エレナ、弟ができる(前編)


 シーズンフラワーに桃色の気配を感じさせる今日この頃。

 私は朝いちばんにバルコニーへ出て、新鮮な空気を吸っていた。

 相変わらず空は暗いけれど、でも心地がいい。

 朝はアムに叩き起こされるのがほとんどだけれど……今日は自分で自然に起きる事が出来たのだ。

 そこで、部屋の方からノックが聞こえる。


「エレナ様、いい加減に起きないと──っと、失礼。起きていましたか」

「おはよう、アム。今日は目覚めがよかったの! きっと何かいいことが起きるんだわ」

「……そう、だといいんですが……」


 アムの顔が曇る。

 理由を聞くと、未来予知が得意とされるラミア族でも一番の占い師であるヴィネさんが昨夜ある予言を溢したという。


 ──「今日の朝、レッドキャップの谷にていずれテネブリスを滅ぼさんとする者現る」と。


「テネブリスを滅ぼさんとする者って……」

「今魔王様がレッドキャップの谷に様子を見に行っておられます。何事もなければもうすぐ帰ってこられるかと」


 するとここで、私の部屋の入り口の目玉お化けが声を上げた。


「──魔王様のお帰りです!! 玉座の間に急いでください!!」


 私とアムはすぐに部屋を飛び出す。

 玉座の間に入ると、パパを取り囲む城の魔族の人達とヴィネさんが見えた。

 ヴィネさんは顔を真っ青にしている。


「な、何をおしゃっておられるのですか魔王様!! 私は確かに視たのですわ! このが成長して、テネブリスに矛先を向ける瞬間を──」

「未来は変えることが出来る」


 何やら一悶着あっている模様。

 するとパパの目の闇が私を捕らえた。手招きされたので、パパの足元へ駆ける。


「エレナ、両手を出しなさい」

「? う、うん」

「落とさないように、重いぞ」


 パパは柔らかい白い布の塊を私に渡した。

 あ、重い!

 こ、これって、まさか……!!


「あ、あうー」

「……赤、ちゃん……」


 ──私の腕の中から、聞いた瞬間に愛しさを溢れさせるような声が聞こえてくる。


 そっと布をずらせば、円らな瞳が私を見ていた。

 白い布によく映える、苺のように真っ赤な肌。頭部にうっすら生えた白銀。

 私は、言葉を失う。


「パパ、この子は?」

「今日から、お前のになる。名前はエレナがつけるといい」

「え……!!」

「ま、魔王様! だからこの子は!!」


 ヴィネさんがパパに必死に訴えている。

 この私の腕の中にいる子が危険なんだと。全てを滅ぼす力を持っているかもしれない、と。

 私は腕の中のその子を見つめた。


「あなたは、本当にテネブリスを滅ぼすつもりなの?」

「あうー?」

「……ふふ、分からないよね。まだ赤ちゃんだもん」


 にっこり笑って、真っ赤なその頬にキスを落とした。


「パパ、ヴィネさん、皆、聞いて!!」


 私は皆に赤ちゃんを掲げる。


「この子の名は──lumen……ルーメンよ! 今からこの子は私の弟だから!」

「え、エレナ様まで!」

「ヴィネさん、不安なのは分かるよ。でも……もしこの子が本当に危険な存在だとしても、生まれたことに罪なんてあるはずがない。それにテネブリスを滅ぼそうとする存在にならないようにテネブリスの素晴らしさを今から皆で教えてあげればいいんだよ!」


 ヴィネさんはまだ少し不安そうだったが、「エレナ様がそうおっしゃるなら」と頷いてくれた。

 玉座の間に集まった城の皆から拍手が沸き起こる。新しい家族を歓迎するものだった。

 

「ルーメン、いっぱい愛してあげるから、誰も傷つけない優しい子になってね」

「あう!」


 ルーメンがくしゃりと微笑んで、元気な返事をする。

 ああ、可愛い。私、ついにお姉ちゃんになったのね。

 前世でも一人っこだったから、なんだかすっごく嬉しい──!!


 ──この日、魔王城に新しい家族がやってきた。

 ──あとから聞くとルーメンはパパと同じ魔人で、今日産まれたという。

 ──真っ赤な肌に白銀の髪に、そこから覗く角……それは前世の世界でいう赤鬼を連想してしまう姿だった。

 ──そんな魔人の子、ルーメンが私の弟になったのだ。



 この時の私の決断が正しかったのか、そうではないのか。

 その答えは、あの魔王のパパでさえ、分からない。

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