宴の後


 ガルシア王の誕生祭はそれはそれは盛り上がった。


 私達は泡魔法でできた宴の間に案内され、海の幸溢れるご馳走を振る舞ってもらった。

 宴の間では三六〇度、水族館のように人面魚さんや人魚さん達のダンスが楽しめるのだ。

 ガルシア王の三十七人の娘、つまりはアトランシータのお姫様達がノームを頬を赤らめて取り囲んだ時は少し妬いてしまったけど……でも、宴は楽しいものだった。

 それが終わるころには、酒飲み仲間のガルシア王とウィンディーネ女王はすっかり仲良くなっていた。

 ウィンディーネ女王は男性が苦手だ。

 だというのにそうなったのは、お酒とガルシア王の優しさ故だろう。

 実は宴の前に私がこっそりガルシア王に女王のことをそれとなく伝えていたのだ。

 すると彼は「あい、分かった」と女王の周りに男性の召使さん達が侍らないようにしたり、色々気を遣ってくれた。

 一応私もウィンディーネ女王の隣をキープして、何かあった時の為にフォローするつもりだったんだけど……余計なお節介だったかな。

 おかげでウィンディーネ女王もとても楽しめたみたいだし、ガルシア王に感謝しないとね。


 ……それにしても。


「エレナぁ、おぬし、飲んでるのかぁ?」

「もう、女王様飲み過ぎですよ。私はお酒が苦手なので飲みません」


 ……とまぁ、ウィンディーネ女王は楽しみ過ぎてすっかり酔ってしまっている。

 シュトラールには飲酒の年齢制限はないというので、ノームもサラマンダー王子も頬がほんのりと赤い。

 シルフさんは……ウィンディーネ女王以上にお酒を飲んでいるはずなんだけど、顔色一つ変わらずに人魚姫達に囲まれている。

 どうやら美形な上にあのつかみ所のない性格がお姫様達のツボをついたらしい。


「エレナはほんっとうに愛いなぁ……この! この!」

「女王様。頬をつつかないでください」

「がっはっは! お前さんは随分周りに好かれとるのぅ。人に好かれるというのは立派な才能だぞ。ん? おぉ、そろそろお開きの時間か? ……エレナよ。宴の前に案内した部屋で今夜はゆっくり休むといいぞ」

「私達の為にお部屋まで用意していただいて本当に有り難いです! お気遣いありがとうございます、ガルシア王」

「嫌だ! まーだー宴は終わらんもん!」


 そう言ってウィンディーネ女王が私の膝を枕にして、横になる。所謂膝枕というやつだ。


「ウィンディーネ女王! はしたないですよ」

「うぅん……柔い……気持ちいい……」


 まったく、女王の絡み酒には困ったものだ。

 するとそこで不機嫌そうなノームが私の隣に大袈裟に座った。

 ノームもノームで相当酔っている。


「女王! そこは駄目だ! そこは余の場所だ!」

「はっはっは! 嫉妬かノーム! だが譲らん!」

「駄目だ! エレナは余の婚約者だ! エレナ、余にも膝を貸してくれないのか?!」

「ちょ、ノームお酒臭い! あーもう! 酔っ払い共め……!」


 喧嘩しそうになる女王とノームを私が必死に抑えている内に、宴はお開きになった。

 私はウィンディーネ女王の腕を肩に回して、なんとか女性部屋に彼女を運ぶ。

 部屋は大きな巻き貝の中で家具もほとんどが貝殻や珊瑚等海で採れるもので出来ていた。

 泡魔法が施されており部屋にはちゃんと水が侵入してこないようにコーティングされている。

 あまりにも素敵な部屋に感動しつつ、私はウィンディーネ女王を二枚貝のベッドに転がし毛布を掛けた(ちなみにこの毛布はガルシア王曰くケルピーさんの尾毛で出来たものらしい)。

 

「……さて、次はお片付けの手伝いとノームを男性部屋に運ばないとね」


 宴の間に戻ると、人魚姫達も人面魚達も既に片付けを終えてしまったのか、誰もいない。

 あちゃー。女王様運ぶのに随分時間かかったから予想はしていたけど……人魚の従者さん達に任せっきりで申し訳なかったな。明日お礼を言おう。


 誕生祭の後の宴の間に在るのはただの深い青だけだ。

 思わず見惚れてしまう。ずっとここにいたいと思ってしまうほどに。

 すると私はふと、その中心に人影を見つける。


「──サラマンダー王子?」

「!」


 青の中に溶け込む炎の勇者に私は首を傾げた。


「まだ残っていたんですね。ノーム知りませんか?」

「……。……兄上はお前がいなくなったことに拗ねて自分で部屋に戻った。シルフは知らん」

「そうですか」


 会話終了。サラマンダー王子はくいっとお酌を仰ぐ。

 私はその場を去ろうとしたけれど、なんだかその後ろ姿を放っておけなくて──。


「! おい。何故隣に座る」

「言ったではないですか。私もサラマンダー王子と話がしたいって。……こういう時じゃないと王子はお話してくれませんし」

「…………」

「ガルシア王の誕生祭、楽しかったですね。人魚さん達のダンスも最高だったし、ご飯も美味しかったし」


 サラマンダー王子は返事をしてくれない。でも、私の隣から離れようともしない。

 ……やっぱりこの人よく分からないな。まあ、嫌になったらそう言うだろう。


「あ、そういえば。サラマンダー王子の誕生日っていつなんですか? ノームが夏生まれっていうのは知っているのですが、サラマンダー王子のお誕生日は知らないなぁって」


 サラマンダー王子はぶっきらぼうに日付を答えてくれた。

 えっと、前世の暦でいうと……三月末辺りか。

 

「──って、もうすぐじゃないですか! 楽しみですね」

「何故だ」

「何故って、誕生日ですよ? お祝いとか……」

「父上の誕生日は別だが、俺や兄上の誕生日などは祝われたことがない。誕生日を祝う文化はシュトラールにはあまり根付いていないからな。それに俺の誕生日など祝うものではない。むしろ……」


 サラマンダー王子はそれ以上口を開かない。

 私は、そんな彼の横顔から目を離せなかった。

 彼が今にも泣いてしまいそうな──どこか苦しそうな表情を浮かべていたからだ。

 王子は「ここを去れ。目障りだ」と自分の顔を隠しながら、私にしっしっと追い払うような仕草をするが……。

 そんな顔をされたら、私はここを去れない。

 そう伝えると、彼はため息を吐いて立ち上がる。


「なら、俺はもう部屋で寝る。それならお前もここを立つか?」

「えぇ、まぁ」

「……ふん、無駄なお節介は慎んでもらいたいものだな、馬の鼻くそ女」

「そ、その呼び方はやめてください! あと寝るときぐらいはノームと兄弟喧嘩しないようにしてくださいね」

「余計なお世話だ!」


 ちょっとからかってみると、案の定分かりやすくそっぽを向いてその場を去って行くサラマンダー王子。

 でもやっぱり彼は話す度に私の知らない側面をちらつかせる。

 ……私で力になれるなら、なってあげたいけれど。

 私はそっと嘆息をして、ウィンディーネ女王が眠る部屋へ足を向けたのだった。

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