祝福と自覚
「──さいってい」
それが、あいつとの出会いだった。
頬を打たれるという、人生で最悪な経験と共に。
間抜け女ことエレナは俺の頬を打った六年後──テネブリスへの進軍を止めるためにあろうことか我が城へ直接突撃してきた。
後先の事など考えずに、今を突き進む馬鹿な女。
しかし──。
『──それを言うなら、この子と私が出会ったのも、運命でしょう!』
死にかけたドラゴンすら見放さないお人好し。
そいつはあろうことか、兄上だけでなく水の勇者と風の勇者まで手懐けやがった。
先の不安なんて全くないといったあいつの生き方には反吐が出そうだ。
自分の気持ちを隠そうともしないその素直さも気に入らない。
憎たらしいと思うと同時に──眩しかった。
──『また失敗か……』
──『この子の寿命は……もって二十年もないでしょうね』
──『〝魔王〟を殺せ。それが勇者としてのお前の存在意義だ、サラマンダーよ』
……あぁ、嫌なものを思い出してしまった。
「──サラマンダー王子?」
フォルトゥナの声で我に返る。フォルトゥナが心配そうに俺の顔色を窺ってきた。
返事をしないだけでこの過保護さか。
幼い頃から、こいつは俺の世話係としてあれこれ口を出してくるからたまったものじゃない。
「どこかお体が悪いのですか?」
「……、いや。気にするな。フォルトゥナ、今日の予定だが──」
「はい。王子、このマントを身につけてください」
「は?」
「──お迎えです」
どういうことだ?
フォルトゥナはやけににっこり笑みを浮かべている。
俺は意味が分からず、受け取ったマントとフォルトゥナを交互に見ていると、部屋のドアがノックされた。
「サラマンダー王子! いらっしゃいますか?」
……この声は。
「何の用だ」
「失礼します。フォルトゥナさん、準備は整いました。王子を連れ出して構いませんか?」
「はい、どうぞどうぞ」
「はぁ!? おい、フォルトゥナ!」
「ほら、行きましょう王子!」
馬鹿女はそのまま城を飛びだして城下町に出るものだから、俺は面倒事にならないようにマントを被る。
繋がれた手がやけに熱を持ち、うずうずして気持ち悪い。
「離せ」と叫ぼうとしたが、やけに口が回らなかった。
俺を連れて楽しそうに走る魔王の娘に見惚れてしまっていたのかもしれない。
魔王の娘が俺を連れてきた先は、随分貧相な宿屋だった。
「サラマンダー王子、準備はよろしいですか?」
「はぁ? だからお前、さっきから何言って──」
「ほら、入ってください!」
ああ、くそ! やっぱりこいつは人の話を聞かない阿呆女だ!
しかし次の瞬間──俺の視界を襲ってきたのは──。
「──お誕生日、おめでとう! サラマンダー王子!」
部屋中に火花が散る。
宿屋の中には兄上を筆頭にシルフ、水の女王と……後は初めて見る面々。
さりげなく先回ししたのか、フォルトゥナもその中にいた。
天井に提げられた布に書かれている文字は……『
「な、魔王の娘! これは一体……」
「王子、先日言いましたよね。自分の誕生日なんて祝うものじゃないって」
魔王の娘は俺の片手にそっと何かを置いた。
それは──
「……産まれてめでたくない人なんていませんよサラマンダー王子。産まれてきてくれて、ありがとうございます。これは私からの誕生日プレゼントです」
「な……なに、を……」
……何を言っているんだこの馬鹿女は。
あまりの馬鹿さ加減に言葉が出ない。
手の平に乗せられた腕輪が異様に輝いて見えた。
すると次々に水の女王やシルフやフォルトゥナが誕生日プレゼントだと言って俺にモノを渡してくる。
意味が分からない。
どうしろというのだ!!
「……サラマンダー」
「! 兄上」
兄上は不機嫌だった。
それはそうだろう。出会った時から嫌味や皮肉を投げつけてきた俺の誕生祭など不愉快に決まっている!
するとそこで魔王の娘が兄上の頬を横に伸ばした。
「こら、ノーム。ちゃんと素直になるって言ったでしょ?」
「う、うむ。しかしどうにも……兄として、こういったことは初めてだからな……」
「大丈夫。思った事を伝えればいいの。ほら、頑張って」
魔王の娘に背中を押された兄上が俺にチラチラ視線を投げかけ、唇を噛みしめると──大股でこちらに来る。
な、なんだというんだ……。
するとずっしりと両腕に重みを感じた。
兄上が酒の瓶を寄越してきたのだ。
「最高級の酒だ。お前がガルシア王の宴の時に好んで飲んでいた酒を参考に選んだ。……ま、まぁ、お前が心底憎たらしいのは変わらないが……兄として、お前を誇りに、思っては……いる」
「!?」
唖然。
今の俺を一言で例えるならソレだ。
なんだよソレ。誰を誇りに思ってるって?
しかもその後に兄上が頭を下げてきたので、さらに混乱してしまう。
「すまないな、サラマンダー。余はお前の言葉と態度だけでお前の全てを知った気でいたのかもしれない。これからは兄としてちゃんとお前と向き合いたい。だからその……まぁなんだ、何かあれば頼ってくれ」
「…………」
兄上は目を泳がせ、俺にそう言う。
何を言っているんだ兄上。今までの言葉と態度こそ、俺の本質だというのに。
──分からない。
分からない分からない分からない!!
今、俺は──どういう状況になっているんだ!?
サラという名の宿屋の主が料理を次から次に運んでくる。
古びたテーブルを全員で囲み、食事を共にする。
何も理解できないまま、流されるまま、時は過ぎていくだけで。
……俺は、どうして、ここにいるのだろうか。
味なんて、分かりはしないのに。だというのに何故、どうして、なんで──
──こんなにも、胸が満たされる?
日が落ちると、皆すっかり騒ぎ疲れて眠ってしまった。
魔王の娘は宿屋の女と寄り添い合って寝息をたてている。
フォルトゥナは城に帰った。俺達が城にいない事はどうにか誤魔化すので安心して楽しんでほしいと言い残して。
あとヤツが宿屋を出る直前に、この誕生祭を提案したのは魔王の娘だと余計な知識を俺に囁いてきた。
「……ん、」
兄上が手渡してきた酒を口で持て余しながら、俺は一人余韻に浸っていた。
軽く胸を抑える。
……分からないこと、だらけだった。
次第になんともいえない感情が胸の内から果てなく生み出されてきた。
嗚咽を漏らさないように、口を手で包み隠す。
身体が不規則に揺れた。
──『失敗作のくせに!』
──『お前のせいで、俺達は用済みになって殺されるんだぞ!!』
あぁ、悪夢だと魘されたこの声らが次第に小さくなっていく。
少し前まで瞼を閉じればいつも
今では、もう──。
──『産まれてきてくれて、ありがとうございます、サラマンダー王子』
あの女しか浮かばない。
胸が、苦しい。
歯を食いしばって、涙を塞き止める。
「お前が……言うなよ……」
嗚咽まじりの声が、やけに心地のいい沈黙の中に溶け込んでいった。
己の右手首に飾られた黄金琥珀が憎たらしい。
「
あいつが、俺の中に入ってくる度に、息苦しくなる。
身体が、光を求めて止まない。
兄に向けられたその瞳を独占してしまいたい、だなんて。
こんな薄汚れた感情、持ちたくなかったというのに。
──これは……完全にお前のせいだからな、エレナ。
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