エレナとルーメン、シュトラール王国へ行く③
「ったく、ほんと何考えてんだか」
ため息を吐いて、指でテーブルとトントン叩く美女と私は今対面していた。
彼女はサラさん。今私がいる宿屋の女主人だとか。
「さっきアンタが行こうとしていたのは犯罪上等の無法地帯なんだからな! 私がたまたま通らなかったら、どうなっていたか! しかも赤ん坊まで抱いてるのに」
「ご、ごめんなさい……」
サラさんの言う通りだ。私はルーメンまで危険にさらした。
肩を落とす私にサラさんはため息を吐き、快活な笑みを浮かべる。
「よし! 反省してるみたいだし、許す! その辛気な顔もやめな!」
「! ……はい。ありがとうございます、サラさん」
「ところでアンタ見ない顔だね。この国のもんなのか?」
「あ、あの、ここって、シュトラール王国、ですよね」
「? 何言ってんだ。そんなの当たり前だろ?」
「で、ですよね」
よかった、もしシュトラール王国外に飛ばされていたらどうにもならなかった……。
「それにしても私が行こうとした先には何があるんですか? 無法地帯とは言ってましたけど」
「……知らないならそのままがいい。アンタみたいなお子ちゃまは知らなくていいんだよ。とにかくもうあの付近には近寄らないこと! 分かったか?」
「う、うん……」
サラさんの怖い顔に逆らえない私。
気になる……。
私はサラさんから出してもらったお茶を一口飲む。
「……おいしい」
「だろ? それは私特製のアスピ茶。アスピの皮を茶葉に混ぜてんだよ」
「お、おいしいです! ひんやり冷たくて、お茶なのにじんわり甘さが滲んできて……思わず笑顔になっちゃう!」
「ふふふ、そうかそうか。アスピのクッキーもあるぜ。食べるか?」
「え、いいんですか!?」
「おう。私はエレナを気に入ったからな!」
白い歯を見せ、頬をぐいっと上げるサラさんに私は唾が出てきた。
そしてついに、アスピのクッキーの登場。
こ、これって、前世でも見た。ステンドグラスクッキーってやつだ!
確か穴のあいたクッキーに溶かした飴を流し込むんだっけ。
ってことは……砂糖?? シュトラール王国って砂糖もあるの!?
アドっさんがお菓子を作る時は砂糖がないからいつも蜂蜜で甘さを作っていたけど……。
とりあえずクッキーを齧ってみる。
「こ、これは……本当に、クッキーだ!」
「ふふ、可笑しなこというな、アンタ。クッキーに決まってんだろ」
「でも、でも! シュトラール王国には砂糖もあるのね!」
「砂糖? 何言ってんだよ。それよりもっといいもんだ。アスピを溶かして蒸発させて出来るアスピ糖なら使ってるぜ」
「あ、アスピ糖……!」
アスピって有能なのね。こんなに美味しい上に砂糖の代わりにもなるなんて……。
これで羊羹とかも作ったらまた違った美味しさになるかも。
するとここで、宿屋の入り口がノックされた。サラさんの顔が険しくなる。
「サラさん?」
「……。しまった、もうそんな時間か。エレナ、ルーメンを抱いて奥に隠れてな!」
「え?」
「早く!」
「う、うん!」
私はサラさんに言われるまま、台所のカウンターの影に身を顰めた。
ルーメンがまだ寝ているのが幸いだったかもしれない。
サラさん、大丈夫かな。
こっそり顔を覘かせ、サラさんの様子を見守る。サラさんは深呼吸をし、勢いよくドアを開けた。
「言っておくけどよ!! 今日もまだ金はない!! とっとと帰んな!!」
「……あっ!」
私は思わず声を上げた。
ドアの向こうにいたのは──ノームとイゾウさんだったからだ。
サラさんはドアの向こうにいたのが予想と違ったみたいでポカンとしている。
「……えっと、な、なんでこんなちんけな宿屋に……王太子様が……」
「ノーム!」
私は台所から飛び出した。ノームが私を見るなり、顔を輝かせる。
「エレナ! 探したぞ!」
「ノーム、ごめんなさい。実はルーメンにまた知らない所に飛ばされたみたいで……」
「! そうだったのか。目を離した余が悪かった。とりあえずお前が無事でよかったぞ」
「ノーム……」
私は思わず頬が熱くなってしまった。
そこで、私はイゾウさんの足元を見る。
「イゾウさん? その血まみれの男の人は?」
「あぁ、この方ですか。どうやらこの宿屋の前を怪しい様子で徘徊されていたので話しかけてみたら突然襲い掛かってきましてね。私の刀で軽く切れば失神なさったようです」
「か、刀!?」
「はい、刀でございます」
か、刀って……かかかカッコいい!
戦っているところ、ちょっと見たかったな、なんて。
とりあえず、サラさんが混乱中のようなので、私達はテーブルに座って一息つくことにした。
イゾウさんとノームが私の居場所が分かったのはイゾウさんの能力によるものだという。
イゾウさんの出身国のヒノクニは様々なものに神様が宿るという考え方があって、イゾウさんはそんな神様達の声が微かに聞こえるのだという。
今回はどうやら風の神様が私の居場所を教えてくれたらしい。
流石ヒノクニ。八百万神の考えまで日本そっくり。
「まさかエレナが王太子様と友達とはねー。いやほんと驚いたわ」
「えへへ。あ、それにしてもサラさん。この失神してる男の人について何か知ってるの? この人、宿屋の前でうろうろしていたみたいだけど」
「あぁ、こいつね」
サラさんは顔を顰めた。
「こいつはただの借金取りの下っ端。うちの親父がクソみたいなやつらに騙されやがってね。終いには病気で死んじまったから、私一人でなんとか切り盛りしてるわけ。しかもこいつら、最悪なことに嫌がらせでこの宿屋に客が入らないように柄の悪い連中をこの辺りに漂わせてんの」
「そ、そんな……」
酷い。
サラさんにはお世話になったし、何かしてあげられることはないだろうか。
うーん、お金になりそうなものは城においてきたしなぁ……。
するとここで、またもやノックが。イゾウさんが刀に手を伸ばす。
「嫌な気ですね。これは……」
ドアの向こうからあの獣のような呻き声が聞こえた。
私はハッとする。
この向こうに、さっき聞こえたあの獣の唸り声の主がいる……!
サラさんが「まさか」と呟き、ドアを開けた。
そして現れたのは──先程、私とぶつかった太った男の人だった。
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