ドリアードさんと釣り


「なるほどな。魔族が人間を襲っていた、と」

「私、ショックで……パパは魔王だけど、自分からは人間に危害は加えないと思ってたのに……」


 大きなきのこの傘に座り、ドリアードさんに家出の原因を話した。

 ドリアードさんは森で採れたという果実のドライフルーツを私の口に入れてくる。

 ……おいしい。


「ちょっとドリアードさん! ちゃんと聞いてる!? むぐ」

「すまん。其方が愛い過ぎての」

「私は真剣なのに……もぐもぐ」

「愛いぞ我が友。ほれ、こっちも食べよ」

「もう! ドリアードさん!」


 ドリアードさんはクスクス笑うと樹人達にもっと食べるものを持ってこいと指示した。


「しかしエレナ、魔王殿の気持ちも考えてやるがいい。あれは一国の王なのだ。民を見殺しにしない素晴らしい王ではないか」

「それは分かってます! でも、自分から人間を襲ったら、人間達との戦争の火種になるかもしれない」

「まぁ魔族と人間の対立は既に避けられないものだろうな。風の噂で聞いたが、とある王国が魔王を倒すべき勇者を探しているんだとか」

「えぇ!?」

「しかも既に二人は見つかっておる。二人ともその王国の王子なんだそうだ。しかしまだ幼いので、魔王討伐はまだまだ先の話になるだろうよ」

「な、なにそれ……や、やっぱり、人間を襲うなんて……どうにかしないと」


 私は考える。

 今のテネブリスの食糧難を救うには……パパの魔力にも枯れなくて、育てやすくて、美味しい作物が必要だ。

 でも、そんな都合のいい作物なんてあるのかな?

 とにかくパパの魔力が強すぎる。

 悩んでいる私を見て、ドリアードさんがふと思い出したように手を叩いた。


「そういえば」

「?」

「エレナ、こっちへ来るがよい」


 ドリアードさんに導かれ、森の奥へ進む。

 すると、木々に囲まれた綺麗な湖が見えた。広さは……学校の教室四個分程だろうか。

 そっと覗きこむと私の顔が映っていた。

 ドリアードさんがすぐに私の腕を掴む。


「こらこら、顔を覗きこませるでない。あやつに連れ去られてしまう!」

「あやつ?」

「あー、えっと、まぁ、とにかくこの湖の精は厄介なのだ。だから気を付けるがよい」

「ふーん? それで、ここに何かあるの?」

「いやな、思い出したんじゃ。この湖の精が自慢話をしていたことをな。この湖には無限に尽きない魅惑の食材が眠っている、とな」

「えぇ!?」

「うむ、ヤツは嘘をあんなに自慢げに話す者ではない。エレナ、そなたの願いを叶える鍵はこの湖にあるやもしれん」

「な、なるほど……ドリアードさん、それが何か見当つく?」

「湖だからの、きっと無限に卵を産む巨大魚とかではないか?」

「み、湖に巨大魚いるかなぁ……えっと、じゃあとりあえず魚釣りでもしよっか?」

「ほぅ! 聞いたことがあるぞそれは! 人間達が魚を捕獲する手法だろ!?」

「えぇ。でもまず釣り竿を作らないと……」


 私はとりあえずドリアードさんに材料を用意してもらい、それで樹人さん達に釣り竿を作ってもらった。

 私の曖昧な言葉だけで立派な釣り竿を作り上げた樹木さん達は本当にすごいと思う。

 丈夫で長い木の枝に栄養満点のブラッドミミズを大蜘蛛の糸で吊り下げた釣り竿だ。

 ドリアードさんと二人で並んで釣り竿を湖に垂らす。


「で、この後何をすればいいのだ!?」

「ただ待つんです。魚が喰いつくまで」

「ほぅ!? 待つのは好きだぞ!?」


 そう鼻息を荒げるドリアードさんに私は苦笑した。


 ──そして待つこと、一時間。

 私はチラリとドリアードさんを瞥見する。

 ドリアードさんは──ぐっすり寝ていた。

 樹木達が飽きやすい己の主を叩き起こそうとしたが私はそれを止める。


樹人エントさん達、ドリアードさんをもっと柔らかい所に運んであげて」


 素直な樹人さんの一人が頷いて、ドリアードさんを抱き上げてどこかへ行った。

 ドリアードさんったら。でもまぁ、そんな所が可愛いけれど。

 おかしくなって思わず笑ってしまう。


 でも、その時──釣り糸が引いた!


「え!? やばい!!! 引きずり込まれる!? なんて力!!」


 私は湖からの釣り竿を引く力に身体を持っていかれた。

 しかしその前に残ってくれていた樹人さんが私の身体を抑えてくれる。

 残りの樹人さん達は私の代わりに釣り竿を引っ張ってくれた。

 そして湖から樹人さんに引き上げられたのは──。


「ヒヒーン!!!!?」

「え? 馬の……魚?????」


 上半身は馬。下半身は魚。

 変な生き物が地面で暴れており、樹人さんがそれを押さえつけている。

 そういえば、アムドゥキアスの授業で、見たことがあるような……。


「もしかして、ケルピー?」


 ケルピー。川や湖に現れる妖精で馬の上半身に魚の下半身を持つという。

 人間が馬と間違って跨ってしまうと湖に引きずり込まれてしまうのだとか。

 もしかして、ケルピーさんが無限の食材???


「ケルピーって、美味しいのかな」


 前世の世界では馬刺しもあったし……。

 しかし私のその言葉を聞いてケルピーさんがさらに暴れ出す。私の言葉を理解しているらしい。

 なんだか可哀想になってきた。

 私はそっとケルピーさんの顔に手を当てた。


「ひひ、ヒヒーン!!!!」

「大丈夫、落ち着いて……あなたを食べないから!」


 しかしケルピーさんは暴れる。

 私は仕方なく、そのまま魔法を使う。

 私の魔法はへっぽこだけど、治癒魔法ならいくらかましなのだ。

 釣り針で傷ついた口内の傷を癒すと、ケルピーさんも段々と暴れるのをやめた。不思議そうに私を見上げている。


「本当にごめんね。痛かったね。もう釣りはしないから安心してね」

「ヒン?」

「樹人さん、ケルピーさんを湖に返してあげて」


 樹木さん達が私の言う通り、ケルピーさんの身体を湖に戻す。

 ケルピーさんは生き返ったように水辺を泳ぎ、顔を出して私をしばらく見つめるとまた湖の底へ沈んでいった。

 ケルピーさんが間違って釣られてしまうようだし、また違う形でこの湖の食材を手に入れる方法を考えてみよう。

 すると今まで眠っていたレイが起きたのか、私に甘えるように鳴いた。

 私はなんだか疲れてしまって、レイの腕の中にフィットするように寄りかかる。


「ぎゃう」

「そうだね。ドリアードさんも眠ってしまったし、今日はもう寝ちゃおうかな。身体は明日、川で清めよう。おやすみ、レイ」

「ぎゃーう」


 樹木さん達も私達の傍で地面に足を埋め始めた。

 空を見ると相変わらず怪しい曇り天気だったけれど。


 ……パパ、今どうしているのかな。


 私は眠気に身を任せ、目を閉じた。

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