禁断の扉の向こうへ
我が家である「魔王城」には開けてはいけない扉がある。
城の一階の奥にある扉。図書室のすぐ隣にある扉。
私はいつも図書室に行くので、毎日見かける。
その扉に入ろうとすると、アムドゥキアスが口を酸っぱくさせて私を叱るのだ。「この扉はアドラメルク専用だから入ったら駄目です」って。
アドっさん専用というのが気になる。調理室ではないようだし……。
凄い、興味を引かれる。
──と、いうわけで。
私は今、その扉の前にいた。
アム、アス、パパは今お仕事だとか言って、城にはいない。
つまり、今がチャンス。
そっと扉のドアノブに触れると、扉に突然目玉が現れた。
「……? エレナ様? どうかいたしましたか?」
「え、あ、えっと……この扉の向こうに用があって」
「ここには貴女を入れるなと言われております」
「そうなんだけど。うん、そうだよね。でもお願い、一瞬、一瞬でいいの……駄目?」
「駄目です」
その後、随分と粘ったが、扉お化け(重要な扉を守る目玉お化け)は私を扉の向こうへは連れて行ってくれなかった。
私は不貞腐れて、そのまま図書室へ足を運ぶ。
図書室の中には司書のエルフであるマモンさんと助手の妖精達がせっせと掃除をしていた。
マモンさんが私を見ると、穏やかに微笑む。
「これはこれはエレナ様。ご機嫌麗しゅう」
「ちっともご機嫌じゃない!」
そんな私にマモンさんは困り顔を浮かべた。
「何かあったので?」
「図書室の隣にある扉お化けが扉の向こうを見せてくれなかったの。一瞬でもいいって言ったのに」
「なんと。エレナ様、あの向こうへ行きたいのですか?」
「行きたい!」
マモンさんは顔を真っ青にし、私の両肩を掴む。
「絶対に駄目です! 駄目ったら駄目!」
「なんで駄目なの?」
「そ、それは……」
「私がそれを知ったらさらに行きたくなるような場所なの?」
「…………」
マモンさんは口を迷わせた後、「とにかく、駄目です」と誤魔化して図書室の奥へ逃げていく。
私はうんざりして読みかけの小説を開いた。
「あれも駄目、これも駄目……前世よりこの世界は素敵なものだらけだけど、だからこそ窮屈に思えてしまうな」
「何かお困りで? お嬢さん」
突然聞こえてきた声に文字から視線を離すと、そこにはこの魔王城にいつの間にか住み着いたケット・シーさんという猫の妖精がいた。
ケット・シーさんは猫のように鳴くと、私が読んでいた本の上に着地する。
「ケット・シーさんは図書室の隣にある扉の向こうを知ってる?」
「あぁ、知ってるぜ。君は行かない方がいい」
「どこに繋がってるの?」
「逆に聞くが、君はアドラメルクがどうやって食材を調達してると思う? あの短い足をよちよち動かして、遠くの森まで行くと思ってんのか? やめときな、時間がかかり過ぎて兵士達は餓死しちまう」
「じゃあつまり、あの扉の向こうは森?」
ケット・シーさんは私の腕に尾を巻きつけて遊んでいる。
「そこは人間も寄り付かない秘境だ。まぁ、人間があそこに入ったらいい獲物だからな。レッドキャップ、大蜘蛛、ハーピー、なんでもありだ。特に凄いのは……ドラゴンだな」
「ど、ドラゴン!?」
ケット・シーさんが「しー」と前足で私の口を塞いだ。
「取引をしないかプリンセス。俺は幻術が得意だ。ちょっとなら扉お化けを誤魔化せる」
「いいけど、その報酬って?」
「チーズ。最近チーズを食ってない。調理場に忍び込んでいいが、アドラメルクに見つかれば俺もディナー行き。難易度が高すぎる! 扉お化けもだがあそこには壁にまで目玉がいるからな」
「へぇ。じゃあおやつのチーズをあなたにあげればいいの?」
「そう。物分かりがいいね」
「OK。取引ね」
私は口角を上げて、ケット・シーさんを肩に乗せる。
マモンさんに怪しまれないように図書室を出た。
ケット・シーさんが「後ろで見てな」と私にウインクをする。
扉お化けは軽い足取りで近づいてくるケット・シーさんをじっと見つめた。
「やぁ。元気?」
「何の用だ。いつまで城にいる。さっさと出ていけ野良猫!」
「つれないね~。ま、悪く思わないでくれよ?」
「はぁ?」
ケット・シーさんが魔法で扉お化けの顔に息を吹きかけた。
すると扉お化けが突然叫び出す。
「あ、アドラメルクさん!? ぜ、全裸で何を!!? ぎゃああああああ!!? そんなものを扉に摩りつけないで!!!」
──どんな幻よ!
そうツッコんだが、お化け扉がショックのあまり扉を開けた。
私はその隙をついて、扉の向こうに身体を滑らせる。
「ぎゃあああああああああっ!」
バタン。
扉お化けの悲鳴が消えた。
雨の後の土の匂いがする。
私よりも大きな植物達が生い茂っており、私の身体が小さくなったような錯覚に陥る。
私は森という未知の世界に、心躍らせた。
──少しなら、冒険してもいいよね。
そう自分に言い聞かせて、一歩一歩土を踏みつけていく。
私の頭の中には「冒険」という前世からの憧れしかなく、自分の安全など、二の次だったのだ。
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