苦しかったが、必死に自分に縋るノームに何も言えなかった。
「余より先に死ぬなど、許さんぞ! 絶対に許さないからな……っ!! エレナ!」
「! ……さぁ? それは保証できないなぁ。それに関しては私も貴方に同じことを思ってるからね」
「馬鹿、このっこのっ……あぁ、もう、お前といると心臓がいくつあっても足りないではないか……」
ノームはエレナの瞳を覗きこむと、やっと安心できたのか頬を緩める。
しかし今二人がここで愛を確かめ合う時間もなく。
魔王は、エレナが目の前にいるにもかかわらず暴走を止めない。
もはや周りなど見えていないのだろう。
「パパを止めなきゃ」
「どうするつもりだ?」
「簡単な話だよ。サラマンダーの時みたいに、パパの本体はあの
「……それは……」
ノームは一瞬迷ったが、諦めた様にため息を吐いた。
「……お前にしか、出来ないことだな」
「うん」
エレナの視線は暴走した魔王に一直線だ。
「エレナ、無事に帰ってこい。必ずだ。いいな? 何かあれば、全力で余を呼べよ」
「はいはい。心配しなくても、まだ結婚式も挙げてないのにノームを置いて行かないって!」
「! ……分かってるじゃないか」
「それに結婚式には絶対パパも招待するんだもん。あんなに大きいと結婚式どころじゃなくなりそうだし」
エレナは深呼吸をし、「よしっ!」と気合を入れた。
そしてそのまま──触手達を押しのけ、自らその沼のような黒い怪物に飛び込んでいったのだった。
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