朱の導き
「エレナ様、今日の夕食は、」
「いらない」
あの後、何回もオリアス達を探したけれど、やっぱりどこにもいなかった。
本当に、ルーメンが食べたというの? あの、優しいルーメンが?
すると部屋のドアがノックされる。
シャックスさんが、料理を運んできてくれたようだ。
「エレナ様、ここに飯置いときますんで。食べてください」
「…………、」
「あの……なんて言えばいいのか分からないんですが……あっしは、ルーメン様はやってないと思いますぜ」
「……ありがとう」
「あっしに出来ることがあるなら言ってくだせぇ。……エレナ様は、あっしの大恩人なんですから」
「うん」
それ以上口を開かない私に、シャックスさんは黙って部屋を出ていってくれた。
私は、膝に顔を埋め、泣いた。
それからしばらく経った頃、どこからかノックが聞こえた。
……アム? それともパパ?
どちらも、違った。
「……エレナ、」
私は慌ててバルコニーを見た。見覚えのある、人影。
バルコニーへのドアを開ける。
「──ノーム……!!」
……どうして。
どうして、ノームが、ここに?
「バンシーが知らせてくれたんだ。ルーメンが大変なことになっているんだろう。それを聞いていても立ってもいられなかった。イゾウに無理を言って城を飛び出してきた」
「……ノーム……っ」
「エレナは余がどん底に沈んでいた時、救ってくれた。余もお前を救いたい。……だから、泣くな」
私は、ノームの言葉にじんわり暖かい涙が滲んできた。
そんな私を見て、ノームは優しく私を抱きしめる。
「……エレナはルーメンを信じているのだろう?」
「っ、うん……」
「なら、もう一度ルーメンに話を聞いてみよう。そして共に考えよう」
「……うん、うん……!!」
私はすぐに涙を拭いて、両頬を叩いた。
そうだ、まだやれることはあるはずだ。
私が諦めちゃダメだ。
──だって私は、ルーメンのお姉ちゃんなんだから!!
私はノームと忍び足で地下室へ向かった。
地下室の番人は、シャックスさん。
「エレナ様?」
「シャックスさん。ルーメンと話がしたいの。通して」
「……へい」
シャックスさんはノームを見て両目を丸くしたが、すぐに地下牢へ通してくれた。
目玉お化けが数匹地下牢の壁をウロウロしている。
ルーメンを監視する為のお化け達だろう。
シャックスさんから手渡されたキャンドルランプを手に提げて、廊下を進む。
ルーメンは、檻に背を向け、牢の隅でじっとしていた。
「……ルーメン、」
名前を呼ぶとルーメンが顔を上げる。その顔はとても見られたものじゃない。
目元がキラキラ輝いていた。
「エレナ……エレナ!!」
「ルーメン、落ち着いて。昼のこと、話してくれる? ルーメンは本当にオリアス達を襲ったの?」
私は鉄格子越しにルーメンの頬に触れる。随分冷たくなっていた。
「……分からないんだ。かくれんぼをしていて、図書館の本の影で、僕、眠ってしまって……そして気がついたら、血だらけで……」
「! じゃあ、ルーメンは襲った時の記憶はないのね?」
「う、うん。……でも、分からないよ。マモンさんがああやって怯えていたんだよ。本当に食べたかもしれない」
ルーメンは頭を抱え、また雫を溢す。
「エレナ、僕、どうしよう。オリアスも、アイムも、シトリも……こんな僕の、友達になってくれたのに」
「ルーメンは、食べてない。大丈夫、大丈夫だから。私が必ずあの子達を見つけ出す。テネブリス探検隊の隊長として、ルーメンのお姉ちゃんとして!」
「エレナ、」
「ルーメン。私を信じて」
私は、ルーメンの頬を引き寄せ、キスを落とした。
そして立ち上がる。
ルーメンが何かを呟いたような気がするが、私は──振り向かなかった。
地下牢を出ると、シャックスさんが心配そうに眉を下げた。
「エレナ様、あまり無理なさらないでくだせぇ」
「……うん。ありがとう、シャックスさん」
私はシャックスさんと別れた。
するとノームが私の腕を引く。
「エレナ、この城に禁断の森へ続く扉があると言っていたな。どこだ?」
「え? えっと、図書館のすぐ隣かな」
「ルーメンが発見されたのはそこの近くか?」
「う、うん。近くっていうか目と鼻の先……あっ」
私ははっとした。
ノームが口角を上げる。
「ルーメンは記憶がないといった。もしかしたら眠っているルーメンを利用してオリアス達を誘拐した
「……禁断の森に、連れて行った……?」
私とノームは薄暗い廊下を走り、禁断の扉の前へたどり着く。
禁断の扉の番人の目玉お化けさんが私とノームを見るなり、驚愕の声を上げた。
「え、エレナ様!? な、ななななにをして!? こんな遅くに! 魔王様に叱られますよ!?」
「あんなことがあったんだもん。寝れるわけないでしょ!? ね、番人さん。あなたはルーメンがオリアス達を襲った時を見ていたの?」
「え、えぇ……いえ、実は……丁度その時になって何者かに酒を浴びせられましてね。なんだかい~い気分になって、ぐっすりですよ」
「え? そ、そのことはパパは知ってるの?」
「も、勿論、お話しております。魔王様に直々に尋ねられましたし、嘘をいう訳にはいかず……」
「……そう」
私はそう頷くと、ノームと大人しくその場を去った。
あの扉から強行突破してもいいけれど、レイとレガンも連れて行った方がいいと判断したからだ。
中庭に行くと、レイとレガンが仲良く並んで私達を待ってくれていた。
あぁ、なんてできた相棒達なんだろう。
私とノームはそれぞれの相棒に跨って、禁断の森を目指す。
***
禁断の森に降り立って、私はすぐにドリアードさんとニクシーさんを呼んだ。
すると後ろから突然抱きしめられる。
「エレナ!」
「うわ!? び、びっくりしたぁ、驚かさないでよドリアードさん、ニクシーさん!」
「すまんすまん。我らはルーメンの事をアドから聞いてずっと心配しておったのじゃ」
「そうじゃそうじゃ! 妾は己が湖の妖精であったことを恨んだぞ! 困っている友に会いに行けぬのだからな!」
すると二人は私の横にいたノームに目を移し、キョトンとした。
「なんで小僧がここにいるのだ?」
「あぁ、ノームはバンシーさんからルーメンの話を聞いて駆けつけてくれたの」
「ほう。……愛だなぁ」
「だなぁ」
「な、」
ドリアードさんとニクシーさんが意味ありげにノームを見る。ノームは照れくさそうに二人にそっぽを向いた。
しかしこんな事をしてる場合じゃない!
