優しさと気まぐれ


 低体温症のドラゴンには身体を暖めて、栄養のあるものを食べさせるのが一番効く。

 あと切り傷の消毒。この洞窟の外の森におそらく薬草も生えているはずだけど。

 どの植物が薬草か見分けるのは自信がある。これでもかというほどアムに仕込まれたからだ。

 アムのいうこと聞いて勉強してよかった。

 ちなみにドラゴンの病気について調べたのも、アムがレポート課題としてそれを指定してくれたのがきっかけでもある。

 ……えっと、とりあえずやることを整理しよう。

 

 ①ドラゴンさんの身体を暖める。

 ②ドラゴンさんに栄養あるものを食べさせる。

 ③切り傷の消毒。


 とりあえずこのドラゴンさん、数日は何も食べていないようだから最優先は②かな。

 でも、こんな洞窟に食料なんて──。

 私は鞄を地面に下ろし、食料袋を取り出した。

 そしてドラゴンさんの舌を伸ばし、その上に入っていた食料を全て転がせる。


『ドラゴンさん、果実なら食べれるかな?』

『え、えぇ……なんとか』

「エレナ!? それはあなたの食料全てですよ!? いいのですか!?」


 フォルトゥナさんが私の腕を掴んできたので払った。


「何を言っているんですか! そんなの当たり前でしょう! 彼女には今、栄養が必要なんです! 彼女は病気で苦しんでいるんですよ!」


 私は鞄をまたひっつかみ、その場を去ろうとする。

 サラマンダーが「逃げる気か」と言いたげな瞳を向けてくるので、腹が立ったがそれどころではない。


「洞窟の外の森に果実を探しに行きます!! あと身体を暖める為の薪を! 私がいない間に彼女に手を出したら許しませんからね!」

「……おい、止まれ、魔女!」


 ああもう、なんで呼び止めるのよ!

 私はそう叫びたかったが、勿論やめておいた。

 サラマンダー王子は壁に寄りかかるのを止め、私の方へ歩いてくる。

 そして薄暗い中、お互いの瞳の色を確認できる程の距離で尋ねてきた。

 琥珀が疼いている。


「何故お前はこんな獣風情を救おうとする? 放っておけば、このトカゲはおそらく二日は保たん! 誰が見たって、こいつはこのまま死ぬ運命だろう!」


 やけに語りかけてくるサラマンダーに私は違和感を覚える。

 でも、今はそんな細かいことに気にする時ではない。

 当たり前のことを、当たり前のように、返すだけだ。


「──それを言うなら、この子と私が出会ったのも、!」

「っ、」

「だから私が助けなきゃ」


 私は洞窟を出た。

 森に入って、果実を探す。

 本当はお肉がいいんだろうけど……私には狩りは出来ないし……。

 薬草も見つけ次第鞄に詰め込む。

 必死に首を動かして血眼で果実を探した。


「あ、あった!」


 見つけた嬉しさで声を上げる。

 しかし生っている場所が私が手を伸ばしても届かない高さだったのだ。

 何度も飛び跳ねるが、無様に空振るばかり。

 木の枝でつついてみる?

 そう考えた時──。


「この果実でいいのか?」


 太い腕が私の後ろからその真っ赤な果実へ伸びた。


「え……」


 私が見上げると、その腕の主は馬を引いていたり、私の夕食時の話を熱心に聞いてくれた護衛の一人だった。

 私はまさか助けてくれるとは思わず、腕を捻って果実を採ってくれる護衛の人に一驚する。


「護衛さん、どうして……」

「サラマンダー王子は、己とフォルトゥナ干渉しないと言った。だが、護衛が干渉してはいけないとは言ってない。……だろ?」

「え……」

「嬢ちゃんがあんなに真剣にドラゴンに向き合っているのを見て、ちょっと心が動いたっていうかな。昨晩の魔王の話も嘘じゃねぇってなんだか確信してる。お前さんは本当に魔族を愛しているし、どうにかしようと足掻いてるんだって、分かる。なんつーか応援したくなるっていうかな」

「…………!」

「俺の名はエリック。よろしくな、エレナ。食料、集めるんだろ?」


 エリックさんが白い歯を見せて陽気に笑う。

 私は語彙が渋滞を起こし、言葉が出なかった。


「おーい! ドラゴンってジャッカロープは好きだと思うか? とりあえず仕留めてみたんだが!」

「乾いた薪沢山あったぞー! 洞窟に運んでおくな!」


 次々に投げられる優しさに涙腺が刺激される。

 エリックさんが「護衛のじいさん達は皆アンタみたいなかわいこちゃんには弱いらしいな」と私の背を叩いた。

 私は唇を噛みしめ、そんな人達に頭を下げて、一緒に食料や薪、薬草を探した。

 十分にそれらが集まれば、洞窟に戻る。

 ドラゴンさんにジャッカロープの肉や、集めた果実を食べさせつつ、薪を並べた。

 ふと中学生の時のキャンプファイアーを思い出す。でもあれ以上大きくないとこの子を暖めることは出来ないだろう。

 毛布は護衛さん達の毛布を全て借り、ドラゴンさんの身体を覆った。

 しかしここで一つ問題がある。


「エレナ、お前さん、どうやってこの薪に火をつけるんだ?」

「えっと、一応、魔法は使えるけど……」

「おぉ、流石魔族の姫!」


 その言い方くすぐったいからやめてほしいな……。

 私は深呼吸をして腕の先に集中する。


「──燃えよフィア!」


 ポッと小さな音を立てて、火の玉が現れた。

 しかしそれは一瞬のこと。しん、と静まった洞窟。

 皆ポカンとしていた。


「……えっ? 終わり?」

「……うん」


 ──そう、私の魔法は十六歳になってもポンコツのままなのだ。

 私は顔が熱くなった。


「私、実は治癒魔法以外全然使えなくて……。誰か炎の魔法使える人いる?」

「いいや。俺たちゃただの護衛だぜ? 魔法なんて出来るわけねぇ!」

「そ、そんな……」


 えっと、じゃあ……漫画でよく見たあの木を擦って摩擦熱で……っていう方法でやるべきなのかな。

 でもそれだけの火でこの量の薪を燃やせることなんて出来るの?

 そんな時だ。


「おい」


 声を掛けられ、周りが一気にざわついた。

 傍観していたサラマンダー王子が私のすぐ後ろにいたのだ。


「……何か用でしょうか。干渉はしないはずでは」

「は、一国の王子に向かって生意気な女だ。……どけ」

「え?」


 サラマンダー王子は並べられた薪に手を掲げる。

 そのまま私に目を向けた。


「なぁ、魔王の娘」

「……?」

「……

「──えっ」


 ──その瞬間。

 私の視界が一気に明るくなり、私の皮膚は熱を感じた。

 ノームの言葉を思い出す。


 ──『サラマンダーは炎の勇者だ』。


「凄い」


 思わず呟いてしまう。

 あんなに集めた薪全体が既に炎に包まれていた。

 サラマンダー王子が炎魔法で手伝ってくれたのだ。

 あの、サラマンダー王子が。

 護衛の人達の歓声が響く中、彼の琥珀の二つの宝石が私を射貫き、離さない。

 サラマンダー王子は、一体私に何を求めているのだろう。

 ……よく、分からない。


「あの……ありがとう、ございます」

「……気まぐれだ。お前は運がいい」


 サラマンダー王子はそう言い残すと、私に背を向ける。

 その後、私はドラゴンさんの容態を窺いながら、洞窟の中で過ごした。

 その間、サラマンダー王子の炎は絶えることなく躍り昂ぶっていた──。

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