パパのママ探し


 私、アムドゥキアスは今日も今日とて魔王様の右腕としてしっかり働いていた。

 最近はルーメン様のお世話が中心になっているような気もするが……まぁ、気にしないでおこう。

 

「アムドゥキアス様、魔王様が玉座の間にてお呼びです!」

「……なに?」


 魔王様からの呼び出し!?

 エレナ様関係かと思ったが、エレナ様は今禁断の森で女子会とやらをすると言っていたから多分違うだろう。

 嫌な予感がする。とりあえず玉座の間に急いだ。


「──魔王様! お待たせいたしました! な、何の御用でしょうか!?」

「アムドゥキアス。すまないな、呼び出してしまって」


 玉座の間にはいつものように神々しい魔王様が堂々と玉座に座られている。

 しかし何故かその前には我が双子の弟のアスモデウスもいた。


「魔王様? アムとアタシを呼び出して何の用なのですか?」

「あぁ、少し悩みがあってな」


 魔王様に悩みだと!?

 ──と、いうことは。


「エレナとルーメンのことなんだが」


 やはりか。私とアスは顔を見合わせる。

 どうせエレナ様が最近ルーメン様ばかりで構ってくれないとかそういうものだろう。

 ──しかし魔王様が次に発する言葉は私の予想を大きく越えるものだった。


「エレナとルーメンのを探そうと思う」

「────、」


 MAMA? なんだその生物は……。

 しかし私の優秀な脳みそがその答えをすぐに理解する。

 ママ。つまりそれはエレナ様とルーメン様の母親──つまり、ま、魔王様の──。


「ま、魔王様の妻探し、ですか……」

「まぁ、そうともいうな」

「そうともいうって……。あの、それはこのテネブリスの王妃を探すことと同義ですのでよければ理由を教えてくださいますか?」

「うむ。実はな──」


 魔王様の話はこうだ。

 昨夜、最近仲のいい『テネブリス探検隊』を名乗る子供達と遊んで帰ってきたルーメン様とエレナ様の会話を聞いたらしい。


『まま、まぁま?』

『どうしたのルーメン? あぁ、さっきオリアス達がママの話をしてたから不思議に思ったんだね。ルーメン、ちょっと残念なことなんだけど、ルーメンにはママはいないんだよ』

『あう?』

『私もいないんだ。ルーメンは私がママの代わりになるから、悲しまないでね』

『う、』

『……でもまぁ、ママっていう存在がいるのは、すごく幸せなことだよね……ちょっと羨ましいなぁなんて……』


 ──と、いうのがその会話の内容。

 よってそれを盗み聞きした魔王様はママを見つけ、エレナ様とルーメン様を喜ばせたいとのこと。

 私とアスは悩んだ。下手すればテネブリスの命運がかかった案件になるのだ。

 そこでアスの提案により、ラミア族に魔王様の妻に相応しい女性を占ってもらってはどうかという結論に至った。

 私はその手があったかと思い、魔王様と城のラミア族が暮らしている居館パラスに向かう。

 生憎ヴィネは不在だったが……ラミア族は皆優秀な占い師になりうるので今は代わりで妥協しよう。

 ヴィネの代わりである長老の占い師が魔王様の手に触れ、目を瞑った。


「……あり得ない」

「はぁ? ど、どうしたんだ!? あり得ないって!?」


 まさか王妃になりえないどうしようもない女性が思い浮かんだとか!? リリスとか、リリスとか!


「ま、魔王様の……う、運命の女性なんですが……ひ、一人しか、思い浮かばず……普通は何人か出てくるんですけどねぇ。未来はいくつかありますので……」

「なんですって? それで、その相手は……?」

「それがなんと──エレナ様なんですのよ」


 「余程愛されてらっしゃるのねぇ」とにっこりする占い師とどこか嬉しそうな魔王様。

 いや、運命の女性って、愛する相手以外も含まれるのかい!

 クソ、魔王様の親BAKAがここで出てくるとは……!

