異変


 ──翌日 シュトラール城兵士養成所にて。


 シュトラール城からほんの少しだけ離れた所に兵士達の居館があり、そこには模擬戦闘の為の小さな闘技場があった。

 私とアミール姫はどうやらそこで戦うことになるらしい。


「ちゃんと逃げずにきたわね。そこは褒めてあげるわ」

「あ、アミール姫……その格好」


 スポーツブラのような胸当てに短パン。お姫様あるまじき格好だった。

 しかしアミール姫は堂々としている。どうやら彼女にとっては普通のことらしい。

 アミール姫曰く、エストレラ王国の戦闘着。

 うーん、やっぱりスタイルいいなこの人。


「今回は私の寛大な処置により、貴女には武器の使用を認めますエレナ。貴女は別にエストレラ王国の者ではないですし、身体を鍛えているわけでもなさそうですしね」

「えっと、それは本当にありがたいです」

「まぁ、せいぜい……」


 するとアミール姫の身体がぐらりと揺れた。

 私は慌ててアミール姫を支える。


「アミール姫? 大丈夫ですか!?」

「アア……コンナニ、クルシイナラ、イッソ、ケシテシマエバイイノニ!!」

「っ!? え?」


 今、アミール姫の喉から本当に発せられた声?

 すごく乾いていて、低くて……恐ろしい。

 今の声はどうやら私にしか聞こえなかったようだ。


「アミール姫? どこか具合が?」

「っ、いいえ。構わないで! そ、それにしても貴女、肝心の武器を持っていないじゃない! もう始まるのよ?!」

「えぇ、武器なら既に持ってるので、始めてもらってもいいです」

「! ふ、ふん。隠し武器なんて本当に悪趣味ね」


 そこで審判役のフォルトゥナさんが闘技場に上がってくる。

 私は深呼吸をして、ノームを見た。ノームは不安そうな顔をしている。

 大丈夫。ノームは絶対に渡さない。

 ちょっと卑怯かもしれないけれど、私が勝てる方法はこれしかない。


「──では、只今より、エストレラ式決闘試合を始めます!」


 はきはきとしたフォルトゥナさんの声と共に、細長い巻き貝から笛のような高い音が空に突き刺さった。

 その瞬間、私は──息を呑んだ。


 ──離れていたはずなのに、すぐ目の前に、アミール姫がいたから。


「──っ!?」


 私は間一髪の所で避けた。

 アミール姫の足が宙を切り裂く。

 えぇ!? どういうこと!? たった今三メートル先にいたはずなのに……。

 見るとアミール姫が立っていた場所には足形がめり込んでいる。

 足の力で石の床に形を残している……?

 そんな人、前世の漫画やアニメの世界でしか、見たことがないよ──!


「なにボーッとしていますの?」


 ハッとなった。しかしもう遅い。

 アミール姫に首を掴まれた。そして軽々と持ち上げられる。


「っ、あ、う……」

「エレナと言いましたね、貴女。貴女はどうしてあんなにノーム様に愛されているのでしょうか」

「っ……わた、しも、ふしぎだって……! はな、して……」

「そうでしょうね。ノーム様は周辺の国々の姫達の憧れの的。美形だし、優秀だし、他のどの王子よりも心優しく、おまけに神に愛された存在、勇者というステータス付き。そんな彼を誰も放っておくはずがない。それなのに、彼は誰も選ばず──貴女を選んだ」

「……う……」

「エレナ!!! 離せイゾウ! 決闘は中止だ!」

「ノーム様! 落ち着いてくださいませ! 中止は無理です!」


 ノームが闘技場に乱入しようとする声が微かに聞こえる。

 私は浅い呼吸を繰り返しながら、アミール姫から目を離さない。

 嘘でしょ、こんな数秒で決着?

 力の差が、圧倒的すぎる……!

 これじゃあも使えないよ!


「理解できないわ。何故彼は貴女なんかに魅力ヲ? 私と結婚した方が絶対に、幸せになれるというノニ! そして私は周りカラこう言われるの。『あぁ、ノーム様のような素敵な方ト結婚して羨ましイ』っテ! 周りからの羨望! 私ハ、それを強く求厶……!!」

「……っ、」


 やっぱり、アミール姫の様子がどこかおかしい。

 私はなんとか言葉を返す。


「そ、んな、あさはか、な我が儘に、ノームを利用しな、いで! 彼は、絶対に……渡さない!」


 視界が反転する。アミール姫に地面に投げ出されたのだ。

 やっと望む量の酸素を確保でき、それを喰らう。

 アミール姫を見上げた。

 彼女は──ゾッとするほど真顔で、私を見下ろしている。

 彼女の唇が小刻みに動いていた。近距離の私にしか聞こえない程の声だった。


「──イイナァ」


 が、顔を出す。


「イイナァ、愛されていて、イイナァ。羨まシイなぁ。キット今まで愛情を受けて育ってきたんだろうナア。イイナァ。戦わなくても褒めてもらえたんダロウナァ。アンナ素敵な人に心配されてモラッテイイナァ。アアアイサレタイ。愛しタイ。モット愛情を、モット羨望をクダサイ。クルシイ。嫉妬で死んじゃいソウ。──アア、ソウか」


 私は鳥肌が立った。


「──こんな二私を苦しマセルニンゲンは全部燃やしてしまえバいいのか」

「っ!!」


 この人やっぱりおかしい!

 私がここで止めてあげないと!

 私は瞬時に巾着袋からを取り出し、アミール姫に投げつけた。


 どうか、成功して──!!

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