決闘!
「エレナ様、こちらのお召し物はいかがでしょう」
「あの、セーネさん、私はお姫様でもなんでもないんだから様付けしなくても……」
「あら、エレナ様はノーム様と将来ご結婚なさるのでしょう? なら、エレナ様と呼ばせていただきますわ」
朝。私はノームの部屋を借りてセーネさんに着替えを手伝ってもらっていた。
ノームのお母さん──ペルセネ王妃の侍女だったセーネさんは毎朝私を連れ出して身体を清めてくれたり、服を提供してくれたり、何かと世話をしてくれるのだ。
「──嬢ちゃん! 大変だ!!」
着替え終わってしばらくするとダンさんが勢いよく部屋に入ってきた。
セーネさんが傍にあったアスピをダンさんに投げつける。
ダンさんは上手くそれをキャッチした。
「ダン! アンタ、なに王子様の部屋にノックなしで入ってきてるの!! エレナ様が着替え中だったらどうするのさ!」
「ひぇっ! わ、悪い! だがそれどころじゃねぇんだ! 今、玉座の間で大変なことが!」
ノームに何かあったのだろうか。先程王様に呼び出されていたみたいだけど……。
「──ノーム様に求婚し続けていたアミール姫が朝一番乗り込んできて、い、今、ノーム様に詰め寄ってるんだ!!」
「え、えぇ……っ!?」
私はセーネさんとダンさんと共に玉座の間に急いだ。
こっそり壁から覗くと、確かに目立つ桃色のドレスを着た女の人がノームに凄い形相で迫っている。
「──だから、何故私との婚約を断るのですかノーム様!! 私のどこが不満なのかしら!?」
「お、落ち着いてくださいアミール姫! 余は貴女に不満があるから断り続けているわけではなくて、」
「なら余計に落ち着けませんわ!!」
「あ、あれって」
「あれがエストレラ王国の姫、アミール姫ですわエレナ様。おそらくですが、ヘリオス王がノーム様を説得するために呼び出したのでしょう。ヘリオス王はノーム様とアミール姫が結婚されることを望んでいたので。しかしアミール姫はあんなに過激な人ではなかったはずなのですが……」
「ノーム……」
これが、修羅場ってやつなのかな。
私はアミール姫をよく観察する。
今は怖い顔をしているが、お姫様なだけあってとっても綺麗な人だった。
スタイルも抜群。キュッと引き締まったウエストが本当に羨ましい。あれはドレスの構造だけで出来たくびれではない。
「…………、」
私は首を前方に曲げる。
……ノームは一国の王太子だ。
私みたいな平凡な女より、あんなお姫様と結婚した方が幸せなのかもしれない。
──王子としても、一人の男の人としても。
「……私、なんで自惚れていたんだろう。ノームにはああいうお姫様が、お似合いなのに……」
「エレナ様」
セーネさんの声に我に返って、彼女を見る。
「ノーム様は本当に、本当にエレナ様をお慕いしております。それともエレナ様はペルセネ王妃と同じ道をノーム様に歩んで欲しいのですか?」
「っ、」
ペルセネ王妃は、ヘリオス王との愛なき結婚によって苦しんだ。
ノームは一番傍でそれを見ていたのだ。
私は唇を噛みしめる。
「アミール姫。貴女は何故そこまで余に執着するのですか」
「ノーム様は昔から私からの婚約を断り続けていましたね。私、許せませんの。私のものにならない殿方がいる。その事実が不快で、不快でたまりませんわ。他の殿方達は私の美貌とエストレラの軍事力をちらつかせれば簡単に尻尾を振って私を見ていたのに!」
「な、何を言っておられるのですか、アミール姫! 落ち着いてください!」
「ノーム様、よくお考えになってくださいませ! ノーム様にとって私との結婚はメリットばかりではなくて? 未来の王として、正しい選択をしましょう、ノーム様!」
私は眉を顰める。
アミール姫はどうやらノームを好きというより、別の感情の方が大きい気がする。
ノームは私に背を向けているから、ノームの顔が見えなかった。
心臓がやけに身体を揺らす。
「──申し訳ありませんが、アミール姫。やはり、その申し出はお断りします」
私は身体が一気に軽くなった。
吐息が一気に溢れ、胸を撫で下ろす。
「! ノーム様! 何故なのですか!」
「余には、既に心に決めた
「!」
ノームはアミール姫と結婚した方がいいのかもしれない。
でも、それでも……彼が私を選んでくれるというのなら──。
私は、それに全力で答えたい。
「──ノーム、」
ポツリと名前を呼べば、聞こえるはずもないのに、ノームがこちらに振り向いた。
そしてノームは優しく私に微笑み、「おいで」と言わんばかりに手招きをする。
え? 行っていいの?
セーネさんが「呼ばれてますよ」と私の背中を押した。
ノームの所へ恐る恐る行くと、ノームが私の手をしっかり握る。アミール姫の顔が数倍恐ろしいものに変わった。
「アミール姫、この女が余の未来の妻です。一国の王子としては貴女の方が魅力的かもしれない。ですが……ノーム・バレンティアにとっては彼女しか考えられない。余は、誰がなんと言おうとも、この女と結婚します」
「…………!」
ノームの言葉に何故か涙が出そうになった。
そこまで想われることが今までなかったから、感動したのだろう。
……こんな素敵な感情を教えてくれて、ありがとう、ノーム。
アミール姫は私をじろじろ見ると、わなわなと震え上がる。
そしてこれでもかと言うほど拳を握りしめ──私を指差した。
「──!」
「我がエストレラ王国は決闘を申し込む際にこの仕草をします」
けっとう?
思わずそう呟いて、ノームを見た。
「エレナ、真に受けるな。しなくていい決闘だ」
「いいえ、受けてもらわないと私の気が済みませんわ! こんな小娘に負けるなんて、許せない、許せない……許せない!!」
「アミール姫、今日の貴女はどこかおかしい。一旦落ち着いてから話を……」
「その決闘に私が勝ったら、もうノームに求婚したりしませんか?」
「エレナ!」
するとアミール姫はにんまりと笑みを浮かべると「約束しましょう」と言った。
ノームの言うとおり、これは受けなくてもいい決闘だ。
でも、この先こんな人がノームに求婚し続けるのも、考えるだけで嫌だ。
それならば、今決着をつけたい。
「エレナ、お前何を……」
「ノームは黙ってて」
まさか自分がこんなに強気になれるとは思ってなかった。
「恋は人を変える」だとか、「恋は盲目」だとか……前世の誰かさんの言葉が身に沁みる。
ノームは私を選んでくれた。
それならば、私は──ノーム自身を愛していないように見えるこんな人に、ノームを渡すつもりはない。
私はアミール姫と睨み合い、火花を散らした──。
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