エレナとルーメン、シュトラール王国へ行く


『──そう思って、無意識に諦めたいだけじゃないの?』

『そういえば、ノーム様も眠っているペルセネ王妃の傍らにいたとき、「エレナに会いたい」と呟いておられましたわ!』


「────、はぁ」


 昨日の女子会の事が未だに忘れられない。

 私はため息を溢し、頬杖をついた。

 

「あうー」

「! ……ごめん、ルーメン。起こしちゃった?」


 ベッドで寝転ぶルーメンの頬をつつきながらもう一度ため息を吐きだす。

 ルーメンの前でこんな顔見せちゃ駄目だ。

 そっとルーメンを抱き上げて、膝の腕に乗せた。ルーメンは私を見上げ、満足そうに笑っている。

 うん、世界一可愛い。


「それにしても、大きくなったねルーメン」

!」

「ふふ、そうだよ、エレナだよ~。名前も呼べるようになったし、魔人って随分成長が早いのね。あと一週間もしたら歩き出しそうな勢い」

「う、」


 しかし。

 可愛い弟を前にしても、瞼の裏に思い描くのは──。


『余が今こうして笑っていられるのは、お前のおかげだ』


 あぁ、もう、あの女子会のせいだ……。

 ノーム、海の目に行ってから会ってないな。王子様だし忙しいのは当たり前だろうけど。

 ……婚約者とかいるのかな。

 そうするとなんだか心臓を爪楊枝でちくちくつつかれているような気分になった。

 私はルーメンのお腹に顔を埋める。


「もう私の癒しはルーメンだけだよ~」

「うー?」

「あぁ、赤ちゃんの温もり最高。パパと同じ魔人なのに体温全然違うって変なの。はぁ、もう、どうしちゃったんだろう私」


 そして、つい。


「……ノームに、今すぐ会いたい」


 ──と、私は溢してしまった。

 するとルーメンが元気よく私の頭をバシバシ叩く。


「いた、痛いよルーメン! いい加減に、」

「あうっ!」


 次の瞬間だ。

 全身を浮遊感が襲った。

 ……え? 私、身体浮いてない?

 というか、部屋も、いつの間にか──ここどこだ!!?

 

「──エレナ?」


 下からノームの声がする。

 い、いやいや、まさか……そ、そそそそんなはず……。

 私はゆっくり下を向く。

 すぐそこに、私を見上げ、ポカンと固まるノームがいた。

 ぐんっと突然全身が重力に従い、ノームの身体の上に墜落してしまう。ノームは太い声を吐き出した。

 私はすぐにノームの上から退く。


「ご、ごごごごごごめんノーム!! わ、私、なんてことを!!」

「い、いや、よい。このくらいなんともない。そ、それより何故エレナがここにいる!?」

「そ、それが私にもよくわからなくて……ノームに会いたいって呟いたら……急にここに、」

「! ……余に、会いたい、と?」


 ノームの顔が湯上がったゴブリン達のように真っ赤になってから気付いた。

 私、なんてこと言ってしまったんだろう。

 必死に誤魔化す為に腕の中にいたルーメンをノームに見せる。


「あ、あ、えっと、ノーム、ルーメン初めて見たよね? この子、私の弟になったルーメン。魔人の赤ちゃんなの」

「!? 弟……? 魔王殿が子を為したのか?」

「ううん。パパが拾ってきたの。なんか危険な力を秘めてるみたいなんだけど、放っておけなくて」

「……そうか。ふふ、可愛らしいな」


 ノームが恐る恐るルーメンの頬に触れようとする。

 あぁ、私今ノームと話してるんだ。それがなんでこんなに嬉しいんだろうか。

 するとルーメンが近寄ってきたノームの手を強く叩いた。

 ノームと私は驚く。


「る、ルーメン!!? 何してるの!?」

「う! あう!」

「! ……姉がとられそうで嫉妬しているんだろうな。エレナ、もしかしてこのルーメンがお前をテネブリスからこの部屋まで移動させたんじゃないのか?」

「え、えぇ!? ルーメンそんな凄いこと出来たの!?」

「う~」


 私を見上げて何か期待しているような瞳を向けるルーメン。

 ほ、褒めてほしいのかな。とりあえず、頭を撫でておく。


「……ど、どうしようノーム」

「そうだな。では、せっかくの機会だ。シュトラール王国を見て行かないか? テネブリスもいいが、人間の国も素晴らしい文化と技術がある」

「! え、いいの?」

「あぁ。レガンでテネブリスまで送る故、ゆっくりしていけ。……余も、エレナと会えたのはとても嬉しい。少しでも一緒にいたいというのは道理だろう」


 そんなノームの微笑みに勝てる女の子なんてこの世にいるの? いや、いない。

 するとノームの部屋のドアがノックされ──黒髪オールバックで眼鏡を掛けた男の人が現れる。

 男の人は私とノームを見るなり、固まった。

 

「…………」

「…………」


 しん、と沈黙が支配する空間。

 そこで男の人が動き出し、もう一度ゆっくりとドアを閉めた。

 そしてもう一度ノック。

 ドアが開き、私達はまた目を合わせる。


「……ノーム様、わ、私はそんなふしだらな人間に育てたつもりはありませんよ! しかも赤ん坊の前で……!!」


 私とノームの身体が飛び跳ねた。

 な、なんて勘違いをされているんだろうか!?

 あ、そうか、ここ、ベッドじゃん!?

 慌ててベッドから降りると、私は男の人に頭を下げる。


「も、申し訳ありませんでした! その、私が、突然お邪魔してしまい……ご、誤解されるようなことは一切ありません!!」

「……問題は何故貴女がノーム様の部屋にいるのかです。ノーム様が第一王子である事を知った上で忍び込んで──」

「イゾウ、こいつはいい。余が許した。この女子がエレナだ」

「! ……左様でしたか。大変失礼致しました」

 

 男の人に頭を下げられる。

 私はどう返していいのか分からず、つられてまた頭を下げた。

 

「おい、互いに頭を上げろ。時間が惜しいのだ。エレナ、さっそく出かけるぞ」

「え? でも」

「しかし、ノーム様。今から勉学のお時間で……」

「イゾウ。今日だけ許せ。今まで真面目にやってきたのだ。今はエレナを優先したい」

「……仕方ないですね。ただし私もお供します」


 イゾウさんと呼ばれている男の人はどうやらノームの側近らしい。

 側近──それを聞くと、ノームが王子様であることを改めて実感した。

 ノームの部屋もシンプルだけど、キラキラ眩しい飾りや雰囲気のある絵画が自己主張していて、豪華だし……。

 それにしてもイゾウさんって、日本っぽい名前だなぁ。

 もしかして……。


 ── 一つの疑問を残し、私はノーム、イゾウさん、ルーメンと共にシュトラール城を出た。

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