彼の正体


 ──翌朝 エハース村 孤児院 大広間にて。


「え、エレナ様? どうかなさったのでしょうか……子供達を外に集めて……」

「はい。子供達はもう孤児院の中にはいませんね?」

「は、はぁ……」


 戸惑うオリバーさん。

 私はちゃんと子供達全員がエリックさんと共に孤児院を出たのをフォルトゥナさんから報告を受ける。

 よし、これで何があっても大丈夫。

 私はフォルトゥナさんとアイコンタクトをとった。

 フォルトゥナさんが頷き、オリバーさんに厳しい視線を向ける。


「では、シュトラール王右補佐官として命じます! 院長オリバー・ルルゼよ! 一刻も早くこの国を去れ!」

「え!?」


 オリバーさんの身体が跳ね、勢いよくフォルトゥナさんに縋り付く。


「な、ななな何故!? どうしてですか!?」

「院長、貴方は今まで里親が決まった子供達の記録は残しているか?」

「……! い、いえ……全員、信頼している者達の下に送ったので……」

「例えば誰だ。名を挙げてみろ」

「…………、」


 オリバーさんが黙り込んだ。

 私は唇を噛みしめる。

 ……そろそろだろうか。


「シルフさん、頼みましたよ」

「あいよ。でもエレナちゃん、これ貸し一つね。僕は別に外にいるガキなんかどうでもいいんだから。君の言うことだから従ってるんだよ」

「はいはい、分かりましたから」


 シルフさんは私の素っ気ない返しに「扱い酷いね」とケタケタ笑った。

 もう、そういう状況じゃないっていうのに!

 私はオリバーさんに一歩近づく。

 

「え、エレナ様……エレナ様なら分かってくださいますよね? 私がどれだけ子供達を愛していたか……」

妖精小人ピクシー達は、子供を攫いたかったのではないんですよ」


 私は背筋を伸ばす。

 どういう状況になるかは分からないけれど、やるしかない。

 

「貴方から子供達を救いたかったんですよオリバーさん。妖精小人達は皆気づいていたんです。貴方に──! 攫われた子供達はコウノトリによって妖精達が安全な場所へ送っていたんです!」


 子供達が全員で共に食事をする為の大広間がしんと静まりかえる。

 この刺すような沈黙は──。

 オリバーさんの身体がゆっくりと崩れ落ちていった。


「…………ぁ、」

「オリバーさん──」


 ──駄目、聞きたくない。

 もし本当にだとしたら、怒りで我を忘れてしまいそうだ。

 

「既に里親の下へ送ったという子供達は、一体どこにいるのですか?」


 院長は俯いたまま、何も言わない。

 口だけが、素早く何かを詠唱するかのように動いているのは分かった。

 フォルトゥナさんが私に下がるように指示する。シルフさんも、真顔になった。


「エレナちゃん、気をつけて。

「うん」


 そして──院長は突然、笑い出した。

 シルフさんの言うとおり。


 ソレは、現れた。


「──

「っ!!」

「どう? お前ノ、望むコタエだった? エレナだっけ。お前も……すっげぇいいニオイするネ?」


 私は息を呑む。

 オリバーさんが小刻みに震えながら、両手を広げる。

 ブチッ、ブチッと何かが引きちぎれるような嫌な音がオリバーさんの服の中から聞こえた。

 それと共にオリバーさんの身体が不気味に膨張を始める。


「そんなに殺意剥き出しにしないで欲しいナァ。僕ちんは、ただ食べたいだけだヨォ。モットモット……この世の全てを食い尽くして、クイツクシテ……」

「アナタは、何者なの?」


 私の質問には、は答える気はなさそうだ。

 膨張するオリバーさんの身体が四つん這いになり、私達に襲いかかってくる。

 フォルトゥナさんとシルフさんが彼に応戦した。

 

「エレナ様、貴女は外に! 正直言って邪魔です!」

「は、はい! すみません、頼みました! って、え……?」


 大広間の扉がビクともしない。まさか、魔法で閉じ込められた?

