エレナ、弟ができる(後編)
「ルーメン!」
「あう!」
「ルーメーン!」
「あーう!」
「うん、今日も百二十点満点の可愛さだね!」
ルーメンがやってきてから三日経った。
城の皆はようやくルーメンがいる日常に慣れつつある。しかし私は未だにルーメンに慣れそうにない。
──否、ルーメンの可愛さに慣れるはずがないのだ!!
「ルーメン、お腹すいてない? 眠くない? 気分悪くない?」
「あうー?」
私につられて首を傾げるルーメン。
私はお姉ちゃんだから、ルーメンの為に何かしてあげたいのに、あんまり役に立ってない気がする。
全部アムや城の魔族の人達に任せっきり……(城の皆が私で子育てに慣れているため)。
何をしてあげればいいんだろうか。
するとルーメンが不快そうに顔を歪める。
おや、これはもしや……。
「うんちしたの?」
「あう」
ルーメンは私の質問に頷く。
……って私の言ってる事、分かってるんじゃないだろうかこの子。
まぁ、魔人だから人間の赤ちゃんと同じとは言えないのだろう。
「よし! じゃあ私が
私はお姉ちゃんだからね、弟の世話をするのは当然!
そうと決まれば濡れたタオルと新しいおしめを探さないと!
「あれ? タオルはあったけど、おしめないな。アム、どこに入れておくって言ってたっけ……確か引き出しの中にあるって……」
「…………」
うぅ、どこを探してもおしめはない!
駄目だ私、お姉ちゃん失格だ! おしめがある場所も分からないなんて……。
「観念してアムに聞こう……ってあれ?」
私はそこでルーメン用のベッドのサイドテーブルにおしめがポツンと置かれていることに気づいた。
瞼を擦って、もう一回見て見るが確かにおしめはそこにある。
「いや、今まで何も置かれてなかったよね? そこ」
「あう~」
「……ま、まぁ、とりあえず今はルーメンのおしめを替えよう。ルーメン、ちょっとぬぎぬぎしようね~」
ゆっくり今つけているルーメンのおしめを外し、ルーメンを布の上に置いた。
う、この匂いは……。
ずっしりとやけに重みのあるルーメンの使用済みおしめに眉を顰める。
「確かにこのままじゃ相当気持ち悪かったね。ごめんルーメン」
「う」
「えっと、じゃあ次は濡れたタオルで……」
私、順調にお姉ちゃんやれている気がする。
そんな自分に少し感動した。
──そして私がルーメンのおしめを替えようと思い立ってから十数分後。
「エレナ様、そろそろルーメン様のおしめを替えに──って、何やっているのですか!?」
「げっ! アム……!!」
アムの顔が真っ青になっている。
それもそのはず。
だって私は──全身うんちまみれになっていたから!
いや、だって、拭いても拭いてもうんちが……。
汗を拭ったら髪の毛まで手についてたうんちがついっちゃって……。
「と、とにかくその服と身体を清めてきてください! ルーメン様は私がどうにかしますから!」
「で、でも、私……お姉ちゃんなのに、ルーメンに何も出来てない……」
あぁ、情けない。おしめも替えることすらできないなんて。
拳を握って俯けば、アムがそっとしゃがんで私の顔を覗きこんできた。
「アム?」
「エレナ様が熱を出された時……魔王様も今のエレナ様と同じことを言ってらっしゃいましたね。父親として、何も出来ていないと。その時、エレナ様は手を握ってくれているだけで十分だと微笑みました」
「!」
「……ルーメン様もきっと、自分の為に一生懸命におしめを替えようとしてくれたエレナ様を嬉しく思っていると思います。誰かの為に何かする。それだけで愛なのだと言っているのはエレナ様でしょう」
アムの言葉が私の瞳に滲んで、潤おしていく。
「さ、身体を清めてから部屋に戻ってきてください。おしめの替え方教えますから」
「う、うん!」
私は意気揚々とルーメンの部屋を出た。
***
エレナが去った後、アムドゥキアスは息を吐いた。
「ふぅ、ゴブリン達におしめを洗ってもらっている間にエレナ様が排泄物まみれになっているとは夢にも思わなんだ……」
突然いなくなった姉を探しているのか、ルーメンがキョロキョロと周りを見回しているのを眺める。
ここで、一つの疑問を抱く。
──何故、エレナ様は新しいおしめを持っていたんだ?
──この部屋には一つもなかったはずなんだが……。
アムドゥキアスはふと思い出した。
ゴブリン達がおしめを洗っている間に既に洗い終えて乾かしたおしめが一つ消えていたことを。
乾かしたおしめなどが盗まれるはずもなく、不思議に思っていたのだが──。
アムドゥキアスはエレナがいないことに気づき、今にも泣きそうな顔になるルーメンに目を向ける。
──自分の見えない所にある物を移動させる魔法なんてあるはずがない。
──まず千里眼などの能力で
──ましてやこの子はついこの間産まれたばかりの魔人の赤ん坊。
「……まさか、なぁ」
アムドゥキアスはそう呟くと得意の変顔をしながら、ルーメンを抱き上げ、ご機嫌取りに徹した。
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