私はドリアードさんの両肩をひっつかむ。
「ドリアードさん! ここにオリアス達来てない!? もしくはオリアス達を誘拐した犯人!」
「あぁ、エレナ達も気づいたのか。魔王殿も先程我に話を聞きに来たぞ」
「じゃあ、パパも同じ可能性に気づいてるってことか」
「そうさな。だが、我はどちらにしろそんな気配を感じていないのだ。もしその犯人がいるとするなら、相当気配を消す魔法が得意なヤツだな」
「……そっか」
でも、手がかりはこの禁断の森にしかない。
私の脳裏に、檻の中から私を見つめるルーメンの姿がありありと浮かんだ。
じっとしていられなくなった。
「とにかく、何かあるかもしれない。手分けして探そう!」
「おいエレナ。一人は危ない!」
「大丈夫! この禁断の森で今までどれだけ遊んだと思ってるの!?」
私はそう言い残して、ひたすらに森の中を彷徨った。
何か、何かあるはずなんだ。
誘拐犯は、何が目的でオリアス達を攫ったんだろう? どうして、ルーメンを利用したの?
分からない、分からないよ。
……絶対に、許せない。
しかしその時だ。
私は木の根っこに躓いて、転んでしまった。
あぁ、情けない……。
土を握りしめて、思わず視界が歪んでしまう。
「こんな時に転ぶなんて、馬鹿みたい」
私は、何度も何度も目を拭う。それでも涙は溢れてくる。
今は、泣いている場合ではないというのに。
この森に……この森に何もないのだとしたら、ルーメンはどうなってしまうんだろう。
するとここで……私はやけに視界が眩しいことに気づく。
光の根源を辿ると──それは私の首元にあった。
パパからもらったネックレスの朱色の宝石だ!
宝石は独りでに浮きはじめ、さらに光を強めた。
そして、思わず眩しくて目を瞑った時。
私の膝の上に、何かふわふわしたものがいた。
「きゅん」
ソレは、可愛らしく一鳴きすると、私の腕の怪我を舐める。
私は何も言えず、ただただ舐められていた。
「あ、あなたは、誰? この森で見たことない動物……」
「きゅん、きゅん!」
小動物は猫と兎が混じったような姿をしていた。
円らな瞳にきゅっと結ばれたお口に、思わず触れたくなるような柔らかい毛の尻尾。
そして一番の特徴なのが、その額だ。
額には、私のネックレスと同じ宝石が生えていたのだ。
額に宝石が生えている小動物?
……それって、もしかして。
「カーバンクル?」
「きゅん!」
そうだ、カーバンクル。
頭部に綺麗な宝石が埋め込まれている幻獣だ! それと同時に宝石に住みつく妖精でもある。
宝石の主人が本当に困った時に現れ、導いてくれるってアムが言ってたっけ。
……もしかしてパパは私が困った時の為にと思ってこのネックレスをくれたのかな。
「カーバンクルさん、お願い。私を導いてくれる……?」
「きゅん!」
カーバンクルはくるくるその場で回ると、自分の額の宝石を指してきた。
覗けって、言ってる……のかな。
私は半信半疑でカーバンクルの額の宝石を──覗きこんだ。
***
「……な、……え…な、エレナ!」
「…………?」
私は誰かに呼ばれて覚醒した。どうやら眠っていたらしい。
ノームが私の半身を抱き上げ起こしてくれたようだ。
「ノーム……? あれ?」
「お前!! 肝が冷えたぞ! 何かあったのかと!」
「眠ってただけだよ。あれ、なんで眠ってたんだっけ……たしか」
私はすぐにハッとなって、周りを見回す。
カーバンクルさんはいなくなっていたが、私のネックレスはちゃんとあった。
──ありがとう。
ネックレスを握りしめ、心の中で呟く。
「ノーム、行こう」
「? どこにだ」
「──私、分かったんだ。オリアス達の居場所!!」
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