 壁を伝い、天井を駆け巡るオリバーさんはもはや人間ではなく、蜘蛛のように形を変えていた。

 不気味な笑い声が大広間中に響く。


「オイシカッタナ美味しかったな子供達っ! モットモットモットいっぱいクダサイナッ! 噛んで喰らって潰して殺して、全部ゼンブ腹のナカ!」

「…………っ」


 馬鹿にしたような彼の歌に私は心臓が昂ぶった。


 ──許せない。


 何で、そんなに、楽しそうなの?

 鼓動が、さらに加速していく。

 するとここで、彼が天井から私に襲いかかってきた。


「イタダキマス!!」


 私は突然のことで反応できない。

 しかしシルフさんが風魔法でオリバーさんの身体を吹き飛ばす。


「エレナ様! どうして逃げないのですか!」

「ご、ごめんなさい! 魔法で閉じ込められてて! それに、なんか、身体が……あれ?」


 視界が一瞬、歪む。

 鼓動の速さがもはや異常だった。

 

「エレナちゃ──、」


 私を見たシルフさんが、目を見開く。


「シルフさん? 何か、私おかしいですか? 私、身体が、凄く熱くて……なんだか……」

「……いや、おかしくはないよ? それよりエレナちゃん、今の君は下手にここを動かない方がいい。ここでじっと、僕とフォルトゥナさんを見ていて。目を逸らさずに、じっと、ね?」

「?」


 どういうこと?

 しかし頭がぼぅっとしていて、私は頷くことしか出来ない。

 するとここで、フォルトゥナさんが悲鳴をあげる。


「な、なんだこれは!」

「シャシャシャシャ!!」


 フォルトゥナさんの身体が何故か宙に浮いていた。

 いや……よく見ると、糸?

 彼、天井や壁を素早く動いていると思ったら、糸を張ってたのか!


「エモノいっちょ上がりぃ!」

「っ、」


 フォルトゥナさんは彼に自分の右腕をわざと噛ませた。そしてその隙に彼の目に手のひらを掲げ、呪文を唱える。

 フォルトゥナさんの光魔法が彼の目を焼いた。すると今度は彼が悲鳴を上げ、地面に落ちる。

 フォルトゥナさんの身体も同じく投げ出された。


「フォルトゥナさん! 腕が! な、治します! 大人しくしてください!」

「う、うあ……」


 フォルトゥナさんの右腕の肉が抉れていた。

 痛みに苦しむフォルトゥナさんに、私はさらに心臓が激しさを増す。


 ──どうして、傷つけるノ?


 まただ。また、頭が痛くなる。

 私はなんとかおぼろげになりゆく頭を働かせて、治癒魔法を施す。

 その間に怒った彼は私達に襲いかかろうとして──シルフさんが立ち塞がり、再度その身体を吹き飛ばした。


「アア、クイタイ、ノニ……ジャマをする……」

「フォルトゥナさんは食べていいけど、エレナちゃんは駄目だよ!」


 シルフさんはそう言って、傍にあった花瓶やらナイフやらを彼に飛ばしていく。

 彼はそれを瞬時に噛み砕き、忌々しそうにシルフさんを睨んでいた。


「それにしても君、随分食べるのが下手くそなんだね。地下室にあった君の食べ滓を見れば分かるよ。……もしかして食べるのが目的じゃなくて、食べることによって人が苦しむ様を楽しむタイプ?」


 天井から吊された彼はそんなシルフさんの言葉ににんまりと笑う。


「正解。よく分かってる、キミ。僕ちんは暴食の悪魔、ベルゼブブ。悪魔だから、何かを食べる必要はない。けど──タベタクテ、タマラナクナルよね。だって、ナキサケンデ、苦しんで、僕ちんに助けを請う様を見てると──マンプクになるんだ。僕ちんの魂が満たされるんダ──」

「!」


 すると彼──ベルゼブブはいかに子供達が苦しんで逃げ惑って己に食われたか語り始めた。

 まるで自分の戦歴を自慢するかのように。

 私の拳が痛いほど握りしめられる。


 ──許せない、許せなイ、ユル、セない!


「──エレナ様……?」


 その時の私には──フォルトゥナさんの戸惑う声にすら耳に入ってこなかった。



 ──アア、身体が、アツイ……。

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