パパとお風呂


「最近本当に寒くなったよね」


 両腕を摩りながら、私はパパと私の玉座の間でぼんやりとしていた。

 パパの熱魔法で城の中は暖かいのだけど……雪降るテネブリスを見ているだけで寒くなってしまう。


「テネブリスの皆大丈夫かなぁ」

「魔族は人間よりも身体が丈夫で気温に疎い」

「そうなんだけどね。やっぱり魔族さん達にも暖かい気持ちよさを味わってもらいたいというか。皆働いてばっかりで疲れてそうだし。なんかこう……暖かくて、癒される……」


 私はそこである事を思い出す。

 ──そ、そうだ! お風呂!! お風呂があればいいんじゃない!?


「パパ、お風呂を作ろう!!」

「……? オフロ? なんだそれは」

「お風呂っていうのは、ほっかほかのお湯に浸かる事っていうか。なんていうんだろう……身体を清める為っていうのもあるけど、なんかこう、身体が癒されるんだよ!!」

「……前から気になってたんだが、エレナ様が素っ頓狂な提案をする時は自分があたかも体験していたような言い方ではないか? 私はエレナ様がよく分からなくなるんだが」

「分からなくていいんじゃない。あのアンポンタンプリンセスの頭の中を完全に理解できる奴なんてこの世にいないんだから」


 そんなアムとアスのヒソヒソ話に気づかないまま、私はパパを見上げ手を合わせた。


「パパ、お願い! お風呂作るの手伝って!! 絶対気持ちいいから!!」

「そうか。エレナがそのオフロを味わいたいならば、勿論手伝おう」


 私のお願いを快く引き受けてくれるパパにアムがため息を吐いたのが分かった。




***




「うん、こんなものね!」


 さっそく私はドワーフさん達に頼んで千年樹を材料に浴槽を作ってもらった。

うん、この大きさならたくさんの魔族の人達が浸かれるはず!

 そしてそのままゴブリンさん達に近くの湖の水を浴槽に運んでもらい──とりあえずの水風呂の完成だ。


「パパ、この水、熱魔法で熱くしてほしいの。あ、蒸発させちゃだめだよ!?」

「了解した」


 パパがそっと水に手を入れ──一気に熱を放出させる。

 流石パパの熱魔法。一瞬で水がお湯に変わり──心地よさそうな湯気が。

 私はそっとお湯に触れてみた。熱すぎて声を上げてしまう。

 

「エレナ!」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから……パパ、もうすこーし温度下げれる?」

「分かった」


 そうして調整しているうちになんとかちょうどいい温度になった。

 魔族の人達は熱に鈍感だというので、私にとってはちょっと熱すぎるくらいだけど。

 とりあえず、これでお風呂は完成だ!

 私は周りで私達の様子を見守っているゴブリンさん達に手招きをした。


「ゴブリンさん達、よかったらここに入ってくれない?」

「えぇ!? 姫さん、今度は何を企んでるんだべ!?」

「失礼ね! 悪い事しようとしてるわけじゃないの! いいからとにかく全裸になって入って! あ、布で大切な所隠してね」


 ゴブリンさん達はお互い顔を見合わせ、戸惑っている。

 しかしパパの「エレナの言う通りにしろ」という一言で慌ててお風呂に入ってくれた。


 そ、し、て──。


「おふぅ……」


 なんとも間抜けな声が一斉に聞こえる。

 ゴブリンさん達は恍惚としていた。


「な、なんでぇこれは……身体の力が、抜けて……」

「ま、魔法か……? オラ、ここからもう出ていきたくないべ……」


 私はにっこり微笑んだ。そんな彼らにアムは目を見開かせている。


「え、エレナ様……これは」

「アムも入ってみたら? アム、毎日働いてるしきっと身体も疲れてるよ」

「…………」


 ゴクリを唾を呑みこむアム。

 そしてそさくさと下中庭から出ていき、腰に布を巻いただけの姿になると、お風呂に足をつけた。


「ふわぁ……」


 アムらしくない気の抜けた声にお腹を抱えて笑ってしまいそうになる。

 

「どうだ。アムドゥキアス。気持ちいいか」

「え、えぇ。悔しいですが……どうにも、身体に力が……ふわぁ……」

「そうか。お前にはいつも助けてもらっている。これで癒せるならば私も嬉しい」

「も、勿体ないお言葉です……魔王様ぁ」


 そこで私はそんなアムの様子に気味悪がっているアスの腕を掴んだ。


「ほら、アスも入って!!」

「はぁ!? い、嫌よ!? 私は公衆の面前で肌を晒さないんだから!!」

「いいからいいから。あ、アドっさん! アス脱がすから手伝って!」

「おう! 面白そうだからいいぞ!!」

「い、いやぁああああああああ……」


 こうして、私とアドっさんはアスをお風呂に入れさせることに成功した。

 結果。


「は、はわぁ……」


 ──アスは陥落した。チョロい。

 アムの横でとろんと瞳を揺らしている。

 すると城中の皆があのアムとアスでさえ引き込んだ魔のお風呂に入りたがり──。


 今では大繁盛というやつだ。


「おーい皆! こっちのお風呂には匂いのいいお花を浮かべたお風呂だよ~!!」

「あ、こっちは魔王城一熱いお風呂! もっと刺激が欲しい人限定ね!」

「こっちは電気ウナギのお風呂! あ、温泉卵も作ってみたよ~!!」


「よし、僕ちんもお風呂入るぞ!!」

「ちょっと!? ジャック・フロストさん!? 溶けるから!! 死んじゃうから貴方は入っちゃダメ!!!! ちょっと!!?」


「ふふふ……裸体の殿方達がいっぱい……」

「はーい、リリスさんは向こうの女性専用のお風呂ね。こっちは出禁だよー! こら、脱がないの!!」


 私は皆が喜んでくれるのが嬉しくて、あちこち走り回った(一部の人には手をやいたけど)。

 結局、その日はお風呂作りであっという間に夜がきて──。

 ようやく一段落落ち着いて、私は皆が気持ちよさそうに湯船に沈んでいるのを眺めながら、パパ専用の浴槽の傍に座った。


「どう? パパ。気持ちいい?」

「あぁ……最高だぞ、エレナ」


 パパの声は掠れていて、弱弱しい。

 相当癒されているようだ。


「ならよかった。テネブリスにはお風呂の習慣がないから、これから広がってくれるといいな」

「そうしよう。これは……いいものだ」


 パパはそう呟くと、火照った腕で私の頭を撫でる。


「エレナのおかげで城の者達が癒された。魔王として、そしてお前の父親として誇りに思う。有難う」


 私はその瞬間、ぶわっと身体の内側が温かくなった気がした。

私の頬の綻びが止まることを知らない。


 ──どうやら、お風呂に入ってなくても、身体が温まる事もあるらしい。

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