ガルシア王の誕生祭


 孤児院での事件から数日後。

 目が覚めてすぐにセーネさんが煎れてくれた温かいアスピ茶を飲む気持ちいいとある朝──。


「──エレナ! 出かけるぞ! 準備をしろ!」

「ぶほっ!? ノーム!? ノックしてよ! で、出かけるってどこに……」

「今日はガルシア王の誕生日でな。 誕生祭に招待された! 故にアトランシータへ行こう!」

「!?」


 突然のノームの誘いに私はせっかくのアスピ茶を噴き出してしまった。

 ガルシア王ってあのペルセネ王妃の件で涙をくれた人魚の王だよね?

 私は気を失っていて結局会えなかった人だ。

 

「ドレスも余が用意した。コレに着替えてくれ」

「え!? ど、ドレスって……」

「ウィンディーネ女王が会う度に自慢してくるんだ。着飾ったエレナは普段とは違う美しさに溢れて愛いかった、と。余もエレナの着飾った姿が見たい。余が選んだドレスでな。……駄目か?」


 うっ。そ、そんな目で見つめられると……。

 私は頷くしかない。

 するとセーネさんが興奮を含む声を上げ、さっそく私にノームから受け取ったドレスを着せてくれる。

 ノームが選んだドレスは透き通った藍色のもの。

 ドレスの型はスペランサ王国で着たものよりもスカートの膨らみがなく、落ち着いた大人の雰囲気を滲ませるものだった。

 ……っていうかこのドレスの色、もしかしてノームの瞳の色に合わせているんじゃ……。

 そう考えている間にもセーネさんを筆頭にシュトラール城の侍女さん達がたちまち集まってきて化粧やらなんやらを手伝ってくれる。

 皆「ペルセネ王妃様以来だわ! 張り切らなくちゃ!」とそれはもう楽しそうに私を飾ってくれた。

 

「──出来ましたよ、エレナ様」

「あ、ありがとう、ございます……」


 そっと受け取った手鏡で確認してみる。

 まるで──別人のようだった。

 自分の顔なのに、思わず意味の持たない感嘆の声を漏らしてしまう。

 

「……す、凄い……お化粧ってこんなに変わるんですね」

「素材がいいのです。とてもお綺麗ですよ、エレナ様」


 セーネさんがにっこりする。

 私は頬が熱くなるのを感じながら反応に困っていると、部屋のドアがノックされた。

 ノームの方も着替えたようで、思わず息を呑む。

 素肌の上に黒色の上着、腰には黄金の長い布をまき付け、その下には藍色の丸みを帯びたハーレムパンツ……って!

 私がまじまじとズボンに目を奪われていると、ノームが口角を上げた。


「エレナとお揃いの色だな!」

「やっぱり!? っていうかノーム、肌見せすぎじゃない!? ほぼ半裸じゃん!」


 そう。素肌の上にノースリーブの上着のみだから、ノームの褐色の逞しい上半身が惜しげも無く晒されているのだ。

 駄目だ、見ちゃ駄目だ、見ちゃ駄目だ!!


「エレナ、目を離すな。これに慣れてくれ。お前は将来余の妃になるんだからな。言っておくが、これは民族衣装だぞ? 父上だって似たような服装だっただろう」

「そ、それは、そうだったかも、だけど……ノームの身体だけは直視出来ない! 無理!」

「ははは。愛いことを言う。それにしても……」


 自分の顔は見れないから分からないけど。

 多分、今のノームの頬の熱は私と同じくらいだろう。

 だってなんだかんだいってノームの頬も色づいている。

 

「──綺麗だ。いつものエレナも愛いが、今日のエレナもまた違う愛しさがあるな」

「え、あ、ちょ!? ノーム!? セーネさん達がいるから!」


 少し色っぽく頬に触れてくるノームに私は慌てて周りを見る。

 ……え!? あんなにたくさんいた侍女さん軍団、いつの間に消えたの!? 全然気づかなかったんだけど!?


