エレナ、女子会に参加する


【エレナ様へ


 明日、禁断の森にて、女の子だけのお茶会を開きます。

 エレナ様もぜひお越しになってくださいませ。

 時間は、十二番目のタイムバードが鳴いた時に。

      

ヴィネより】


 ──というお手紙が届いた。

 ヴィネさん、ルーメンの事で少し怯えていた様子だったのに今はもうお茶会に誘ってくれるくらいにはその不安は取り除けたらしい。

 ちなみに、タイムバードとは一日に一回鳴く鳥の事である。

 前世でいう時計はこのテネブリスにはないけれど、どのタイムバードが鳴いたかで時間が分かるようになっているのだ(タイムバードはそれぞれ身体の色や大きさ、声の高さ、鳴く時間が違う)。

 この世界の時間の定義は人間もテネブリスも前世の世界と同じのようで、一日が二十四時間。

 故に魔王城の大広間の壁際に二十四匹のタイムバードが並び、一時二時三時と違う声の鳥が鳴く様になっている。

 ノームは時計の存在を知っていたから人間はもっと正確な時間が分かるんだろうけど、特に曖昧でも困った事はない。

 それにしても、一日が二十四時間ってことは……この世界はほぼ地球と同じ存在の惑星で成り立ってるのかな。


 ──って、考えたらキリがないか。


 約束の日時近くになると私は城の扉から禁断の森へ行った。

 するとどうだろう、いつも私とドリアードさん達が昼寝をする憩いの場周辺がとっても色鮮やかになっているではないか。

 様々な色の花が咲き、花びらもそこら中で舞っている。

 おそらくドリアードさんの魔法によるものだろう。

 すると名前を呼ばれ、やっとヴィネさん達を見つけた。

 切り株テーブルを囲んで私を待っていてくれたのはヴィネさん、ドリアードさん、ニクシーさん、リリスさん、バンシーさんの五人だ。

 今回の女子会のメンバーを軽く説明しておくと……。

 ドリアードさんとニクシーさんは森と湖の妖精ニンフ

 ヴィネさんは上半身人間下半身蛇の種族──ラミア族の占い師。

 リリスさんはサキュバスのお医者さん(自称お医者さんの方が正しいかも)。

 バンシーさんは泣いて死を知らせる妖精。

 ……うん、なかなか個性的な女子会になりそうだ。


「エレナ! やっときたか! こっちじゃこっち! エレナは我の隣じゃ!」

「妾の隣でもあるぞドリアード! エレナを独占しようとするな!」


 相変わらず仲良しなドリアードさんとニクシーさんに口角が自然に上がってしまう。

 私が二人の間の席に座ると、ヴィネさんがわざとらしい咳払いをした。


「こほん。では、皆さん、今日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。本日は、ニクシー様とアドラメルク様から提供されたお菓子もありますのでどうぞリラックスしてくださいな」

「え、このお菓子アドっさんとニクシーさんが作ったの!?」

「バレンタインでお菓子作りにハマってな。湖の近くに簡単な木製の調理場も作ったんだぞ!」


 そう胸を張るニクシーさんは本当に可愛い。

 するとそこで頬杖をついていたリリスさんが怪しく微笑む。


「それで、さっそく本題に入ろうじゃない。ドリアードちゃん、最近どうなのよ~」

「!? ど、どどどどうって」


 ドリアードさんの顔がマグマのように赤と熱を帯びた。

 ドリアードさんとアドっさん。二人は両想いなのだが、どこまで進展しているんだろう。


「えっと、その、少し、前に……」

「少し前に?」

「……は、恥ずかしくて、言えぬ……」


 そう言って両手で顔を隠すドリアードさん。

 バンシーさんがゴクリと唾を呑みこんだ。


「ど、どんなことを致したんでしょうか……」

「早く言いなさいよドリアードちゃん! 私、興奮してきた!!」

「落ち着きなさいなリリス。ドリアード様、ゆっくりでいいですからね」


 ドリアードさんが深呼吸をして、テーブルに上半身を乗せる。

 どうやら小声で言いたいらしい。

 私達も上半身に身を乗せ、ドリアードさんの顔に耳を寄せた。


「──、を、な……ぞ」

「え? もう一回」

「あ、アド……と、話していたら、手が、その、ふ、ふふふ触れ合って、その、まま、繋いだぞ……」


 ドリアードさんはそれを言うなり、恥ずかしさが限界を超えたのか机に突っ伏した。

 リリスさん以外の私達は黄色い声を上げ、お祭り騒ぎだ。切り株テーブルを叩き、暴れる。

 周りの樹人エントさん達がそんな私達に後ずさっていた。


「きゃあああああ!! ちゃっかりアド呼び!? 進展してるじゃん!! やっるぅ~!!」

「手を繋いだのはアドラメルクさんからですか?」

「ま、まぁ、そうだな」

「お、おぉ……これが、惚気話ってやつですね。私、ドキドキしてきました」


 するとここで、切り株のテーブルに穴が出来た。

 何故なら──リリスさんが思い切りテーブルに拳を埋めたからだ。

 り、リリスさん!? なんで怒っているの!?

