バレンタイン、再び(後編)


 サラさんは無事にアスにお菓子を渡せたのかな。

 思わず悪態が出ちゃって、アスと喧嘩になってないといいけれど。

 そんな心配をしつつも、私はノームとのデートを楽しんだ。

 ノームの相棒のレガンに会えたのも本当に久々のことだろう。

 レイには負けるけれど、レガンも随分逞しく成長していた。

 そしてそんなレガンに乗って、ノームはシュトラール領土内のランツァの森に私を連れてきてくれたのだ。

 シュトラール領土内は基本的に熱帯だけれど、この森はやけに涼しく、快適。

 水の流れる音が常に聞こえ、私を癒やしてくれる。まさしく避暑地というべき場所だ。

 私はワクワクしながらノームに手を引かれていた。


「ノーム、どこにいくの?」

「まぁついてこい。きっとエレナも気に入ると思うぞ」


 ノームが歩んだ先には小さな滝があった。

 ノームはレガンを待機させ、ゴーレムを作り出す。相変わらずノームのゴーレムさんは大きくて立派なものだ。

 そしてそのゴーレムに滝を割らせると、滝の奥にある洞窟が見えてきた。


「凄い、こんな所に洞窟なんて!」


 そこはとても暗かった。

 入ってみると、すぐに前が見えなくなり、手探りで壁を探す。


「ノーム、ここ、暗くて……」

「大丈夫だ。余の腕に掴まっていろ」


 ノームは洞窟のさらに奥へ進んで、進んで──やっと足を止めた。


「ノーム?」

「エレナ、目を瞑るなよ?」


 するとノームがなにやらゴソゴソ動き──途端に洞窟中があちこち光り輝く。

 私は突然飛び込んできた絶景に言葉を失った。


「……、こ、これって……」

「綺麗だろう? 魔力に反応して輝くマナ鉱石だ」

「うん、綺麗。まるで──宇宙の中にいるみたい……」

「宇宙?」

「星空の向こうにある世界のことだよ。きっと、キラキラして果てがない綺麗なところなの」

「ほぅ。確かにそう言われると、この辺り一帯が星空のようだな」


 するとノームの指がスルリと私の皮膚を滑り、私の指と交差した。

 私は突然の接触に、身体が震える。


「の、ノーム……?」

「エレナ、愛してる」

「!」


 ……く、くすぐったい!! 心臓がこの上なくくすぐったい!!

 ノームはどうしてそんなに平然としているの?

 荒ぶる心臓を抑えながら、誤魔化すようにノームから離れ、私は鞄を漁った。


「の、ノーム! わ、私、渡したいものが!」

「ん?」

「はい!! バレンタイン!!」


 恥ずかしさが相まって、大きな声を上げてしまう。

 するとアスピクッキーを受け取ったノームがマナ鉱石の光の中でにっこり微笑んだ。

 

「ありがとうエレナ。随分懐かしいな」

「! バレンタイン覚えててくれてたんだ」

「あぁ、勿論。実は今日デートを誘ったのも、まぁ、狙っていたというかな……」


 するとノームが腰に下げていた巾着から何かを取り出す。

 そしてまた指を撫でられたかと思えば、ヒヤリと金属の冷たさを感じた。

 これは──。


「余とエレナの婚約を示す為の指輪だ。進軍を無事に止めて式を挙げるまでは、これを身につけておいてくれ」

「こっ……!?」


 つまりそれって婚約指輪ってこと!?

 ……ノームは私の心臓に恨みでもあるのだろうか。

 私は何も言えず、ノームの言葉を反芻していた。じんわりと胸が温かくなる。


「エレナ?」

「……ありがとう。大切に、する」


 鼻の奥がつぅんと痛んで、その痛みによって瞳が潤う。

 前世でもこんな気持ちは経験したことがない。ノームはいつだって、私を喜ばせるようなことしかしてくれないから困ったものだ。


「エレナ、泣いているのか?」

「ぢがうよ。ないでない」

「泣いてるじゃないか」

「うるざい!」


 あーもう、本当に恥ずかしい。顔から火が出そうだ。

 でも涙は止まらない。これがどういう意味を持つ涙なのか、私でさえ分からない。


「エレナは意外に泣き虫だな」

「誰のせいよ……」

「あぁ。余のせいだな!」


 なんでそこで嬉しそうな顔をするのかな、ノームは。

 するとノームの逞しい腕が私の腰に回される。

 名前を呼ばれ、片頬が固いノームの手のひらに包まれた。


「──あ、」


 なんとも間抜けな私の声はノームに飲み込まれる。

 

 それは──マナ鉱石の光に照らされた二つの人影が重なった瞬間だった──。




***




「じゃあ、お休み、エレナ」


 額に口づけを落とされ、何も言えなくなる私。

 あぁ、そんなことされると昼間を思い出してしまう。

 私はノームと目を合わせられないまま、その日の別れを告げた。

 いつものようにノームの後ろ姿を見送って、ため息を吐く。

 なんだか、とっても疲れた。主に心臓が。楽しかったけどね。


「──ぃ、おい!! 間抜け面女!」

「!? はぃ!?」


 突如聞こえた怒声に飛び跳ねる。

 見るとサラマンダー王子がそんな私を鼻で笑っていた。


「はは、やっぱりお前は間抜けだな」

「……申し訳ないんですが、今はサラマンダー王子に構っていられる程余裕ないんです。もう本当に、色々許容範囲を越えている状態なので私はもうお休みさせていただきます」

「はぁ? おい、勘違いするな。俺がお前に構ってやってるんだろうが!」


 目の付け所がまるで子供だ……。

 しかし私はふとある用事を思い出した。そして「少しお待ちください」と言い残し、部屋に入る。

 例のものを持ってドアを再度開ければサラマンダー王子はちゃんとそこで待っていてくれた。

 ……やっぱりこの人、根はいい人なのでは。


「王子、お待たせしました。よければ、これを」

「……なんだこれは」


 私が王子に渡したのはノームにあげた分の残りのアスピクッキーだった。


「バレンタインはなにも好きな人や恋人だけが贈り合うものでもないですよ。友人やお世話になった人にも贈っていいんです。王子には助けられたこともありましたから、私から感謝の気持ちということで」

「……庶民の菓子が俺の口に合うと思っているのか?」

「じゃあ捨ててくれてもかまいません。押しつけているのは私ですから」


 食べてくれたら、そりゃ嬉しいけど。気持ちは無理強いするものじゃない。

 すると意外にもサラマンダー王子はクッキーを受け取ってくれた。

 

「おやすみなさい、サラマンダー王子。いい夢を」

「……、あぁ」


 あれ? いつもの皮肉が来ない?

 そのままあっさりと帰るサラマンダー王子に私は首を傾げた。

 余程お菓子が好きだったのだろうか。変なの。




***




 エレナと別れた後──サラマンダーは自室に入るなり、受け取った菓子をベッドに投げつけた。

 そして己の身体もそこに沈める。


「……ハッ、俺に菓子とは。随分な皮肉だよ、魔王の娘め」


 サラマンダーはしばらくそうしていたが、半身を起こし、手のひらにクッキーを転がした。

 そしてそれを口内に放り込む。

 時間をかけて、咀嚼した。

 やはり、味はない。ただ、口内が乾いただけだ。


 ──だが。


「……甘い、」


 そう呟いたサラマンダーの心の内は、彼にしか分からない。

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