エレナの決断


「話を戻そうか。絶対神セロ・デウスはルシファーを本当に封印するために僕達大天使の四人の加護を収める為のを作ることにした。僕らはそれぞれの担当領域に入れないから、自由に動き回れる人間を器にすることを考えた。それが勇者なのさ」

「えぇっと、つまり勇者が四人いるのは、それぞれの大天使様の加護を受ける為ってことですか?」

「そうだね。でも……四大元素の勇者達は四人で一緒が前提だったから、風の勇者シルフをルシファーに食われた今、彼らは器には相応しくない。もうこの際、大きな一つの器を作ろうってね。でも大天使の加護を四人分受けることの出来るなんて、相当我が主に好かれている魂ではないとそもそも許されないというかなんというか……。そこで、エレナちゃんというわけ」


 つまりミカエル様は私が勇者になってルシファーを封印して欲しいと言っているようだ。

 でも、それって……。

 私は眉間に力を入れてしまう。


「──それって、ルシファーの下半身だったパパも封印しなければいけないって事ですか?」

「……いや、彼は君に出会って既に悪の根源とは違うものに変貌してしまっている。そこは安心していいよ」

「! よかった……」


──いや、まだよくない!

 よく考えたらルーメンはどうなるの?


「ミカエル様、また質問が。私は何人かの悪魔に出会いました。ベルゼブブ、ベルフェゴール、る──レヴィアタン、マモン……あと、おそらくアスモデウスも。彼らは一体何者なのですか? 彼らもルシファーの一部なのですか」


 そこでサラさんの顔つきも変わる。

 ミカエル様は顎に手を当てた。


「どうやらマモンとアスモデウスはルシファーに悪魔の種というか、ルシファーの滓のようなものを植え付けられただけの被害者みたいだね」

「! アス……」

「で、では、レヴィアタンは!? わ、私の、弟なんです!!」

「レヴィアタンはベルゼブブ、ベルフェゴール同様にルシファーの分身体そのもののようだ。その中でも彼はルシファーの血の琥珀から出来ている。……正直、彼次第としか私は言えないよ。彼が魔王同様にその性質が変わっているならば、封印しなくてもいいかもしれない。……でもまぁ、追い詰められたルシファーが


 ミカエル様は小声で何かを呟いた後、にっこり微笑む。

 

「……それで、勇者になる気になった?」


 パパとルーメンを封印しなくていいのなら勇者になるべきなのかもしれない。

 大体、彼ら悪魔達のせいで、今テネブリスと人間達との戦争のきっかけができてしまったのだ。

 ノームもベルフェゴールに酷い事をされたし、許すべき存在ではないとは思う。

 それにしても、シルフさん──ルシファーはどうしてこんな事をわざわざ企んだのだろうか。

 しかしここで、「でも、君が勇者になるにはまた別に問題があるんだよね」とミカエル様。

 まだ何かあるの!?

 ミカエル様が意味ありげにシャドーさんに目を向けた。


絶対神セロ・デウスと対等なルシファー本人ならともかく、シャドー君はあくまでその血に過ぎない。エレナちゃんの身体が勇者の加護を授かったら彼は浄化されてしまうだろう」

「────、」


 それって、つまり私が勇者になったら、シャドーさんは──。

 私は息を呑んだ。

 するとシャドーさんが優しく私の頭を撫でる。


「……ルシファーはエレナの行く末を摘まんとする者だ。そのルシファーを拘束する為に我が犠牲にならなければならぬというのなら、喜んで受け入れよう。我は元々お前の身体にいてはいけない存在だからな」

「…………、」


 私は首を横に振った。

 私の頭を撫でるシャドーさんの太い腕を、そのまま抱きしめる。

 シャドーさんのその言葉は私の決断をさらに固いものへと変えた。


「──ミカエル様。私は勇者にはなりません」


 ミカエル様が一瞬キョトンと目を開かせたが、すぐに口元に弧を描き、優しく私に「何故だい?」と問いかける。


 シャドーさんが初めて私の前に現れてくれた時、私は彼を受け入れると決めたのだ。

 私を見守ってくれた優しい彼を、私の意思で消すわけにはいかない。

 それに彼は、私が初めてパパから受けた“愛”でもあるのだ。

 失いたくない。

 

 そう素直に自分の心情をミカエル様に話した。


 「悪魔を受け入れる少女とそれに従う悪魔、か。随分長く生きているけど、そんな関係を築いたのは君達が初めてだよ」


 私はシャドーさんを見上げた。

 シャドーさんは困惑しているのか、私とミカエル様を交互に見比べている。


「仕方ない。とりあえず勇者の件は諦めよう。尤も、無理な話だったんだ。今はルシファーの封印より、ルシファーの一時的な弱体化を狙うべきか」

「そんなこと可能なのですか?」

「うん。前回ルシファーを追い詰めた時のように私の血を使えばね。前回はルシファーの皮膚に付着しただけだったからヤツにあっさり切り離されたけど、体内ならそれもできまい。十数年は大人しくさせられるんじゃないかな。その際にヤツを拘束できるかどうかは運次第だけど。ヤツの逃げ足には絶対神でさえ追いつけないからね」


 するとそこでミカエル様が己の親指を噛む。

 そして垂れた血を小瓶に入れ、私に渡してきた。


「これが、ミカエル様の……」

「──あ、あの!」


 サラさんがいつものような男らしい声色ではなく、どちらかというと儚げな少女のような声を上げる。

 そしてそのまま勢いよくミカエル様に頭を下げた。


「私にも、その血をいただけませんか?」

「!」

「よく分からないけれど、アスモデウスが悪魔の種をルシファーっていう悪い人に植え付けられたのは分かりました。その血があれば、アスモデウスを助けられるのでは?」

「そうだね。マモンはともかく、アスモデウスは種が上手く宿っていなかったようだから救うことは可能ではある。彼は邪悪な悪魔が宿るには優しすぎたことが原因なんだろうけど……なるほど。いいよ、君にも分けてあげよう。人間の愛こそ私が好んでいるものだからね」


 サラさんが瞳を潤おしながら、再度頭を下げる。

……アスの事はサラさんに任せておこう。

 その方が、きっといい。


「──それにしても、どうやってテネブリスへの進軍を止めるべきか……ヘリオス王があんな様子じゃ話し合いにさえ応じてくれないだろうし……」

「それに関しては早くしたほうがいいね」

「え?」

「ここは地上と時間の進み具合が違うんだ。既に君が追放されてから二日は経過している。進軍の準備はもうすぐ完了し、出発するだろう」


──嘘!? どうしよう!?

 私は顔の端を押さえて唖然とした。

 するとミカエル様が悪戯っぽく笑って、人差し指を立てる。


「そこで提案だ。軍がぶつかり合う前にその場の動きを止めるっていうのはどうかな? きっと面白……いや、強引ではあるけれど一番効果的だと思うよ」


 その場の動きを止める?

 ミカエル様の提案に私とサラさんは顔を見合わせた。


「ちょっと裏技なんだけどね。でも、エレナちゃんにならきっと協力してくれると思う」



──彼女???

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