真っ赤な悪魔


「ウィンディーネ女王はどいつがいい? 一対一で戦った方がいいと思うんだよね」

「はんっ! お前はあの蜘蛛ごときに苦戦したのだろう? あの蜘蛛は私がすぐに片を付けてやるからお前はそこらで這っている雑魚でも潰していろ」

「うわ、辛辣~」

「サラマンダー、余らは……」

「……っ」

「サラマンダー?」


 ノームがサラマンダーを見ると、サラマンダーの身体は震えていた。

 その異変に気づいたノームは彼に手を伸ばしたが……その手をシルフが払った。


「!」

「サラマンダー王子。アンデッド達は君に任せるよ。その方がいいだろ? 僕はあの間抜けそうな……もとい、血気盛んそうなヤツと戦うからさ」

「!?」

「それとも──僕がの四肢を切り裂いてもいいの? 君、何の為にこの村に来たのさ?」

「き、貴様……っ」

「サラマンダー、一体どうしたというんだ」


 ノームはサラマンダーの様子に違和感を覚えたが、彼が「なんでもない」と頑なに言い張るのだからそれ以上追求は出来なかった。

 それにノームにはあと一つ大きな心配事を抱えてしまっていた。

 傍にいるエレナだ。


「ノーム、」

「……分かっている。他の悪魔は女王とシルフに任せよう。余とエレナはルーメンを、だな」

「うん」


 そして勇者達が一斉に動き出す。


「お? 遊び相手が決まったか。レヴィ、あの女に手を出さなきゃなんでもいいんだよな?」

「はい、お願いします。勇者と対面するつもりはありませんでしたが、向こうから来たなら仕方ない。一分ほど遊んだら、ついでにを攫っていきましょう」

「おう、任せとけ!」

「やれヤレ……僕ちんお腹すいてんのに。まぁ、あのオッカナイエレナとかいうやつに手を出さないでいいナラ、どうでもいいケド……」


 ルーメンの隣にいたベルゼブブと、ベルフェゴールと呼ばれた悪魔も同時にその場を蹴った。

 ベルフェゴールが影を全身に纏い、巨大な狼へと変貌していく。

 その姿は月が眩しいその夜に相応しかった。

 シルフがそんなベルフェゴールににっこり微笑み、自前の鉄針を飛ばしていく。


「人間の癖に俺に一対一で刃向かおうっていうその慢心! ってことはお前は自殺願望者ってことだよなぁ!? そりゃ随分な怠惰だなオイ!!」

「うわぁ、話せば話すほど、君って品がないねぇ」

「……っ! てめぇ、みたいな事言うんじゃねぇ! ぶちのめす!」


「僕ちんの相手は……うん、とってもウマソウ女だ。そのナマイキそうな顔、すごくコノミだヨ」

「黙れ蜘蛛風情が。その気味の悪い四肢、私が切り裂いてやる!」


 ウィンディーネとシルフが悪魔達を挑発しながらエレナ達に距離を取る。

 そして残ったのは──。


「ルーメン、降りてきなさい」

「…………」


 エレナの言葉に従い、屋根の上から軽く飛び降りてくるルーメン。

 エレナは自分の手足が震えていることに気づきながらも、必死に冷静を装った。


「説明して」

「エレナ。説明もなにも、見た通りだよ」

「じゃあ、一緒にいた彼らは?」

「僕の仲間だよ。彼らは……うん、変わってるけど、僕には優しくしてくれる」

「あと一人は知らないけど、少なくともベルゼブブは最悪の悪魔だよ? 彼は子供を自分の快楽の為に貪っているようなヤツなの!」

「知っているよ」

「だったら、何故……」

「何故って。僕も悪魔だったからに決まっているだろう?」

「なっ」


 するとルーメンの身体が不自然に変形を始める。

 その様子は先程狼に変貌したベルフェゴールや蜘蛛に形を変える時のベルゼブブによく似ていて──。

 現れたのは、真っ赤な竜。

 その頭部には彼の面影を残した立派な角。

 ルビーのように輝く皮膚が月夜に照らされ、なんとも妖艶に見えた。

 エレナとノームは言葉を失う。


「僕はね、エレナ、ルーメンじゃないんだ。僕の名前はレヴィアタン。醜い……嫉妬の悪魔なんだって」

「……いえ、貴方はルーメンよ」

「ふふ、こんな姿を見ても君は僕をルーメンだと言うんだね。やっぱり君には敵わないな。本当に、愛しいよ」


 するとルーメンが元の人型の姿に戻る。


「いつも視ているよエレナ。このでね。いつだって君は真っ直ぐで正しい。でも、だからこそ許せないんだ。そこの男に、ノームに向けられる君の感情が、たまらなく、憎い。それこそ僕が求めていたはずのものだったのに……っ!!」

「ルーメン? 何を言ってるの?」

「エレナ、僕はね……君を──」


 しかしそこで。

 サラマンダーが発狂した。

 すぐにそちらに顔を向けると、彼はゾンビ達の獲物として群がられているではないか。

 ルーメンが舌打ちをする。


「早いね。一分もいらなかったようだ」

「サラマンダー!!」


 ノームとエレナがサラマンダーに駆け寄った。

 エレナが勢いよく彼らに突進し、ノームが切り裂いていく。

 するとあっさりと身体を引いていくアンデッド達。

 そんな彼らにノームは眉を顰める。


 ──どういうことだ?

 ──何故こいつらはサラマンダーに群がる?


 そこでノームは彼らが何か言葉を発していることに気づいた。


「さ、ラ、まんダ、」

「……っ、」

「おまえ、ノ、せい、だから、ナ……!」

「!!」


 アンデッド達の舌足らずの言葉にサラマンダーが頭を抱え、その場で蹲る。

 エレナがそんなサラマンダーの瞳を覗きこんだ。


「王子!? どうしたんですか!?」

「ゆるしてくれ……おれは、俺は……ただ、ただ、生きたくて……っっ!!」


 そう号泣する今のサラマンダーにはエレナの声ですら届かない。

 そして、その時。


「!?」


 ノームはサラマンダーへ一直線に走る黒い何かに気づいた。

 反射的にサラマンダーとエレナを守るように両手を広げ、その黒を受け止める。

 黒きモノはノームの腹に食い込み──その衝撃で口を開いたノームの口内に侵入していった。


「ノーム!?」


 ノームが何かを飲み込んだような音を発しながら、倒れる。

 エレナは崩れたノームの身体を揺すった。


「ノーム? どうしたの!?」


 ノームの目が次第に虚ろなものへと変わっていく。

 そんなエレナ、ノーム、そしてサラマンダーの様子をルーメン──否──レヴィアタンはただ黙って見つめていた──。

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