バレンタイン、再び(前編)


 前世の暦でいうと、今日は二月十三日。

 私はこの日、サラさんの宿屋の台所にいた。

 理由は勿論、お菓子を作る為だ。

 二月の前半だということで、サラさんにバレンタインの話題を出したら思いの外食いついてきた結果である。


「……で、何を作るの? サラさん」

「おう。チョコってやつはちょっと作り方分からないからな。アスピクッキーを大量に作る! 質より量で勝負だ!」

「うん、それでいいと思う。バレンタインのお菓子って気持ちが大切だもん」


 それにしてもサラさん、もしかして好きな人でもいるのかな。

 それはサラさんがバレンタインに食いついてきたときからずっと聞きたかったことだった。

 サラさんの周りにいる男の人ってあんまり知らないけど……一体……?

 埒があかない。直接聞いてみよう。


「あの。つかぬこと聞くけどさ、サラさんってもしかして好きな人いる?」

「は、」

「だって、バレンタインに過剰に反応していたし」

「な、なななな、んなわけないだろ!!」


 そういうサラさんは明らかに──ノームから鈍感とよく言われる私でも分かるほどの反応が返ってきた。

 私は目を光らせる。


「えぇ、誰? 教えてよサラさん!」

「え、エレナてめぇ! 目をキラッキラ輝かせるな!」

「だってだって! サラさんそういうの興味なさそうなのに~!」


 二人で盛り上がっていると、階段から誰かが降りてきた。

 サラさんの宿屋に居候しているアスだ。

 

「ちょっとガサツ女。……って、アンタまた来たのへなちょこプリンセス」

「あ、アスだ。やっほー」

「はぁ。アンタはいつも呑気でいいわね。ガサツ女、アタシは出かけるわよ」

「おー。行ってらっしゃい」


 私はサラさんと手を振りながら、宿屋を出て行くアスを見送った。サラさんは「さて、菓子菓子」と卵を揃え始める。

 そういえば。

 今、私が知っているサラさんの周りにいる男の人ってアスくらいなんじゃなかろうか。

 ……いや、まさかね?

 しかし一度思いついてしまうと、それしか思いつかなくなってしまう。


「ねぇ、サラさん」

「んー?」

「サラさんの好きな人ってさ、もしかして……アスだったり?」

「…………」


 サラさんは途端に卵を握りつぶした。私はそんなサラさんに驚喜する。


「えっ、本当に!?」


 興奮のあまり飛び跳ねてしまう私。これは落ち着かずにはいられない!


「きっかけは!? いつ!? どこで!? どんな時に!?」

「お、おい、エレナ。黙ってこれ掻き混ぜてろ」

「顔真っ赤~! サラさん、本当に好きなんだ!」


 もう誤魔化しきれないと諦めたのか、サラさんは嘆息を溢す。

 そしてポツリポツリと話してくれた。

 六年前、私がサラさんと初めて出会った時にアスに一目惚れしていたことを。


「あいつさ、顔もカッコいいけど。話してみると分かってくるんだよな。さりげない優しさっつーか、そういうの感じるし。口は悪いけど、根は本当に綺麗なやつなんだって思う」

「! ……ふふ」


 少し恥ずかしそうにだけれど、アスについて語り出すサラさんは本当に可愛かった。

 ……上手くいくといいなぁ。

 色んな女の子に手を出しちゃうアスにもいつかちゃんとした恋人が出来て欲しいとは前々から思っていた。アスは一応私の兄的存在でもあるし心配していたのだ。

 アスにそう言ったらいつも「アタシ達竜人族に愛はいらない」みたいな事しか返ってこないしね。

 でもサラさんみたいな素敵な女性とならぜひアスと一緒になって欲しいって思う。

 私はサラさんに「応援するよ」と耳打ちする。

 そうすると──サラさんは「うっせ」と私の額を指で弾いてきた。

 

 痛い。




***




「エレナ、明日は暇か?」


 夕食時、ノームはやけに明日を気にしていた。

 そして部屋まで送ってもらった際にはそう尋ねられたのだ。


「うん、特に何も用事はないよ。ヘリオス王に呼び出されない限りは」

「そ、そうか……その、では……で、デート、とやらはどうだろうか……」


 赤面しながら、そう言うノームに私は思わず微笑してしまう。


「うん、勿論だよノーム」

「! ……なら、明日の朝、迎えに行く。ちゃんと準備していてくれ」

「はいはい、分かった。じゃあ、おやすみ」

「あぁ。おやすみ、エレナ」


 ノームが見えなくなるまで、その後ろ姿を目で追ってしまった。

 ノーム、クッキー喜んでくれるといいな。

 サラさんに怒鳴られながらも一人で作ったクッキーだ。見た目はちょっと不細工だけど、気持ちは篭もってる。

 それにしてもまさかノームが「デート」っていう単語を使うとは。

 それは以前、恋人同士が一緒に出かけることという意味で私が教えたものだった。

 頬を赤らめてその言葉を敢えて選んだ彼の顔を思い出すだけで自然に笑みが張り付いて離れない。


「──ハッ、未来の妃がその間抜け面はないだろうよ」

「っ、」


 我に返って振り向けば、案の定サラマンダー王子。

 ……またこの人は人をからかいにきたのかな。

 

「何かご用ですか王子」

「お前、今日城にいなかっただろう。どこに行っていた」

「え? えっと、それは……明日がバレンタインだからお菓子を作ってたんです」

「ばれんたいん?」


 あ、そっか。シュトラールにはバレンタインはないのか。この世界では私が勝手に騒いでいるだけの行事なんだ。

 サラマンダー王子が知らないのも当たり前かぁ。

 私は彼にバレンタインについて説明した。


「──随分奇妙な行事だな。それはただの口実で、定期的に兄上に惚れ薬でも仕込んでいるんだろう。それならばお前なんぞに兄上があそこまで溺愛する説明が付く」

「私はそんな事しないですよ。ちゃんとノームが好きだし、彼も私を愛してくれていると思ってます」


 私がそうサラマンダー王子の意地悪な言葉を受け流すと、サラマンダー王子はちょっと面白くなさそうな顔をした。


「……ふん、からかって損した」

「サラマンダー王子ももう私と同じ十六歳なんですから素直になったらどうですか。そんな皮肉屋な性格じゃ結婚も出来ませんよ」

「!! う、うるさいっ!」


 大股で騒がしく去って行くサラマンダー王子に苦笑する。


 ……なんだか、彼の扱い方が少しずつ分かってきたような気がした。

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