彼の苦悩
サラマンダーと名付けられたホムンクルスは短期間で失敗作から一国の王子へと成り上がった。
しかしそれがきっかけとなり、ヘリオスはこれ以上の報酬は見込めないとホムンクルスの研究を中断させた。
つまり、今までの実験体は処分というわけだ。
サラマンダーは土に埋められていく兄弟達を、ただただ温かい部屋の中から眺めていた……。
──俺はただ生きたかっただけだ。
──勇者になんて、一国の王子になんて、なりたくなかった。
──あぁ、ここは……俺には眩しすぎる……。
ぐるぐるぐるぐる場面が変わる。
サラマンダーはシュトラール城の中で王子としての教育を受けていた。
様々なことを学んだ。
言葉も、魔法も、知識も。そして、自分自身のことも。
勇者とはいえ、たかが魔力の人形が完全な人間になれるはずもなく。
所々未熟な身体を持つ自分の寿命は二十年もないらしい。
聴覚と視覚は人並みであるものの、味覚はどうも疎いままだった。
ヘリオスは言う。魔王を討てと。
その為に自分は生まれてきたのだと。
──これが、生きるってことか……。
悪夢を見る。兄弟達の数多の目玉が己を睨んでいる。
必死に走っても、走っても、逃げきれない。
──俺が、生きたいと願ったから……あいつらは死んだ。
──俺にはそんな価値があったのか?
──生には、それほどの価値があったのか?
──俺は……生き延びてよかったのか?
──あれほど望んだものなのに、生きれば生きるほど、
サラマンダーは満月を見上げながら、ぼんやりとそう思った。
ここで、また場面が一転する。
「サラマンダー!」
サラマンダーは成長し、六歳になっていた。
自室で本を耽読していた彼を呼ぶのは義理の兄であるノームだ。
「お前、いつも部屋に籠もっているだろう! 余はな、グリフォンの友がいるんだ! 一緒に空を飛ぼうサラマンダー! 気持ちいいぞ!」
「……放っておいてくれ」
サラマンダーはノームの目が大嫌いだった。
自分の未来に絶対的な期待に満ちたあの目が。
つい数年前まで、自分は明日死ぬかもしれない恐怖を味わっていたというのに……。
自分が誰かの生き血を注ぎ込まれている間、彼は母の愛を注ぎこまれて育っている。
美しく愛情深いペルセネに抱きしめられ、幸せそうに笑うノームを覗き見ながらサラマンダーは刺々しい感情を覚えた。
憎い。羨ましい。憎い、憎い。憎い。羨ましい。
ほぼ八つ当たりに近い殺意はサラマンダーとノームの関係を蝕んでいった……。
***
気づけばエレナは炎のトカゲの体内──生暖かい暗闇の中で横たわっていた。
今まで眠っていたような感覚だ。
しかし瞼の裏ではまるで映画のように映像が流れていた。
あれはおそらく──サラマンダーの過去だ。
理屈は分からないが、そう確信した。
過去の中の苦痛に歪んだサラマンダーの顔が忘れられない……。
そこでエレナは思い出す。
トループ村のアンデッド達。あれは腐っているというよりも溶けているようだった。
そして──それらはサラマンダーの過去の中にいた彼の兄弟達の残骸によく似ていたのだ。
つまり、あのアンデッド達は……。
「王子……」
ポツリと呟いて、今まで見ていた彼の過去の余韻に浸っていれば、啜り泣く声が聞こえてくる。
エレナが恐る恐るそちらに歩くと、今にも消えそうな灯りの中、地面に這いつくばっているサラマンダーを見つけた。
「う、ひっ……あぁ、苦しい……誰か、誰かぁ……っ」
「サラマンダー王子!」
「!」
エレナの声にサラマンダーが顔を上げる。
「エレナ……」
ほぼ吐息に近い声だった。
サラマンダーの胸が勇者の痣を中心に黒く焦げている。
「大変! 王子、私がすぐに治癒を、」
「王子と、呼ぶな! 俺は、そんなたいそうなものじゃない!!」
「! ……ごめんなさい。じゃあ、サラマンダー。仰向けになって……」
エレナはサラマンダーの身体に触れようとしたが、気づけば地面に頭をぶつけた。
──サラマンダーに押し倒されていたのだ。
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