疼く炎
──ナァ、じぶんたちのカワリに……いきのこれテ、うれしいカ?
「────っ!!!」
サラマンダーは目を覚ました。
久々の悪夢だった。
息を落ち着かせながら、垂れた前髪を掻き上げる。
そしてそこで──ベッドの傍らで、エレナが眠っていることに気づいた。
落ち着きを取り戻したはずのサラマンダーの心臓が再び激しい運動を始める。
恐る恐るその金髪を撫でるが、目覚める気配がしない。
「……おい、間抜け女……」
「ん、」
「起きろ。……え、え……エレ、ナ……」
自分で呼んでおきながら、顔が熱くなる。
誤魔化すようにエレナの身体を軽く揺すってやれば、やっと彼女が目を覚ました。
「……ん……ノーム?」
「っ!」
サラマンダーは眉を顰め、エレナの額を指で弾く。
するとエレナが声を上げ、額を抑えた。どうやら完全に目が覚めたようだ。
「いったぁ! なに!? なに!? ……あ、サラマンダー王子? あれ、私……寝て……?」
「あぁ、ぐーすかとな」
「……あぁ、そっか。女王様が寝れない私に気を遣って魔法をかけてくれたんだ」
するとそこでノック後にドアが開く。
シルフが入ってきた。
「やぁ、エレナちゃん。起きたー?」
「! シルフさん」
「君とサラマンダー王子が寝ている間は大変だったよ。ノーム王子が憑依されて攫われたって知ったヘリオス王がショックのあまり気絶するしさ~。あ、ウィンディーネ女王は一旦スペランサ王国に戻ってるよ」
「あの……ノームは……」
「まだ見つかってないよ。僕の使い魔達にもシュトラール中を見張ってもらってるから、現れたらすぐ分かる」
「…………」
シルフさんは私の心の内を読んだのか、私の肩に手を置いた。
「大丈夫。ノーム王子は憑依されているだけだったよ。一日や二日じゃ彼と悪魔は融合されないさ。彼には勇者の加護もあるし、孤児院の院長みたいに魂が喰われて空になっていることはあり得ない」
「……そう、ですか」
「弟さんの方も心配なんだろう。一気に心配事増えちゃったね。気が重くなるのも分かるよ」
シルフの言葉にエレナは拳を握りしめる。
サラマンダーも複雑そうに俯いた。
そんな二人を交互に見比べ、シルフは相変わらず陽気に片手の拳でもう一方の手のひらを叩く。
「そうだ、このままこんな辛気くさい雰囲気でも気が滅入るだけだし、二人で気分転換に行ってきたら?」
「え?」
「何かあったら僕が使い魔ですぐに知らせるからさ。ね? ずっとそんな顔しててもどうにもならないし。散歩しながら自分の気持ちを整理するといい。エレナちゃんもサラマンダー王子も、自分の中のごちゃごちゃを散らかしたままだ」
「……そうかも、しれないです」
納得するエレナに戸惑うサラマンダー。
どういうつもりだと言いたげにシルフを見ると、シルフが彼に向かってウインクをした。
その流れに流されるまま、サラマンダーはエレナと街に出たのだが……。
気持ちの整理どころか、今サラマンダーの心を乱している本人がすぐ傍にいるとなると、そんなこと出来るはずもなく。
──エレナが、隣にいる。
──兄上ではなく、俺の、隣に……。
しかし人々が入り乱れる街を見つめるエレナの顔は暗い。
それはきっと、今は行方の分からないノームを想っているから、というのが大方の原因だろう。
それを理解しているサラマンダーの中でやけに攻撃的な感情が次々に生産されていく。
しかしそんな感情と同時に、少しでもエレナの気持ちを軽くしてあげたいという自分でも驚く程の柔らかい感情も産まれていたのも事実だ。
こんな事は、初めてで、サラマンダー自身も戸惑う。
「……エレナ」
「! はい」
「ここで待っていろ」
そう言うと、エレナは不思議そうな表情を浮かべた。
サラマンダーは国民達に自分の存在がバレないようにマントを深く被り、屋台商人に話しかける。
そこで購入した果実をエレナの元に持って帰った。
「これでも食え。ろくに食っていないんだろう」
「え、え……? サラマンダー王子? 熱でもあるんですか?」
エレナがそう思ってしまうのも無理はない。
一匹狼で皮肉屋な彼が突如エレナを気遣うような行動を取ったのだから。
サラマンダーは少しむっとしながらも、エレナに強引にアスピを押しつけた。
そんなサラマンダーの横顔をポカンと見て──エレナは目を覚ましてから初めて微笑んだ。
「気遣ってくださって、ありがとうございます。王子」
「っ! ……別に。そんな辛気くさい顔をされても気色悪いだけだ」
「はい。そうですね。こんなんじゃ駄目だっていうのは、分かってるんです。でも、大切な弟があんな悪魔達と一緒にいるの理由が分からないし、ノームがどこにいるか分からないってことが私にとってこんなに怖いことだって、知らなくて……っ」
エレナの瞳がじんわりと潤う。
彼女はそこでハッとなって、涙を誤魔化すように皮を剥いたアスピを囓った。
しかし甘い果実でも彼女の涙を隠し通す事はできなかったようだ。
静かに溢れてくるエレナの感情の雫にサラマンダーは握りしめた拳を震わせる。
──俺が隣にいては、駄目なのか。
──兄上の隣ではあんなに花咲く笑顔を浮かべるくせに。
どうしようもない刺々しい感情がサラマンダーの柔らかい感情を押し潰していく。
既にこれは手遅れだ。もうサラマンダーは自覚してしまっている。
サラマンダーが唾を飲み込み、アスピを食べ終えたエレナに手を伸ばそうとしたその時だった。
額から血を流す女を運ぶ男がサラマンダーとエレナ達の傍を通った。
そして彼の口から、エレナが耳を疑うような言葉が出てきたのだ。
「お、おい、その女の傷はどうしたんだ?」
「──の、
「!?」
「ノーム様が今、大広場に現れて、突然国民達を襲ってきたんだ!! もう訳わからねぇよ!!」
エレナとサラマンダーは顔を見合わせる。
そこでエレナがハッとなった。
ルーメンはあの時、こういった。
エレナを憤怒させるにはもっと適した場所と状況があると。
それは、まさか──。
エレナは気づけば全速力で大広場へと走り出していた。
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