それでも、愛そう
エレナとシルフ、フォルトゥナが帰ってきた。
ノームは城へ向かってくる馬車を見つけるなり、すぐに庭へ飛びだす。
「──エレナ!」
馬車の中から出てきた愛しい恋人の顔色が優れず、どうにもノームは不安になった。
そっと顔を覗き、その頬に触れる。
「エレナ? 何かあったのか?」
「……ノーム、」
エレナはノームを見るなり、瞳に涙を貯める。ノームはそんな彼女に戸惑った。
「何かあったのか?」
「あ……その……」
目を泳がせるエレナの背中をシルフが優しく擦る。
「ノーム様。エレナちゃんは疲れてるんだよ。僕からフォルトゥナさんに全部報告しているから、そっちで聞いてくれる? ほら、エレナちゃん。部屋に行こう。君はしばらく休んだ方がいい。ね?」
「な、」
「うん。ありがとうシルフさん。ごめん、ノーム。ちょっと横になるね」
ノームはそんな二人のやり取りに唖然とした。
そして去って行く二人の後ろ姿に、何も言えなかったのだ。
***
フォルトゥナの報告によると、孤児院の院長がアミール姫と同じ悪魔憑きだったらしい。
しかも今回は悪魔の名前まで分かった。
ベルゼブブ。
結局勇者シルフが彼を倒し、子供達も村人に一旦保護してもらうことでひとまず解決はしたのだが……。
勇者シルフがベルゼブブと戦っている最中に魔法で作った彼の分身体をエレナの目の前で囮として食べさせてしまった。
それがショックでエレナは落ち込んでいるのだという。
──しかし、それにしてはどうも……。
ノームは違和感を拭いきれず、報告会を終えるとすぐさまエレナの部屋へ向かった。
あの二人を長く二人きりにしてはいけないと察していたのだ。
「──エレナ!」
エレナの部屋にノックもせずに入ると、ベッドで眠るエレナの傍らにシルフが寄り添っていた。
その愛らしい寝顔を眺めているシルフが気に食わない。
無意識に睨んでいたのか、シルフが「怖い顔」と笑った。
ノームはシルフを押しのけ、膝をついてエレナを己の視界に固定する。
やはり顔色は悪い。
「……本当は、何があった」
「おや? 流石ノーム様。どうして分かった?」
「エレナはショックを受けているというより、何かに怯えている」
「凄いね。流石婚約者。じゃあ、そんなノーム様にご褒美をあげよう。──ベルゼブブは、エレナが追い払った」
「!?」
「正しくはエレナちゃんの中にいるナニカにって感じかな。心当たりないかい?」
「……エレナは、魔王の血を飲んだことで生き延びたと言っている」
「へぇ、ノーム様、悪魔学にも精通してるの? そうだね、悪魔の血を飲んだ人間はその身に悪魔の種を宿すことになっている。きっと魔王は自分の正体を知らなかったんだろうね」
「……お前は、知っているような言い方だな、シルフ」
ノームはエレナから目を離さないまま、脅すような声を出す。
シルフのこちらをからかっているような声に苛立ってもいた。
「さぁ、どうだかね。知ったかぶりかも。でも安心して? エレナちゃんの中にいる種は完全に彼女の善に溶け込んでる。エレナちゃんが望まないなら自分は奥に隠れてるって言ってたよ。悪魔の種を自分の中に無意識に同化させるなんて、とんだ化け物だね、彼女」
そこでノームはふと思った。
エレナは治癒魔法以外ほぼ使うことが出来ない。
悪魔がその身に宿っているとするならばそれは逆におかしいのではないか。
しかし、シルフの言うことが本当ならば……。
──人を傷つけることのない治癒魔法以外は、その悪魔がわざと制限しているのか?
