対峙
「サラマンダー!!」
炎のトカゲは二つに分かれ、散る。
そしてその灰の中には、血まみれの──。
私はシャドーさんの頭を叩く。
「シャドーさん!! 早く、早く!! サラマンダーの所へ!!」
「落ち着け光よ。
「!」
私ははっとした。
今、私とシャドーさんの目の前には──。
「あは! サラマンダーは無事に君に想いを告げられたようで安心したよ。彼は僕の親友だからね。親友の恋路は応援したくなるものだろう?」
「……ルシファー……!!」
シャドーさんが私をゆっくり下ろした。
シルフさん──否──ルシファーは背筋がぞわぞわと落ち着かなくなるような笑みを浮かべている。
「あぁ、やっぱり僕の正体、分かっちゃったんだね。パパって呼んでもいいんだよ、エレナちゃん」
「ふざけないで! パパは貴方とは違う!」
するとそこで、近くの瓦礫が動いた。
よく見るとその瓦礫はゴーレムさんの残骸だと気づく。
這い出てきたのはノームだ。
「ノーム! 大丈夫?」
「う……あぁ。シルフが、シルフが、サラマンダーを切り裂き、襲ってきた! どういうつもりだシルフ!」
ノームが私でも後ずさってしまうほどの形相でルシファーを睨みつける。
ルシファーは息を吐いて唇を尖らせた。
「だって彼、つまらなくなっちゃったし。毒抜けちゃってさ。それにエレナちゃんには
「? 先約? 何の話?」
「ふふ、教えなーい! まぁすぐに分かるよ。とにかく、エレナちゃん。早く進軍の先においでよ。君が来ないとそもそもショーは始まらないんだ!」
「言われなくても、私は進軍を止める。そして貴方の悪ふざけもここで終わらせる!」
彼はまるで傷ついたと言いたげに胸を押さえる。
その揶揄っているような態度に私は苛立ちを覚えた。
「悪ふざけ……かぁ。半分は的を得ているね。でも半分は違う。僕は本気だよ。本気で君の父親を殺したいと思っている」
「! え……」
「だってさ、考えてごらんよ。もう一人の自分が娘を持って、愛をほざいているなんて吐き気がするね! 気持ち悪いったらありゃしない! あ、でも可愛い娘ができたのは嬉しいかも」
ルシファーからのウインクに私は嫌悪を隠さなかった。
ノームも私を守るように立ちはだかり、ルシファーを威嚇する。
「嫌われちゃったね。まぁいいけど。とにかく、僕は向こうで待っているよエレナちゃん。彼を絶望の底に叩き落とす為には、まず君が必要なんだから!」
ルシファーがそれだけ言い残すと、黒い霧のように空気に溶けていった。
一気にその場の雰囲気が軽くなる。呼吸がしやすくなった。
私はすぐにノームと共に、サラマンダーに駆け寄った。
「サラマンダー!! しっかりして!」
サラマンダーの頬を軽く叩いて、声を掛ける。
その腹は真っ赤に染まっており、瞳の奥から熱が込み上げてきた。
サラマンダーがゆっくりと瞼を持ち上げる。
そして私とノームを交互に見て、口元を緩めた。
「はは、悪魔と契約するとろくなことにならない。いいザマだろう。笑ってくれ……」
「笑いごとじゃないよ! 私が治すから! 絶対に治してみせるから!」
私がサラマンダーの腹に手を当て、治癒魔法を施していく。
しかし私の治癒魔法は特別凄いというわけでもない。
他の魔法よりはマシなものだけれど、こんな大怪我は、とても──。
でも、諦めるもんか。
サラマンダーは私にとって、大切な友人なんだ!
そして彼は──ノームの大切な弟だ!
「サラマンダー……」
ノームの掠れた声が鼓膜を擽る。
見れば、サラマンダーの頬を撫で、一筋の涙を流すノーム。
サラマンダーの自嘲が消えた。
「兄上。何故お前が泣く?」
「決まっているだろう。お前が余の弟だからだ」
「……、」
「兄として、まだお前に何もしていない。頼むから、このまま死ぬな。死んだら、余が許さん!」
サラマンダーはそんなノームに顔を背ける。
片手で、口元を押さえていた。
「……これだから、兄上は嫌いなんだ」
サラマンダーのその呟きは私の耳にしっかり届いた。
私は両手にさらに集中する。
しかし私の両手を、サラマンダーが遮った。
「エレナ、もういい。兄上と進軍を止めに行け」
「え!? そ、そんなこと出来るわけ、」
「生きることを諦めたわけではない。ただお前の魔力は馬の鼻くそなんだから、俺が自分で治癒を行った方が合理的だ」
「!」
「頼む。ルシファーの、思い通りにはさせないでくれ……何か手はあるんだろう?」
「う、うん」
私はノームと顔を見合わせる。
そして──。
「エレナ、行って来い。時間がないぞ」
「! 女王……!!」
私は思わず息を呑んだ。
ウィンディーネ女王の左腕が、血で塗りつけられている。
吐血したのか、口元も血で汚れていた。
「はは、左腕はもう使い物にならん。これではエレナを思い切り抱きしめることは出来ないな……」
「女王、ど、どどど、どうして……」
「シルフにやられた。あやつめ、私を随分と弄んでくれたぞ。まぁ、死にはしないさ。腕の敵だ。あのシルフに一泡吹かせてくれ。いいな?」
女王は「私がこいつを見ておく」とサラマンダーの横に崩れるかのように座る。
サラマンダーも私達を追い払うかのようなジェスチャーをする。
私の背中をペガサスさんが頭でぐいぐいと押してきた。
「……ノーム。一緒に来てくれる?」
「あぁ、勿論だ。エレナとなら、どこまでも行こう」
「ありがとう。サラマンダー、女王、絶対に進軍止めてくるから待っててね! この騒動が終わったら、また皆で一緒に、」
「分かっている。宴だな」
ウィンディーネ女王の言葉に私はにっと笑って頷く。
ノームはゴーレムの瓦礫の上で動けずにいるレガンに目を向けた。
レガンは「早くいけ」といいたげにしっしっと首を振る。
そして、私とノームはペガサスさんに跨り──テネブリスがある方向へ、空を駆けた。
***
「なぁ、サラマンダー。お前、
「…………」
エレナとノームが飛び去った後、ウィンディーネがサラマンダーを見る。
サラマンダーは苦しそうに呼吸を繰り返しながら、胸を押さえた。
血に濡れた己の手を見つめる。
「……長くて、三時間といったところか。ただでさえ寿命の短かった身体に莫大な負担をかけてしまったからな。あいつの、シルフの甘い罠にまんまとはまってしまったわけだ」
サラマンダーは腕で己の目を隠した。
そこから溢れる雫が輝きながら、サラマンダーの顔を濡らしていく。
「……どうしても、欲しかったんだ。瞼の裏に、焼き付いて離れないあの笑顔を……っ」
「…………」
ウィンディーネ女王は震えるサラマンダーの身体に気づきながらも、敢えて見ていないフリをした。
空を仰ぎ、何かに想いを馳せる。
「──まぁ、気持ちは分からないでもないよ、サラマンダー」
***
とりあえず更新。
繁忙期の為、更新不定期ですすみません。
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