 

 次の手にいこう。

 次はアスの女性の脈を頼りに魔王様とその女性を対談させ、まずはお互いを知ってもらいながら王妃様を探す策にでた。

 ちなみにアスが選んだその相手の女性は若いエルフ族で、その美貌には私も頷けるほど。

 しかもエルフ族特有の知性も兼ねているようで、アスのセンスの良さには拍手を送りたい。

 大広間でテーブルを挟み、対面するエルフ族と魔王様。

 それを私の隣で見守っていたアスの肩はそのシュールさに小刻みに震えていた。


「……では、魔王様のお話もお聞きしたいですわ。魔王様は趣味などお持ちでしょうか?」

「あぁ……。趣味とは己が好んで行うことだったな。ならば、エレナとルーメンを抱きしめることだ」


 ま、魔王様、それは趣味ではないような気がしますが……。

 教えてあげたいが、対談中にいちいち指摘するのも無粋だろうから私は黙る。

 アスの肩の震えがよりヒートアップ。


「えっと、それでは……好物は……?」

「エレナの作ったレッドキャップスープだ。……すまない、変えよう。エレナの作った料理全てだ」


「ま、魔王様の好きな言葉は……」

「エレナの『パパダイスキ』だ」


「え、えーっと、こ、好みの女性のタイプは……」

「やんちゃでいつ見ても飽きない可愛らしさがあり、嘘の付けない素直なエレナだ」

「ぶほっっっ」


 アスが我慢できずに噴き出してしまった。私は目頭を押さえる。

 魔王様、最後の質問、エルフ殿がなんとかエレナ様と関連させない気の利いた質問をしたというのに……。

 しかもエレナ様のような女性ではなくもうエレナ様って言ってますよ……。

 そんなご自分の失態に気づかない魔王様に私はため息を吐きながら、対談を中断した。

 この策はどうやら上手くいかないようだ。

 そして魔王様の妻探しがついに立候補してきた国中の女性を集めて魔王様が直々に審査して見つけ出すという大掛かりなものに発展しようとした時──ついに、救世主が帰ってきた。


「ただいまー!」

「え、エレナ様ぁ!!!」


 私は陽気な様子で城に帰ってきてくださったエレナ様に縋りついた。

 エレナ様はマモンに預けていたルーメン様を抱いて、突然両肩を掴まれた私に後退する。


「え、え? アム? どうしたの?」

「え、エレナ様! ま、魔王様を止めてください……じ、実は……」


 魔王様も人肌が恋しいとか番が欲しいとか、そういう理由で奥方を探されるのは納得できる。

 しかし魔王様は全然そんなつもりはなく、ただエレナ様とルーメン様の為だけにそこまで大掛かりなことをやられるのは少しいただけない。

 私がエレナ様に事情を話すと、エレナ様は驚いて玉座の間に走った。


「──パパ!」

「エレナか。私は今忙しい。あとにしてくれ」

「もう知ってるよ! 私とルーメンのママを探しているんでしょう!? そんなことしないでいいから! 私とルーメンはパパがいればそれだけで十分幸せなんだからね!!?」

「あう!」


 ルーメン様が赤ん坊のくせにうんうん頷いている。

 そんなエレナ様とルーメン様に魔王様の身体が震えた。

 どうやら今のエレナ様の言葉に感動しているようだ。


「……ほ、本当か? ママはいいのか?」

「うん。というか、全然知らない人を突然ママだって言われてもびっくりするよ」

「そ、そうか。それもそうだな。すまなかった」

「あうー」


 ……と、とりあえず、収まったか。

 流石エレナ様。一瞬で魔王様を落ち着かせた。

 魔王様、結構頑固な所があるから、私とアスでは振り回される一方だった。

 ひとまずこの魔王様の妻探しは終わりだ。

 ──で、あるならば。


「エレナ様。とりあえず、森から帰ってきたのですからちゃんと手を洗ってください。そして夕食は十九番目のタイムバードが鳴いた時丁度ですからね。それまでは私が出した宿題をしているように! あと、それから……」


 私がいつものようにエレナ様に色々指示を出すと、エレナ様がハッとしたような表情になる。

 ……な、なんだ?


「アムドゥキアス……ママ……?」

「は?」

「アムって、口うるさい所とか、面倒見いい所とか、母親ママみたいだよね?」

「…………」

「まぁま?」


 ルーメン様が私を指差して目を輝かせる。

 エレナ様、「アムママっていい響き」なんてくだらないこと言わないでください。

 魔王様、「アムドゥキアスがママだったのか」と納得しないでください。

 アス、腹を抱えて笑い死にそうになっているお前は後で俺が殺すから覚悟しておけ。

 

「アムママ、宿題終わったよ」

「まぁま、まぁま!」

「アムドゥキア……否、アムママ、エレナの今日の夕食はなんだ」


 ──もうやだ、この天然親子……。

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