「観念しろエレナ」

「う、」


 迫り来るノームの顔にやけになって私は思いきり目を閉じた。

 

 ──しかし。


「エレナちゃん! 遊びに行こう!!」


「…………」

「…………、」


 しん、と氷河期のように冷えた私の部屋。

 風の勇者のくせに空気は読めないシルフさんは寄り添い合う私達を見てキョトンとした。


「ん~? お邪魔だったかな~。ま、いっか。エレナちゃん、遊びに行こう!」

「し、シルフさん……」

「シルフ……貴様ぁ……っ」


 ノームが歯を食いしばり、シルフさんに険悪な顔をする。

 するとそんなシルフさんの後ろからウィンディーネ女王まで顔を出してきたのだ。


「エレナ! 私が来たぞ! 疾くその愛い顔を……」


 ウィンディーネ女王は私を見るなり、目を見張った。

 そして黙って足早に私の方へ歩いてくると、心底驚いた様子で両手で口を抑える。


「……愛い……愛い過ぎる……っ!」

「じょ、女王、おはようございます」

「エレナ、今からでも遅くない。私の妃になれ」


 私は苦笑しつつウィンディーネ女王の言葉を柔らかくお断りする。

 ノームが憤慨し、私を自分の背中に隠した。

 

「シルフ! 女王! 今日のエレナは既に余が予約している! お引き取り願おう!」

「なんだノーム。どこか行くのか」


 ノームはガルシア王の誕生祭の招待状をひらひらと見せつけながら、シルフさんとウィンディーネ女王に誕生祭の事を話す。

 するとウィンディーネ女王は顎に手を当てた。


「なるほど。誕生祭か」

「はい。ですので、今日はお引き取りを……」

「ふむ」

「あっ」


 ノームの手にあった招待状を奪い、一通り目を通すウィンディーネ女王。


「……ノーム、この手紙には『友人を沢山連れてきてくれると嬉しい』という旨の文章があるが」

「うっ、そ、それは……」


 ノームがウィンディーネ女王の言葉の真意に気づき、声が小さくなっていく。

 シルフさんも私の部屋の手鏡で髪を整えているし、どうやら二人共行く気満々のようだ。

 ノームはがっくりと肩を落とす。


「ノーム、私もガルシア王はなるべく沢山で行った方が喜ぶと思うよ。シルフさんもウィンディーネ女王も乗り気みたいだし、ね」

「え、エレナがそう言うなら、余もこれ以上何も言わないが……」


 私はそっと背伸びをして、ノームの耳に口を寄せた。


「今度、二人きりでアトランシータへ行こうよ。王の誕生祭じゃなくて観光として。その方が二人でゆっくり海底のデート出来るよ」

「!」

「私が前にそんな話をしたから気にしててくれたんだよね。ありがとね、ノーム」

「エレナ……」


 ノームの曇った顔が一気に晴れた。

 そういえば前に海底でデートしたら楽しそうだねって話したことがあったのだ。

 ノームはきっとそれを実現したかったのだろう。

 その気持ちだけで本当は十分なんだけどね。


 ──結局、私とノーム、ウィンディーネ女王とシルフさん、そして何故かサラマンダー王子の五人でアトランシータに行くことになった。

 サラマンダー王子はただ廊下ですれ違っただけなんだけど、シルフさんの「どうせなら勇者が四人揃った方がいいでしょ!」という言葉でほぼ強引に巻き込まれたのだ。ちょっと気の毒。

 でも、勇者四人とこうしてどこかに出かけるって新鮮で楽しいかも!

 

 そうして私達五人はアトランシータへの入り口である海の目と呼ばれる大渦に向かった。

 私はウィンディーネ女王の愛馬に、ノームとサラマンダー王子はレガンに、シルフさんは使い魔の大きなカラスさんに乗って。

 海の目は相変わらずやってきた者を試すかのような咆哮を上げて、周辺の空気を振動させている。


「エレナ、行くぞ。なるべく髪やドレスが崩れないように魔法をかけるから安心しろ」

「はい、ウィンディーネ女王! よろしくお願いします」


 そっとウィンディーネ女王と手を繋ぎ、私は、私達は──海の目へと、飛び込んだのだった。

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