パパの看病

 ペルセネ王妃が息を引き取った日、私は最後までノームと一緒にいた。

 友達として、お母さんを失ったノームを一人にできなかったのだ。

 しかし私は忘れていた。


 ──早く帰らないとパパの雷が落ちてしまうって事に!


 気がついたら朝だった。

 隣にはノームが寝ていて、寝顔まで綺麗なんだと見とれている場合ではないことに数秒遅れて気づく。


「うそでしょ!!?」

「っ!? ど、どうした!?」


 ノームが慌てて起き上がる。私はノームの両肩を掴んだ。


「レイは!? レイ知らない!? わ、私帰らないと!」

「そ、そんなに慌てるな! レイなら城の中庭で待機させている!」


 ノームに案内されるまま、シュトラール城の中庭に走った。

 レイは城の人達に身体を洗ってもらったのかいつもより透き通って綺麗だった。


「レイ! 帰ろう! パパに怒られちゃう!」


 レイは起こされてちょっと不機嫌そうだ。

 しかしレイだってパパの雷は怖いようで、すぐさま翼を広げる。

 するとノームが私の手を握った。


「エレナ、送るぞ」

「大丈夫。私にはレイがいるし。ありがとう」

「礼を言うのはこちらだ。……お前がいて、本当によかった。余が今こうして笑っていられるのは、お前のおかげだ」

「ノーム……」


 ノームは私の手の甲にキスを落とす。

 その仕草がとっても様になっていて、私は頬が熱くなった。

 それを誤魔化すように、私はレイに跨がる。


 そして──私は大慌てでシュトラール王国を出たのだった。




***




「…………」


 そぅっと中庭に着地し、周りを用心深く見回す。

 よかった、まだ皆起きてないみたい。

 もしかしたらこのまま誤魔化せちゃったりして!


「エレナ」

「…………」


 ──うん、そんなの無理だよね。

 だって昨日の昼から今まで不在だったんだしね。

 分かってた、分かってましたよ……。

 私はゆーっくり後ろを向いた。今日はパパはいつもより一段と大きい気がする。


「パ、パパ? これには海よりふかーい訳が」

「今までどこにいた」

「え、えっと……」


 パパの後ろには怖い顔をしたアムもいた。

 その目の下には隈が……もしかしてアム、寝てない?

 私はパパとアムの迫力に押されて、今まであったことを全て話した。

 ペルセネ王妃のこと。

 海の目にいったこと……。

 

「私がアトランシータの歴史をエレナ様に教えてしまったからこんな事に……。も、申し訳ございません、魔王様」

「アムドゥキアス。お前は間違っていない。私はエレナに様々な事を知ってもらいたいのだ」

「え、えぇ、しかし」

「エレナ、お前が反省すべき点はなんだと思う」

「え、えっと……パパに何も言わずに家を出たことかな」

「そうだ。そして命を省みず、海の目に飛び込んだ事もだ」

「……っ」

「好奇心旺盛なのもいい。友の為に動いたのも、悪いことではない。しかしお前がもしもいなくなってしまった場合の私の事も考えて欲しかった」


 私はパパを見上げる。

 パパは私を抱き上げ、身を寄せた。


「お前はいつも私を心配させる」

「……ご、ごめんなさい」


 何かあったらまず自分に相談するように。パパはそう言った。

 私はなんだか頭がぼぅっとして、頷くことしか出来ない。

 あれ、なんか……パパに抱きしめられるとほっとしちゃって、急に、頭が……。

 アムが私の異変に気づき、すぐに私の額に手を当てた。


「え、エレナ様……まさか!! 熱が!?」

「え……」


 ああそうか、昨日海の目に行った後、びしょ濡れのまましばらく放置したからかな。

 セーネさんにお風呂、入れてもらったんだけどなぁ。


 ──あぁ、頭がぼんやりしてきた。


 私はそのまま、身体の気怠さに何も出来ずに──意識を暗闇に葬ってしまったのだった。




***




「あれ? ここって……」


 私は気づけば見慣れた部屋にいた。

 違う。ここは……見慣れているけど、懐かしい部屋、だ。

 ──前世の私の部屋だ。

 叔父さんと二人暮らしのマンションの一室。

 本棚には私の大好きだったファンタジー小説が綺麗に並べられている。

 なんで、私ここにいるんだっけ。

 ……ああそうか、大学から帰ってきたんだ。

 それで、今、小説を読んでいて……?

