妖精の里リュミエール


「目覚めましたか」

「……?」


 意識が覚醒し、重い身体を起こす。花の甘い香りがまず私の嗅覚を刺激してきた。

 呼吸は……よかった、もう苦しくない。

 視界が定まらず、なんとか目を擦り、瞬きを数回。

 そしてようやく焦点が合った。


「……え!?」


 目の前で、透き通った羽が生えている女性が私の顔を覗き込んでいたのだ。

 私は驚いて、反射的に身体を仰け反らせる。女性の声は人間にしては高すぎる不思議なものだった。


「貴女には、妖精の加護があるのですね。本来この地には人間は間違っても迷い込んでこれないようになっているのですが……」

「妖精の加護? あぁ! はい! 私の大切なお友達の妖精さん達の加護だと思います」

「妖精がお友達……」


 女性の顔がふっと綻んだ。

 私の張り詰めた身体が、その笑みで力が抜ける。

 そこで改めて私は周囲を確認した。

 天国をイメージしてしまうようなお花畑。それを取り囲んだ森の木の枝には蜂の巣のようなものがズラリとぶら下がっていた。

 あれは──もしかして、妖精小人ピクシーさんの家?

 そんな巣から妖精小人さん達が心配そうにこちらの様子を伺っているのが分かる。


「ご挨拶が遅れました。私はこの妖精の里リュミエールの長、オリヴィアと申します」

「! わ、私は……エレナと申します。そうだ、オリヴィアさん! さっそくで申し訳ないのですが、貴女達がエハース村の孤児院の子供達を攫っているのですか?」


 こんな優しそうな妖精さんがそんなことをするはずない。

 そう確信していたというのに──オリヴィアさんは頷いた。

 私は拳を握りしめる。

 一体、どんな理由があって──あんなに心優しいオリバーさんから子供達を奪おうというのか。

 深呼吸をして、私はオリヴィアさんを見据えた。


「──理由を……話してもらえますか?」




***




 一時間後。私はオリヴィアさんに頭を下げていた。


「オリヴィアさん、突然里に侵入してごめんなさい」

「いいえ。私の方も警戒しすぎたようです。得体の知れない邪気を察知したので……いつもより霧を濃くしてしまいました。魔王の血を飲んだという貴女には相当な苦痛でしたでしょう。霧には大天使ミカエル様の加護が宿っていますから」


 すると今度はオリヴィアさんが私に頭を下げる。

 オリヴィアさんの周囲を飛んでいる妖精小人さんもオリヴィアさんの仕草を真似た。


「──残りの子供達を貴女に託しますよ、心優しい魔王の娘、エレナ。どうか、どうか……」

「はい。必ず守り抜きます。強い味方もいるので、安心してください。オリヴィアさん」

「……貴女に、ミカエル様の加護あらんことを。貴女が無事にまたこのリュミエールを訪れることを願って。今度は歓迎しますよ、エレナ」


 オリヴィアさんが私の手を包んで微笑んだ。

 すると一気に霧に囲まれて──私は、いつの間にか森の中にいた。

 私は深呼吸をして、自分を鼓舞する。


 早く、フォルトゥナさん達と合流しないと。


「エレナちゃん」

「! シルフさん……」


 振り向けば、シルフさんが木に寄りかかっている。

 私は眉を顰めた。


「もう、シルフさん! どうして急にいなくなっちゃうんですか!」

「ごめんごめん。あの霧の中にいたら気持ち悪くなっちゃってさ。……で? 今君は突然そこに現れたわけだけど、何かあったの?」

「? よく私が現れる場所、分かりましたね」

「言ったでしょ? 僕の勘は当たるって」


 なんかこの人、未来でも視えるんじゃないかって思えてきた。

 謎が深まるばかりだ。

 ……って、今はそういう事を考えている場合ではない!


「はい。何故妖精小人さんが子供達を攫っていたのかが分かりました。すぐにフォルトゥナさん、エリックさんと合流しましょう。話はそれからです」

「了解。なんだか面白そうだね!」


 いや、面白がっちゃ駄目なんだけど。でもこの人にいちいちツッコミを入れるのは時間の無駄だ。

 私はやれやれとお気楽なシルフさんと並んで森を出た。

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