行かないで
ノームの身体は痙攣しており、何かが彼の体内で暴れているようだった。
どうなっているの!?
「ノーム、しっかり、しっかりして!!」
「え、れ……な、」
「!」
「余、から、今すぐ、は、離れ、ろ……」
「え……?」
「エレナ!!」
身体が宙を浮いた。
ウィンディーネ女王が私の身体を抱え、ノームから距離をとったのだ。
サラマンダー王子はシルフさんが保護している。
「女王! 離してください! ノームが、ノームがおかしいんです!!」
「落ち着け! 今のあいつはおそらくノームではない!」
「な、何を言っているのですか!?」
するとノームが聞いたこともないような高笑いをしながら、立ち上がる。
私は呼吸を一瞬止めてしまう。
「ひひっ、あーあ。ピーピーうっせぇからそこの女を愛しい男の腕で絞め殺してやろうと思ったのによぉ……残念だ」
ノームの口から出たとは思えない野蛮な言葉。
「ごめんエレナちゃん。多分今ノーム様に憑依しているのはベルフェゴール、僕と戦っていた悪魔だ。突然逃走したと思ったら!」
「! 悪魔が、ノームに憑依……?」
確かにノームは彼らしくない不気味な笑みを浮かべている。
いつもは綺麗な藍色の瞳が、今は赤く濁っていた。
私はどうすればいいのか分からず、ただ唇を噛みしめるだけだ。
「ベルフェゴールさん、狙うべきだったのはノームではなく……」
「分かってるよ。仕方ねぇだろこいつが邪魔してきたんだから。
「…………」
「おいおい怒るなよレヴィ。ベルゼブブの言うことが本当なら見てみたいだろ? あの女に潜む──ルシファーの野郎並の悪魔ってやつを!」
「!」
ルシファー並の悪魔ってまさか……私の中にいる、ナニカのこと?
私は無意識に胸を抑えていた。
「……分かりました。でもとりあえず今は一旦戻りましょう」
「な!? レヴィ!?」
「エレナを憤怒させるには、
そんな……ルーメン……何を言っているの?
するとベルフェゴールがそのルーメンの言葉に納得したように頷き、ルーメンの背中を親しげに叩いた。
「よし! なら帰るか!」
「えー僕ちんまだここのオヤツ一人も食べてないノニ~」
「ここの人間もどきはマズイから嫌だって言ってただろお前。オラ、さっさと帰るぞ」
「ちっ」
「! 待って! 行かないで、ノーム!! ルーメン!!」
私の声も虚しく、ベルフェゴールは私を睨むベルゼブブと共に去って行った。
最後にルーメンがこちらに微笑む。
「待っててね、エレナ」
「!」
「……君が笑っていられる未来は僕が作るから」
「ルーメン!」
その言葉を残して、六年ぶりに再会した弟は闇に溶けていった。
私は、ノームも、ルーメンも、ヤツらに奪われてしまったのだ。
ウィンディーネ女王によって地面に下ろされ、そのまま足を崩す。
地面を握りしめ、拳をぶつけた。
……何も、出来なかった……。
「エレナちゃん」
「……うん、分かってるよ。今は落ち込んでる場合じゃない」
「!」
私はすぐに立ち上がり、泥だらけの手で己の両頬を思いきり叩いた。
泣くな、泣いちゃだめだ。
そんな私にウィンディーネ女王も口角を上げる。
「まぁ、今回の一件で分かった事もある。アンデッド達はあいつらが去っていくと同時にこの有様だ。おそらくあいつらのどれかが死体を無理やり動かしていたんだろう」
女王の言う通り、アンデッド達は地面に倒れたまますっかり動かなくなっていた。
腐食した死体をを強引に操るなんて、酷い能力ね……。
おそらくアトランシータを襲った怪魚達も、その悪魔によるものだろう。
それに気になるのはサラマンダー王子だ。
私はシルフさんに背負われているサラマンダー王子に目を向けた。
どうやら失神しているようだ。
サラマンダー王子、ゾンビ達が現れてから様子が急変したけど……。
それにゾンビ達の方もサラマンダー王子に何かを訴えていたような。
この村はサラマンダー王子と何か関係があるのかもしれない。
ルーメンとの再会。ノームの失踪。サラマンダー王子の謎。
……一気に不安がのしかかってきて、身体が重くなった。
特に今ノームが隣にいないのは、精神的にきつい。
彼の存在が、私の中でこんなに大きなものになっているとは思わなかった。
「……ノーム、」
絶対あいつらから取り返す。ノームも、ルーメンも。
シュトラールへ戻る道中、私はずっとその言葉を心に刻んでいた……。
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