初めてのお友達


 恐ろしいほど、静かな森だった。

 森全体が、私を獲物として見ているような──。


「き、気のせい、だよね」


 しかしここでふと振り向いて気付いた。

 扉から真っ直ぐ進んできた上に数歩しか歩いていないのに──扉が消えたのだ。

 おかしいと首を傾げながら扉を探していると、虫が地を駆ける気味の悪い音が聞こえてくる。

 私は鳥肌が立った。


「い、今のって……」


 首をキョロキョロと回すが、何もいない。

 ホッとして胸を撫でおろした時──カチ、カチという音がから鳴った。

 私は恐る恐る上を見る。

 そこには、八つのつぶらな瞳。

 大蜘蛛だ。


「~~~~~~~~っっ!!?」


 私は声を出すことなく、考えるより先に走り出した。

 私のへっぽこ魔法じゃ絶対に通用しないと確信したのだ。

 どうする!? どこに逃げる!?

 すると突然、視界が反転する。

 全身が地面に投げ出された。

 足には粘着性のある蜘蛛の糸。

 大蜘蛛は私の足を捕らえ、糸を容易く引いていく。

 

「嫌だ、嫌だ……」


 自分で蒔いた種だというのに、私はパパの名前を呼んでしまいそうになった。

 パパもアムドゥキアスも、こうなる事が分かっていたから、私を扉に近づけなかったのだ。

 森に入って数分でこのザマ。私って、なんて馬鹿なんだろう。

 しかしその時──突然傍に生えていた樹木の枝が伸び、大蜘蛛に向かってこん棒のように振り落とされた。

 大蜘蛛は慌てて避けたが、その枝が私と大蜘蛛を繋ぐ糸を潰して、切った。

 私は慌てて大蜘蛛から距離を取る。

 すると枝が私を守るように伸びてきて、その樹木の幹に顔が生えた。樹木は大蜘蛛を鋭く睨みつける。


「去れ! 食べても食べても満足を知らぬ卑しい蜘蛛風情が!!!」


 大蜘蛛は悔しそうに私を見たが、くるりと身体を翻して去っていった。

 私は腰を抜かしたまま、ポカンと口を開けたままだ。


 ──木が、喋った!!?


「おい、小娘」

「は、はい!!」

「……ふむ。本当にただの人間の小娘ではないか。あの扉からこの森に来るのはアドラメルクだけかと思ったが。まぁいい。興味が湧いたぞ小娘」


 喋る樹木はそう言ってせせら笑うと、突然静かになった。

 不思議に思うと、その樹木の後ろからひょっこりと綺麗な女の人が現れたのだ。


「どうじゃ? びっくりしたか?」

「え? あ、は、はい!」

「ふふん。そうかそうか。正直者は嫌いではない。ちこう寄れ」


 女の人は私に手招きをする。

 私は慌てて女の人の目の前に立った。


「ふむふむ。魔力もほぼ無いに等しい人間の小娘。よく見れば見るほど凡庸そのものじゃな」

「えっと、貴女は……」

「我が名はドリアード。この森を守る妖精ニンフじゃ」

「ドリアード……。聞いたことあります! すっごく綺麗な女の人の姿をした妖精で、宿った木が枯れたら死んでしまうとか! あ、あと樹木を傷つけられたらその人間を森の中に引き込んで殺してしまうとか」

「うむ。我が綺麗だという事以外は全て忘れよ。それは他の森のドリアードの事だ。この森は魔王殿の魔力のおかげで枯れる事もないし、我は不老不死も同然。それにこの森には人間等そもそも近寄らん」

「な、なるほど……」


 ドリアードさんは私の頬や腕をふにふにと触っている。

 

「柔らかいのぅ。人間の子供は好きじゃ。アドラメルクが出てくると思って扉を見張っていれば、よき貢物があったものだな」

「み、貢物!? ち、違います! 私はちょっと冒険したくてここに来たわけで……」

「ほぉ? 小娘、名は?」

「え、エレナです」


 するとドリアードさんがぱちくりと瞬きを繰り返した。

 

「エレナ? エレナというと、まさかアドラメルクがよく話してくれた魔王殿の娘か?」

「はい!」

「なんと。お前がエレナ、か。ふーむ」


 ドリアードさんが私の身体の周りをくるくる回り、匂いを嗅いだりしてくる。

 私は少し後ずさりながら、「な、なんでしょうか」と小さい声で尋ねた。


「魔王殿が娘を侍らせていると聞いていたので、もっとセクシーな娘かと思ったが……ただの幼子とはな」

「せ!? パパを何だと思ってるんですかっ! パパは誰よりも純粋な人なんですっ!」


 私の言葉を聞いたドリアードさんは大爆笑だ。

 私が頬を膨らませると、私をその豊満な胸に埋める。


「ふふふ、そう拗ねるでない。揶揄っただけではないか。それにしても其方、なかなか可愛いのぅ。魔王殿の気持ちも分かる」

「むぐ」

「我は森の妖精だからな。樹木があれば自然に生まれる。故に家族や友人等いたことがない。魔王殿もそういう類の存在なのだろう。我らは孤独と隣り合わせ。温もりを傍に置きたいというのはある意味道理よ」

「……ドリアードさんも寂しいんですか?」

「あぁ。最近はアドラメルクがよく話相手になってくれたのだが……」


 話相手とかいいながら、ドリアードさんの頬は赤い。

 あ、もしかしてドリアードさんって。


「もしかして、アドっさんの事好きなの?」

「な!?」


 ビンゴだ!

 それを知った瞬間、私は黄色い声を上げてしまった。

 一応私も女の子。

 この手の話は大好物だ。


「アドっさん好きなんて見る目あるぅ!」

「な、ななな何をぬかすか! わ、我があんな小汚いドワーフに惚れるなど!」

「でもアドっさん紳士だし、いい人だよね。いつも楽しそうに笑ってる所とか、凄く魅力的だし」

「うむ! 其方、なかなか分かっておるではないか!! ──はっ!?」


 ドリアードさんが恥ずかしさで耐え切れなくなったのか、顔を両手で隠した。

 か、可愛い! あざとい!

 こんな素敵な妖精さんがいるなんて……!!


「ドリアードさん! よければ私とお友達になりませんか?」


 私のひょんな提案を受けたドリアードさんの顔はそれはそれは面白いものだった。

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