ただ生きたかったとソレは言う



──はただ、生きたかった。



 今から十数年前。ノームが生まれて間もない頃の話だ。

 シュトラール国王ヘリオスは己の国の軍の強化の為にどうにか出来ないものかと頭を悩ませていた。

 どうにかしてより強い魔力を宿し、常人離れした肉体の兵士を他の国よりも多く手に入れたい。

 そして考えたのだ。

 そんな兵士がいないのであれば──、と。


 魔力と血で作られた生命、ホムンクルス。


 精液と経血を混ぜ、死んだラミア族の子宮で包み、蒸留器の中で育てていく。

 飼育方法は蒸留器の中にあるソレに若い人間の血を与え続け、毎日原初の呪文を読み聞かせるというものだ。

 そして四十日も経てばその子宮から四肢を持つ赤子が這い出てくるという。


 しかしそうして出来た魔力の人形は人間というには小さすぎた。

 自我はあるようだが意味のある言葉を発することも出来ず、ただ血を飲み干すのみの命。

 ホムンクルスを兵士として戦わせるなどほぼ不可能なのだと、研究者達は徐々に確信を深めていく。


 ホムンクルスの研究が進むにつれ結果がヘリオスの思惑とは反比例していく中、一匹のホムンクルスは思った。

 狭い蒸留器の中で、誰のものかも分からぬ血を啜りながら。


──外に出てみたい、と。


 純粋に憧れた。

 彼は蒸留器の中でしか自分は生きられないという事実を知らなかったのだ。

 未熟な四肢で必死に暴れ、蒸留器を割った。

 地面に投げ出されたソレがまず最初に感じたものは──苦しみだった。

 呼吸が上手く出来なかった。

 カビの生えた笛をイメージしてしまうような音を鳴らしながら、必死に這う。

 ホムンクルスの思いは一つだ。


──生きたい。

──生きたい、生きたい生きたい生きたい生きたい息たい生きたい生きたい苦しい死にたい生きたい生きたい外どこ外に行きたい息たい生きたい。


 しかし、未熟児のようなソレの身体では音を聞きつけた研究者達が駆けつけてくる前にこの研究室を出ることなど不可能だった。

 周りの蒸留器に収まっている百を越える兄弟達が蔑むように自分を見ているのが分かる。

 彼らからしてみれば、自分はなんとも愚かで滑稽に見えただろうか。

 それでも生きたかった。一秒でも長く、進んで、外というものを見てみたかった。


 ホムンクルスは進む。

 這って、這って、這って。

 

 しかし一分程経てば、残酷にも本能が終わりを叫びだした。

 ただでさえ曖昧な視界が真っ白になった。

 頭痛がした。口からは生臭い何かが漏れていた。

 ホムンクルスは悟った。自分がここでのだと。


 呆気ない。


 この感情は何なのだろう。

 この瞳から溢れる液体は何なのだろう。


──その時だ。


 声が聞こえた。

 言葉など、分かるはずもないのに、分かった。

 その者はただ一言だけ、ソレにこう言い放った。


──『お前を愛す』と。


 光が見えた。

 ホムンクルスは短い腕を伸ばした。


 そして──。


「おい! 何故こいつは生きている! 蒸留器から出ているのに、普通に息をしているぞ!」

「冗談言うな! こいつは失敗作だぞ!? 成功したってホムンクルスは蒸留器の中でしか生きられない!」


 人間達が騒いでいる。

 言葉は分からない。

 しかし彼らは自分を食い入るように見つめている……。


「見ろ! この胸の痣を! ノーム様と同じ痣だ! 信じられん、奇跡だ!」

「嘘だろ……ホムンクルスが、〝勇者〟に選ばれた──!?」


 研究者達は興奮したようにホムンクルスを掲げた。

 ホムンクルスは空腹という未知の感覚を味わいながら、ただ流されるままだった。


──そして数ヶ月が経ち、ホムンクルスは徐々に人間の赤子そのものへ近づいていった。


 ヘリオスはそんなホムンクルスを初めて視界に入れると──力強く抱きしめた。

 「よくやった」と言われた。言われた本人はその言葉の意味を理解していない。

 ただ、それが自分へ向けたものであることは分かった。


「このホムンクルスは我が息子ということにしよう! 我の息子が二人も勇者に選ばれたと知った周りの王達の顔が楽しみで仕方が無いぞ!」


 そう言葉を弾ませるヘリオスの胸の中で、ホムンクルスはただただ研究室中からこちらを見る兄弟達の羨望を感じていた。

 居心地が悪い。罪悪感。そんな複雑な感情をホムンクルスが学習している時──彼はご機嫌なヘリオスに名前を与えられた。




──サラマンダー、と。

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