「あ、あとね。エレナちゃんの中の悪魔って、エレナちゃんの怒りに反応して出てきちゃうみたいだからさ。浮気とかして彼女を怒らせない方がいいよ。それじゃ、僕はお邪魔っぽいから出て行くね」
「…………、」
言いたいことだけ言って肝心な事は言わないシルフに思わず舌打ちが出てしまう。
しかしシルフが出て行くなり、その閉じられた扉の音でエレナが目覚めた。
「……? ……ノーム?」
「! エレナ……!」
エレナはノームを認識するなり、彼から距離を取ろうとする。
それに若干ショックを受けつつ、ノームはベッドに座り、エレナに優しく声をかけた。
「エレナ? 一体どうしたんだ。余は、お前に触れては駄目か?」
「……うん、駄目」
「!」
さらに顔面を殴られたような気分になるノーム。
エレナは両腕で己の身体を抱いて、身体を縮こまらせていた。
「駄目だよ、ノーム。私に近づかないで。私、今日でこの城を出る」
「!?」
「分からないけど、私の中に何かいるの。シルフさんは自分がベルゼブブを倒したって言ってたけど、分かるの。多分私がやったんだよ。私の中には、何か、恐ろしいものがいるんだよ……」
エレナの声が徐々に潤いの帯びたものに変わっていく。
「私、ノームを傷つけたくない……もし傷つけてしまったらもう立ち直れない。だから、私から離れて。お願い……」
「…………、」
ノームはその言葉を聞いて、安堵した。
それこそ、彼女がエレナのままであるということの証明に他ならなかったからだ。
そして次に彼が感じたのは──止めどなく溢れてくる、愛。
──今すぐにも、その身体に触れたくなった。
ベッドに乗りだし、腕を掴んで引き寄せる。
両足と両腕でがっちりとエレナを固定し、逃がせないように身体を覆った。
「ノーム! ちょっとノーム! 話聞いてた!?」
「あぁ。ちゃんと聞いてたぞ」
「なら、どうして、」
「どんな姿になったとしても、どんな力があったとしても、エレナはエレナだ。今だってそうだろう? 故に、余は変わらずお前を愛そう。……これから先どんな事が起こっても、余はお前を手放すつもりはないよ」
しばらく経ってもノームの言葉を理解できていないといったエレナの表情にノームは微笑する。
そしてエレナは──必死に呼吸をするかのように、嗚咽を漏らし始めた。
自らノームの胸に沈まんとする婚約者をノームは宥める。
「……のー、むは、ばか、だよ……」
「そうか」
ポンポンと赤子をあやすようにノームはエレナの背中を優しく叩いた。
するとエレナも落ち着きを取り戻し始め──。
二人の視線が絡み合う。
そして──それがずっと前から決められた事のように、ほぼ無意識的に──二人の唇が合わさった。
***
「盗み聞きなんて悪趣味~」
シルフがエレナの部屋を出た後、彼はエレナの部屋の扉の傍らに寄りかかるサラマンダーに気づくなり、そうからかった。
サラマンダーは黙ってシルフを一睨みすると、そっとその場を去ろうとする。
「──君も可哀想だね、サラマンダー君」
「……何がだ」
「色々、だよ。君はただのサラマンダーで、本来は王子なんて呼ばれるようなものじゃないってこと。それなのに勇者という愛を神に与えられてしまったが故に、こんな明るい舞台に上がらせられてしまったこと。ヘリオス王も残酷だよね。彼自身、君に罪悪感を抱いてるみたいだけど」
サラマンダーの腕に熱が籠もり始めた。だがシルフの口は止まらない。
「貴様、どこまで知ってる」
「僕は風の勇者。風の届く所での出来事なら、なんだって知ってるさ」
「ハ、そんなわけなかろう。それは神の領域だ」
「──そう、
サラマンダーは怪訝そうに眉を顰める。
「話を戻そう。えっと……あ、そうそう唯一好意が芽生えた女の子が心底憎たらしい兄の婚約者だったってことも君の不幸自慢の一つに付け加えておくとしようか?」
「っ貴様!」
炎が湧く。
しかしシルフがそんなサラマンダーの腕を掴んだ。
するとどうだ、サラマンダーの炎は沈黙する。
「っな!」
「──その羨望、嫉妬……実に僕好みだ。苦しくなったら僕の所においで。僕が君の
「な……」
サラマンダーは唾を飲み込んだ。
気づけばシルフはいなくなっていた。
サラマンダーの脳の中で、シルフの言葉が反芻して、離れない。
「……俺は……」
まるで呪いだ。
サラマンダーは小さく唸って、その場を後にした。
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