エレナとルーメン、シュトラール王国へ行く②


「そうなのね! やっぱりイゾウさんはヒノクニ出身なんだ!」

「はい。驚きました。エレナ様はヒノクニを知っておられるのですか」


 シュトラール王国の城下町を歩きながら、私とイゾウさんはヒノクニの話で盛り上がった。

 私がテネブリスでセントウを育てていると話すと、イゾウさんはそれはそれは懐かしそうに微笑む。

 ただでさえイケメンなのに笑うとさらに魅力的だなぁ。

 知的でちょっと近寄りがたそうな雰囲気だというのにこんな優しく微笑むんだな、イゾウさんって。

 歳も二十代前半と若かった。


「イゾウさんはどうしてヒノクニからシュトラール王国に?」

「そうですね。若気の至りと申しますか……世界中にいる猛者達と戦いたかったというのが一番の理由かもしれません。しかし何も考えずに国を出たので、金も食べるものもなく空腹が限界まで達し……その、お恥ずかしいことなのですが、強奪するまで落ちぶれてしまった私を、ノーム様が拾ってくださったのです」


 ノームは少し不機嫌そうに唇を尖らせていた。

 どうやら蚊帳の外にされていたのが気に障ったらしい。


「ノーム、ごめんごめん。ノームはイゾウさんの恩人なんだね」

「……エレナはやけにイゾウの話を聞きたがるが、イゾウのような者が好みなのか?」

「え? あぁ、まぁ、親しみはあるけど」


 元日本人だし。イゾウさん、黒髪黒目のほぼ日本人な見た目だし。

 ノームが意味ありげにイゾウさんを見る。


「こ、こほん。エレナ様、こちらがシュトラール王国名物の果実でございます」

「! バナナ?」

「いえ、バナナではございません。見た目は似ておりますが……。こちらはアスピという果実でございます」

「アスピ……初めて聞くわ」


 私はイゾウさんからアスピとやらを手渡しされ、まじまじと見る。

 バナナより少しオレンジ色かな。でも形状はバナナそのものだ。

 どうやら皮の剥き方はバナナと一緒らしい。というかこの世界、バナナもあるのね。やっぱり、前世の世界にも共通するものも多いなぁ。

 アスピの皮を剥いて、晒された朱色の実を口に含む。

 

 ──甘くて、おいしい……!!?


 味は……例えるならバナナよりもクリーミーで……そう、バナナミルク!

 バナナに濃厚なミルクが溶け込んでいるような感じ……。

 実の感触もどこかマシュマロっぽいし……アスピ、恐るべし。


「最高ね! この果実、どうしてアスピっていうの?」

「はい。昔、アレス・アードウェイという冒険家がとある島に漂着した話があります。そこでこのアスピを発見しました。しかし実はその島は島ではなくアスピドケローネという巨大な魚だったのです。冒険家アレスはなんとかその魚から逃げることができ、持ち帰ったこの果実を魚の名からとってアスピと名付けたのです。ちなみにバナナを発見したのもその冒険家です」


 これは、私の大好きな冒険譚だ! 果実一つでここまで面白い話を見つけることができるなんて!

 シュトラール王国って最高ね。気温はちょっと熱いけれど、テネブリスでは見られないお日様天気もいい。

 それ故か、街の人々の肌の色は大体褐色(そういえばノームも褐色だ)。

 服は少し露出度は高いけど、着やすそうなものを身につけている。男性は基本上半身裸の人が多い。女性はスポーツブラのようなしっかり締まる布で胸を隠し、下はゆったりとした裾が丸みを帯びているズボン(このズボンは男女共通みたい)を履いていた。

 街の風景は中世ヨーロッパというより、アラビア系のイメージだろうか。

 あちこちからいい匂いもするし、香水のようなものも有名なのかもしれない。

 

「っ、あ」

「ってぇな! 気を付けな!」


 私があまりに周囲に集中しすぎて、人にぶつかってしまった。

 ぶつかった相手はデップリと太り、こんなに暑いというのにスーツをきっちり着込んでいる男の人だった。

 男の人は私を睨むと、ふぅふぅと息苦しそうに通り過ぎていく。

 ノームがそんな男の人に眉を顰めた。


「エレナ、すまない。大丈夫か?」

「うん、大丈夫。気にしないで、私が悪かったんだから。ルーメンも驚いたね、ごめんね」

「うー?」


 ルーメンは真っ赤な肌で少し目立つかもしれないので、フードで顔を隠している。

 しかしその中から見えるルーメンの瞳が今ぶつかった男の人から離れなかった。


「ルーメン?」

「あう、あーう!」


 ルーメンは男の人の後ろ姿を指差した。

 何か思う所でもあったんだろうか。でも今はノームと離れるわけにもいかない。


「駄目よルーメン、そっちにはいけない」

「うー!」


 駄々をこねるようなルーメンに私は困り果てた。

 仕方ない。無視していかないと。

 

 ──そう思って、足を踏み込んだ瞬間。


 私は、知らない所にいた。


「──えっ?」


 右左見ても、分からない。

 どうやらここは郊外の……というか、どこからの路地裏?

 どこか影がかかって薄暗く、不気味な音が風と共に流れていく。獣の唸り声のようだ。

 しかしその声の中に、「助けてくれ」という悲痛な声も混じっていたような気がする。


「……今のって……ルーメン、ここは」

「…………、」

「ルーメン?」


 腕の中を覗けば、ルーメンは眠っていた。

 ええ……これ完全に迷ってしまったんじゃ……。

 眠っているところを起こすのも可哀想だし、仕方ないか。

 

「とりあえず、どうしよう……」


 この不気味な唸り声のする方へ向かってみる?

 「助けてくれ」っていう声も気になるし……。

 でも、もし何かあったら……。


「…………、」


 私は鼓動を感じながら、暗闇の方へ、足を向ける。

 大丈夫。今までだって、なんとかなってるし。

 きっと、今回も……。


「──、何を、何をしてるんだ!」

「っ、え?」


 強く手を引かれて足が止まった。

 私の頬に糸みたいに繊細な赤毛が触れる。

 今、私の前には息を弾ませた美女が私を睨んでいた──。

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