ルーメンは檻の中


 ルーメンの成人式から数日後。

 ルーメンの身体は異常な成長を遂げたが、どうやら精神の方はまだ追いついていないようだった。

 故に子供らしく、テネブリス探検隊のオリアス、シトリ、アイムの三人とかくれんぼをしている。

 オリアスが鬼なのだろうか。中庭で落ち着きがない様子でカウントダウンを始めるオリアス。

 ……あぁ、私も混ざりたいなぁ。

 私は窓から目の前の鬼……もとい、アムを見上げる。


「どうしたのですかエレナ様。この幻獣の名前を忘れたわけではありますまい?」

「お、覚えてる。けど、ちょっとド忘れしただけだもん。えぇっと、確か……カーニバル、だっけ」

「カーバンクル」

「……OK。ちょっと惜しかったね」


 私が舌を出して誤魔化すと、アムは呆れた様に目頭を押さえた。


「エレナ様。エレナ様は誰よりも恐いもの知らずで、誰よりもじゃじゃ馬娘です。だからこそ幻獣や魔法生物については人一倍勉強してほしいのです」

「ど、どういうことよ」

「幻獣や魔法生物の特徴、生態を知ることは、危険を回避する意味も兼ねています。さてエレナ様、ここで貴女がオーグリーという小人に出会ったとします。オーグリーは凶暴です。どう対応しますか?」

「えっと、オーグリーは変身能力を持つ唯一の小人よ。しかも人間の肉を好む傾向がある。でも弱点は猫。オーグリーは猫が大嫌いな上にちょっとお馬鹿さんだから猫を見たら逃げやすいネズミになって逃げようとするの。そこを上手く捕まえて猫に食べさせる、かな。」

「そうです。まぁ、実際はそう上手くいくかは分かりませんが知っていて損はない。特に貴女はそういうことにすぐに首を突っ込みたがる。私と魔王様の苦労も考えてほしいものです」

「……ありがとうマ、」

「ママと呼ぶのはやめてください!」


 きっぱりと先回りされ、私は唇を尖らせた。

 でも、アムの言う通りだ。勉強は嫌いじゃない。むしろ魔法生物や、魔法を習うのは楽しい。

 ……最近はルーメンの事がちょっと心配で、勉強に身が入らないだけ。

 私はため息をついた。


「何かお悩みで?」

「うん、ルーメンのことなんだけど。なんか違和感を覚えない?」

「と、いいますと?」

「うーん、なんというか……急成長してからルーメン、アンバランスなのが心配なんだよね」

「アンバランス?」

「身体と精神がってこと。今だって、子供達と遊んでるし。それを悪いって言っているわけじゃないんだけど、ルーメンがそうなった理由があるのかもしれないのかなって」

「まぁ確かに。ルーメン様の急成長は魔人の中でも異常の方かとは思いますが……」

「それにルーメン、成人式の時自分の中から声が聞こえるって言ってた」

「……声、ですか」


 アムが顎に手を当て、考え込んだような仕草をする。

 私はチラリと中庭を見た。

 そろそろ皆見つかった頃かなって思ったから。

 

 ……でも、その時。


 悲鳴が、城中に響いた。


 私とアムは顔を見合わせ、部屋を飛び出す。

 この悲鳴は……マモンさん?

 目玉お化けに導かれるまま、図書館へ向かう。図書館には既に数人の城の皆が集まっていた。

 そして、ヴィネさんの悲鳴が新たに響く。


「ヴィネさん、一体何が……!」

「あ、ああ、ああああ……化け、もの……!!」


 ──化け物?

 

 嫌な予感がした。

 私はヴィネさんの視線を先を、ゆっくりなぞった。


「……え、れな、」


 ルーメンが、私を見ていた。

 そこで私はやっと気づく。

 ルーメンの口の周りと、足元に──血が、見えたのだ。

 ──血? 誰の?

 マモンさんはすっかり腰を抜かしたようで、お尻を持ち上げられないようだ。

 顔はあのハーデスさんよりも真っ青だった。

 そして、一言。


「──食べた」


 食べた? 誰が? 何を?

 私は──何も考えたくなかった。


「あ、あの、三人の子供達を……ルーメン様が、

「!? マ、マモンさん! いくら貴方でも、そんな冗談は許さない!」


 私は思わずマモンさんを睨んで、ルーメンに駆け寄った。

 ルーメンはただただ、自分の血で濡れた手の平を見つけている。


「ルーメン、皆はどうしたの? か、かくれんぼで、いないだけだよね?」

「……エレナ、」


 ルーメンの瞳から、ポロポロと、宝石が零れ落ちる。

 あぁ、宝石じゃない。涙だ。


「どうしよう」


 震えたルーメンの言葉に、私は後ずさった。

 すると私の肩に手が置かれる。

 

「何があった」


 パパの手だった。私は何も言えなかった。

 マモンさんが、パパに先ほどと同じ言葉を繰り返す。

 パパは冷静だった。


「ルーメン、」

「…………」

「子供達を、食したというのは本当か?」


 ……お願い、嘘だって、言って。


「……かも、しれない」


 ルーメンのその言葉は、私の思考回路をぐちゃぐちゃに乱した。

 我慢できなくなって、城中を駆け回る。

 絶対隠れてるはずなんだ。

 やんちゃなオリアスが!

 しっかり者のアイムが!

 甘えん坊なシトリが!

 どこかに! 隠れているはずなんだ!


 ──しかし、探せば探すほど、私は涙が溢れてきて。

 どこにも、いないのだ。テネブリス探検隊は、この城にはいない。

 気が済むまで探して、探して。

 震える足で、ルーメンの所に向かう。

 目玉お化けは、ルーメンは地下室にいるという。地下室なんて、今まで入った事ないよ。

 壁に両手をついて身体をなんとか支えながら、階段を降りる。

 パパ、アムドゥキアス、アスモデウス……皆が、地下の一番奥の地下牢の前にいた。


「……疑いが晴れるまで、そこにいてくれ、ルーメン」


 ──ねぇ、パパ。

 どうしてルーメンは、檻の中にいるの?

 

 ルーメンは優しい子だよ。

 お友達を、食べるわけないじゃない。

 

 そう必死に訴えた。

 ヴィネさんも、アムも、アスも、アドっさんまで……!



 ──ねぇ、お願い。

 そんな恐ろしいものを見るような目で、ルーメンを見ないで。

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