 

「──ぬるい」

「え?」

「私が聞きたいのはそういう事じゃないわ!! もっと濃厚なドワーフと妖精のあんなことやこんなことの事情を……むぐ!?」


 リリスさんが突然石のように固まる。

 どうやらヴィネさんがリリスさんに魔法をかけたらしい。


「はぁ。こんなエロ女を連れてきたのが間違いでしたわ。幼いエレナ様もおられますのに……。皆さん、本当に申し訳ございません。リリスには口を閉じながら参加してもらいますわね」

「んん~!?」


 リリスさん、ちょっと可哀想だな。

 そこで、仕切り直しなのか、ヴィネさんがニクシーさんに目を向ける。


「ところでニクシー様は何か色恋沙汰はございますの?」

「うむ、妾か。そうだな、東の方から来たという風の精を一時好いたことはあった」

「あ、もしかしてそれってセントウをくれた?」

「そうじゃ。あやつのする東の国の話は面白かった。確か……ヒノクニとか言ってな。カッパとかいう水の精やテングとかいう風の精仲間がおるとか言っていた」

「カッパ……テング……!?」


 も、もしかしてそれって河童や天狗のこと!?

 ヒノクニ……名前も、日本っぽい! ヒノクニはこの世界でいう日本に近い存在なのかな。

 時間の定義といいヒノクニといい、この世界は前世の世界と色々リンクしているけど平行世界とかそういう類なんだろうか。

 私は悶々としたが、ヴィネさんがバンシーさんに話題を振ったので考える事をやめる。

 今は女子会を楽しまないと。


「バンシーさんは恋とかしたことあるのかしら?」

「あ……そ、そうですわね。一度だけなら」


 バンシーさんは蜘蛛の巣綿菓子を口に含みながら、目を伏せる。


「相手の方は、人間の男性でしたわ」

「あら。バンシーが人間を? 珍しいわね」

「えぇ。そうでしょうとも。バンシーは死の妖精……人間には忌み嫌われるべき存在。でも彼は違いました。彼の父の死に偶然出くわし、泣いた私に微笑んでくれたのです。『私の父の死を悲しんでくれてありがとう』と……」

「素敵な人」

「はい。ですが、今思うと彼は私を人間だと勘違いしていたのかもしれません。ちょっと抜けている人でしたから。私は何度も彼に会いに行きました。彼と話すのが楽しくて仕方がなかった。でも……彼は亡くなってしまいました」


 私は言葉を失う。

 バンシーさんは、もくもくと綿菓子を食べるだけ。


「この時ほど、バンシーである自分を恨んだことはありません。彼の死を私は受け止めたくなかった。だというのに、バンシーは人の死に触れれば、泣かなくてはいけないのです。……彼の死を、私は自分で泣いて、知ってしまった……」


 バンシーさんの瞳が潤いを帯びていく。

 するとバンシーさんの隣にいたニクシーさんがバンシーさんを抱きしめた。

 私も席を立って、抱きしめる。皆でバンシーさんを包んだ後、女子会は再開した。


「ぐすっ。うぅ、そ、それで、エレナ様はどうですの」

「え? 私?」

「そうじゃな。エレナの恋も気になるところじゃ」


 皆の視線が私に集まる。私は頬を掻いて、苦笑した。


「えっと、残念だけど、そんな相手が周りにはいないよ」

「な、ななな何を言っておるのじゃ其方は!! い、いるではないかが!!」

「え? 大本命?」


「──ノーム様のことです!」


 バンシーさんが声を上げる。

 ……え? ノームが? 恋愛対象?


「……そ、そんなの、無理に決まってるじゃない。ノームは一国の王子様なのよ? 当然、婚約者だっているだろうし……」

「──そう思って、無意識に諦めたいだけじゃないの?」


 私は思わず息が止まった。

 その言葉の主はいつの間にかヴィネさんの魔法を解いていたリリスさんだった。


「ノーム様といるエレナちゃんは本当に楽しそうだけど」

「そうだな。エレナ、我と昼寝している時も『最近ノームと会ってないなぁ』ってよく言っておるではないか」

「そ、それは……」

「そういえば、ノーム様も眠っているペルセネ王妃の傍らにいたとき、『エレナに会いたい』と呟いておられましたわ! このバンシー、しっかりお耳に入れました!」

「なっ、」


 の、ノームが、そんなことを……。

 私の心臓が一気にダンスを始める。

 だんだんと身体が熱くなって、弧を描きそうになる唇をなんとか抑えた。


「の、ノームは……と、友達として、そう言ってくれたんだよきっと……うん、絶対そう」

「たかが友達の為にわざわざキメラと戦って其方に菓子を渡しにくるもんか!」


 ニクシーさんの鼻息が荒い。

 そ、そうなの、かな。

 基本ネガティブなニクシーさんにそう豪語されると、そんな気も、してきた、ような……。

 そう考えるとノームからもらった言葉とか、ノームが見せてくれた色んな表情が一気に私の頭の中を駆け巡ってしまって──私は頭を抱えた。

 前世でも、こんなに胸が昂ったことはない。今すぐにでも、ノームの顔が見たくなってくる。

 

 ──あれ? あれれ?

 ──私、もしかしてノームの事、い、いつの間にか好きになってたの?

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