衝突
「ええい! サラマンダーは何をしている!」
ヘリオスはイライラしながら禁断の森の前でサラマンダーの合流を待っていた。
早くこの森の向こうにある魔物の巣窟へ進軍したいというのに、サラマンダーはなかなか現れなかった。
もはやこのまま勇者なしでも進軍すべきか、とヘリオスが無謀な考えを巡らせた時──シルフがひょっこりと黒い烏の使い魔に乗って現れた。
「やっほー、ヘリオス王。サラマンダーはもうすぐ来るよ。先に進軍を始めちゃおう。微力ながら、僕がいるから安心してね」
「おぉ! シルフか! なんと、そ、それなら今すぐに──」
するとそこで、木々の葉が不自然に舞い、ヘリオスと周囲の人間を襲う。
風が治まり、露出した肌に切り傷ができてしまった人間軍が目にしたのは──
「……ひっ」
──影のような黒いマントに身を包む巨体に、骸骨頭の──魔王。
その後ろにはニクシーとドリアードが美しい顔をそれぞれ歪ませていた。
そして魔王たちが現れたすぐ後に空からエレナの相棒であるドラゴンのレイも現れた。
着陸の衝撃で地面が微かに揺れ、兵士達の過半数が恐怖で唾を呑みこむ。
「我らの森に立ち入るとなれば、容赦はせぬぞ人間! この森への入るのを許される人間は、我が友だけだ!! ニクシー! お前も怯えていないでなんとか言ってやれ!」
「う、うぅ……エレナはどこにいるんだ……」
「落ちつくがいいドリアード、ニクシー」
魔王は二人を一歩下がらせると、ヘリオスに視線を向ける。
ヘリオスは身体を少し仰け反らせた。
「シュトラール王国王とお見受けする。我が娘の行方を知っているか?」
「はっ! あの我が息子を誑かした魔女の事か! とっくの昔に我が国から追放した! 行方など知らん!」
「エレナが魔女だと……?」
今までドリアードの背で怯えていたニクシーの眉がピクリと吊り上がる。
レイも今すぐにヘリオスの上半身を噛み千切る勢いで威嚇した。
魔王はしばし黙ったが、改めてヘリオスに話しかける。
「──それで、この森の先は我がテネブリスである。何をしにきた、人間の王よ」
「この兵を見れば分かるだろう! ここ最近、貴様ら魔族が我ら人間の国を襲撃し、多大な被害を受けた!! 我らの怒りを受け入れ、その報いを受けてもらおうぞ!」
「身に覚えのない話だが」
「分かりきった嘘をつくか、魔王!!」
「…………」
ドリアードが「話など通じるやつらではない」とため息まじりに呟いた。
魔王は背後のテネブリス城を一瞥し──俯く。
「……、すまない、エレナ……」
──しかし、その時だった。
「パパーーーーーー!!!!」
「!」
天馬が空を駆ける。
そしてそれから二人の男女が飛び下りてきた。
飛び下りてきたエレナとノームは背中合わせになる。
エレナは魔王を見上げ、ノームはヘリオスを睨んだ。
ドリアードとニクシーの顔に笑みが咲く。
「エレナ! あぁ、エレナ! 無事だったか!」
「久しぶり、ドリアードさん、ニクシーさん。それにレイも」
「……エレナ」
魔王は安堵したように、肩の力を少しだけ抜いた。
エレナはにっこり笑って、魔王に抱き付く。
「パパ、人間の人達を攻撃したら駄目だよ。取り返しのつかないことになる!」
「しかし、これほどの兵士がくるとなると、」
「大丈夫。私達に任せて!」
一方ノームはヘリオスにきつく声を上げる。
「父上! この戦争は意味のないものだ! 仕組まれているんだ、そこのシルフによってな! 今すぐ引き返そう。テネブリスと争うべきではないのは父上だって本当は分かっているだろう!」
「引き返す? 今更そんなことが出来ると思うか馬鹿息子が……っ」
「あぁ、父上ならそう言うだろうさ。それならこっちにも考えがあるという話だ」
エレナが空からエレナの様子を見守るペガサスに合図を送る。
すると途端にペガサスの蹄が輝きだすではないか。
そのままペガサスが空を駆けるものだから、まるで青白い流星が不規則に動いているように見える。
ペガサスは輝く蹄の軌道で奇妙な模様を描いているようだ。
人間達もペガサスの動きに目が離せない。
「……魔法陣?」
ニクシーがそう呟くのと同時に、ソレは完成した。
空に描かれた巨大な魔法陣がさらに輝きを増し、周囲の生物の視界を光で埋める。
そして、皆が次に空を見上げた時。
──魔法陣から、巨大な女の頭部が窮屈そうに現れた。
「うぅ、ちときついな……上半身を出すのは無理か。恰好がつかないものだ」
頭部だけちょこっとだしたゴルゴーンは不満を漏らしながら、自分を騒然と見つめる人間達を見渡した。
「我は蛇神ゴルゴーンである。この度、我が同身の後始末と少女との約束を果たすため、ここに顕現した! 我が力を用いて、この場を治めさせてもらおう」
「なっ、」
ヘリオスがあんぐりと口を開けながら、必死に何かを言おうとするが、舌が上手く言う事をきかないようだった。
するとゴルゴーンの漆黒の瞳が少し拡大し、黄金へと変色していく。
刹那。
ヘリオス率いる人間軍のあちこちから声が上がる。
「──おい、おい!! 身体が、身体が動かないぞ!!!」
「! な、なにぃ!?」
ヘリオスも己の身体が拘束されているかのように動かないことにやっと気づいた。
騎乗している馬も同様。
ゴルゴーンが疲れた様に眉を顰める。
「すまん、エレナよ。助太刀したいが、頭部だけではどうにも、」
「ううん、ありがとうございますゴルゴーン様!! これは私達で決着をつけなければいけないことなので、もう大丈夫です!」
「そうか。では、全てが終わったら約束は果たせよ。ではな」
ゴルゴーンは最後にシルフを一睨みすると、魔法陣と共に消えていった。
人間達は摩訶不思議な出来事に唖然としているのみ。
エレナは拳を握った。
「──これで進軍はもう出来ないね、ルシファー」
エレナはシルフ、否、ルシファーを見る。
しかしなんとルシファーは腹を抱えて笑っているではないか。
ノームが「何がおかしい!」と剣を握った。
「あは、あはははは!! まさか、進軍を止める為に神まで利用するなんてさ!! さっすが僕の娘だよねエレナちゃん!! ひぃ、ひぃ、あはは、もうほんとに最高!! 君はつくづく僕を飽きさせてくれないなぁ、」
苛立ったエレナがルシファーの頬を叩いてやろうと一歩近づく。
しかしそれをノームが止めた。
ルシファーの後ろに三つの影が宙から生まれ始めたのだ。
レヴィアタン、ベルゼブブ、ベルフェゴール。
ルシファーは己の分身である三体に振り向くと、声を上げて笑うのをやっとやめる。
「あれー? なんか減ってない? まぁいいけど」
「ルーメン、」
エレナがレヴィアタンに強い視線を送る。対してレヴィアタンもエレナを熱のこもった目で見ていた。
ルシファーがにんまり笑う。
今までの馬鹿にしたような笑みではなく、何かを企んでいる子供のようなものだ。
その場にいた人間達全員の肌に寒気が走った。
「君には感謝しているよエレナちゃん。君がいてくれたおかげで、
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