 私が読みかけの小説を開こうとすると、部屋のドアが開く。

 立っていたのは叔父さんだった。


「茉也」

「お、叔父さん……」

「……その小説、面白いか」

「あ、うん。これ、叔父さんがクリスマスプレゼントでくれたシリーズの最終巻。凄く面白いよ」

「……そうか。ならいい。俺は今から仕事のつきあいで出る。飯は自分で用意出来るな?」

「う、うん。大丈夫。ありがとう、叔父さん」


 ドアの閉まる音が、やけに虚しく響いて。

 私はため息を一つ零す。

 あれ、沈黙ってこんなに恐ろしいものなんだっけ。慣れてるんじゃないんだっけ。

 独りでご飯を食べるのも、独りで眠るのも、独りで本を読むのも当たり前だったはずなのに……。

 なんで私、こんなに、寂しいんだろう?

 まるで、独りじゃないのが、当たり前みたい……。


 ──あれ?


「──っ、はっ!?」


 夢だった。

 私は心臓がやけに昂ぶっているのを宥めるように呼吸をしながら、半身を起こす。

 そこは、いつもの私の……の部屋だ。

 天井にはパパが描いてくれた私の絵があった。


 そして──傍らには──。


「パパ、」


 パパの大きな手が私の小さな手を優しく守ってくれていた。

 私は思わず口に弧を描く。

 パパの身体がピクリと反応した。


「……、エレナ、起きたのか」

「うん。私、倒れたの?」

「あぁ。発熱したらしい。リリスが……お前に治療をしようとするのを止めたり、ゴブリン達が薬と間違えてユニコーンの鼻くそをお前に飲ませようとするのを止めたり……色々あった」

「そ、それは……本当にありがとう、パパ」 


 私はひんやりと冷たいパパの手の感触を味わいながら、もう一度小さくありがとうを言った。


「以前、エレナは私が風邪をひいたとき、看病してくれただろう。私もなんとか看病したかったのだが……。すまない、上手くリゾットを作れなかった」

「えぇ、パパが料理したの!?」

「あぁ。アムドゥキアスに試食させたのだが死にかけたからな……今アドラメルクにちゃんとした料理を作ってもらっている」

「し、死にかけたって……」


 アム、ご愁傷様。

 でもパパの料理かぁ。うーん、食べてみたかった。

 

「すまない、エレナ。私は父親として何も出来ていない」

「何言ってるの。十分だよ」

「?」

「手を握ってくれているだけで、凄い安心する。流石パパだね」


 パパはその言葉に微かに震えると小さな声で「そうか」と言った。

 あ、これ多分照れてる。可愛いなぁもう。


 するとそこで、部屋のドアが開き、大勢の人が雪崩れ込んできた。


「うわああああ!! おいリリス! お前が押すからだぞ!」

「はぁ!? ざけんじゃないわよ! アンタがドアノブを回したからでしょ!?」

「アンタらうるさいわよ!」

「姫ー! ドリアードと二クシーからお見舞いのフルーツを山ほど預かってきたぞ!」

「エレナ様! 熱が吹っ飛ぶほど面白いファンタジー小説を仕入れましたのでどうか早く元気になってくださいませ!!」


 アム、リリスさん、アス、アドっさん、マモンさんを筆頭にゴブリンさんやエルフさん、ドワーフさんにオーガさん、城中の魔族の人達が私の部屋に飛び込んできたのだ。

 故に、今私の部屋はとても騒がしい。

 でも、心地のよい騒がしさだった。


「……ふふ」


 アドっさんから剥いてもらったりんごを囓りながら、私は熱が出たというこの状況を、〝嬉しい〟と感じてしまっていた。


 ……心配してくれる皆には悪いから、この事は私だけの秘密にしておこうっと。

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