やけっぱちの一手
「ノーム! そんな悪魔に負けないで! 目を覚まして!」
「はっ、無様だな女! 愛しい男に罵られる気分はどうだ!?」
口ではベルフェゴールが操っているらしいが、私の悪魔さんが奮闘しているのか、身体は彼の思うように動けないようだ。
おかげで私はノームの上半身を抱いたまま、声を掛けることが出来ていた。
「うるさい! 早くノームを返せ! このへっぽこ悪魔!」
「あぁ!? てめぇこの近距離で俺様にそんな口きくなんざ自分で死にてぇって言っているようなもんだよな!?」
ベルフェゴールがそう唾を散らしてくる。
するとノームの右腕がピクリと動いた。
「! ノー……あっ!?」
突然ノームの右腕が私の首を掴んできた。
どうやらベルフェゴールが悪魔さんを押しのけて右腕の支配権をだけ奪い返したようだ。
「ははははは!! 右腕だけで簡単に人間は死ぬ。怠惰の悪魔である俺様ですら、悪魔であるが故にその怠惰だけは貪ることが出来ねぇのによ……ああ、人間は本当に憎たらしいな!!」
「は、ふ……ぅ、の、ノーム……」
視界が真っ白になる。
必死にノームの腕から逃げようとするけど、逃げられない。アミール姫以上の力だ。
「愛する男によって最高の怠惰に沈む栄光をてめぇに与えてやるんだ、感謝しろよ女! 俺が涎を垂らすほど欲しかった怠惰の味はどうだ!? まぁ、死んだら
「う……」
死体を操る能力はベルフェゴールの能力だったんだ……。
私は必死にノームの名前を呼んだ。何度も、何度もだ。
酸素が手に入らず、思考が曖昧になっていく。
もう、駄目かもしれない。そう思った。
──しかしここで。
──ノームの左腕が、私の首を絞める右腕に爪を食い込ませた。
「なっ!」
ベルフェゴールが鋭い悲鳴を上げる。
どうやらこの左腕は彼の意思ではないらしい。
──と、いうことは。
「……、
「! はぁ、は、」
私の首が解放される。私は咳き込んで息を整えるとノームを見た。
彼の身体が再び小刻みに振動するだけの状態になる。
周りから見れば今の彼の行動はかなり可笑しいものだっただろう。
しかし私には分かった。今、ノームの魂が目を覚ましたことを。
その証拠にベルフェゴールが喋らなくなった。喋る余裕がなくなったのだ。
もう少しかもしれない。
私はまたノームに言葉を投げかけていく。
「ノーム、お願い……戻ってきて……!!」
もう一生分流したかもしれない私の涙が、ノームの頬に滴り落ちていく。
濡れた私の声はもうほとんど聞き取れないような弱々しいものだったけれど。
きっと、ノームには届くと思うから。
しかしどうも時間がかかっている。
このままでは、と私の中に焦りが芽生え始めているのも事実だった。
私に、何か出来ることは……。
そこで私はふと、ノームの言っていた言葉を思い出した。
──『エレナとの口づけがあれば、余は悪魔にも負ける気がしない』
……はっ!? 私ったら、こんな時に何を考えて……!
我に返り、首を振るとノームに異変が起きた。
突然、笑い出したのだ。
この笑い方は……ノームじゃない、ベルフェゴール!
「ははは、ふふ、たかが人間と、人間に従っているような悪魔の滓に俺様が負けるかよ!」
「──っ、」
時間が無い。
このままじゃ、ノームの身体が……。
私に出来る事なんて、たかが知れている。
でも……。
──ああ、もうこうなったら、なんでもやってやる!!
私はやけになって、ノームの両頬を両手で包んだ。
「あ!?」
「ノームが言ったんだからね! さっさとこんな悪魔追い出して元に戻って!」
「あぁ? てめぇ何言って──ん、」
勢いのあまり、歯をぶつけてしまったけど。
私はノームの唇を奪った。ノームの身体が瞬間、石のように固まる。
う、ここからどうすればいいんだろう。
えっと、ノームはいつも小鳥みたいに、啄んでくる、よ、う、な……。
思い出すだけで恥ずかしくなってしまう。
無理無理無理! そんなこと、私には出来ない!
堪らず唇を離す。肩で息をしながら、私はノームを見る。
ノームは──顔を真っ赤にして──これは──?
「た、」
「た?」
「た、た、たたたたた怠惰だぁ!! こんの破廉恥女!! 悪魔を陵辱しやがったな!」
これ、まだベルフェゴールじゃん!!
ああもう、ノームの嘘つき! 負けちゃってるじゃんか!
恥ずかしさと共に全身にアドレナリンが駆け巡る。
ぐるぐるぐるぐる思考が回る!
「い、いい加減に……」
「!?」
「目を、覚ませぇーっっ!!!!」
「ぶほっっ!!」
私は思わずノームの腹に拳を食い込ませた。
羞恥心が暴走した結果である……。
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