初めてのお友達②
「おい、我が友エレナよ! こっちに来い! 面白いものがあるぞ!」
「は、はい! ま、待ってくださいよドリアードさん~!」
はい、御覧の通り私はめでたく初めてのお友達が出来た。
ドリアードさんの方も余程嬉しかったのか先ほどから「我が友」を繰り返している。
「ドリアードさん? どこに向かってるんですか?」
「もう少しで着くぞ! こっちじゃこっちじゃ! なかなか見れないものだぞ!」
ドリアードさんに導かれるまま樹木の隙間を通り抜けていくと──やっとドリアードさんが立ち止まる。
気付けば足元は泥沼に浸かる一歩手前だった。
「ど、ドリアードさん?」
「見よ! エレナよ」
ドリアードさんが指さす方を見ると、そこには大きな泥団子があった。
──違う。泥団子じゃない。
目を凝らしてみると、それは──大きな、トカゲ?
「ドラゴンじゃ」
「え!? あれが!?」
「確かに疑うのは分かる。しかしあれは確かにドラゴンだ。まだ子供だな。故に、無知。沼から出れなくなって、ああして動けなくなったのだろう。この森の沼は頑固だからな」
「そ、そんな……」
私はドラゴンを見つめる。
ドラゴンは何かに気付いた様に目を開き、瞳で私を捕らえた。
綺麗なスカイブルーの瞳だ。
その瞳に私は何故か見惚れてしまい──ポロリ、と涙が出てくる。
「なんと!!? 何故泣く!?」
「あの子はお母さんを呼んで泣いてるんだよ……お母さんが人間に殺されたって言ってる」
「……なんと?」
竜語を習っていたから、所々聞こえにくいけどドラゴンが何を嘆いているのか分かったんだ。
ドリアードさんはそれを聞くとそれはそれは驚いた。
「我には今にも其方を食べようと威嚇する目にしか見えないが……其方には母を想い泣く可哀想な瞳に見えるのだな」
「ドリアードさん、あの子、どうにか助ける事は出来ないの?」
「無理だ。子供といってもドラゴンだぞ? この森を荒らされたら我の大事な肌に染みが出来てしまう!」
「あの子は暴れたりしないよ! ドリアードさん、お願い! お友達でしょ!?」
友達、という単語にドリアードさんは困ったような顔をする。
「う、ううむ……助けてやれるのはやれるが、あのドラゴンを落ち着かせなければなるまい。今にも襲い掛かってきそうだぞ」
「分かった」
私は頷いた。
そして沼の中に足を突っ込んだのだ。
ドリアードさんが言葉にならない叫び声を上げている。
沼は確かに頑固だった。底なし沼じゃないだけましだけど。
とりあえず、なんとか一歩一歩全力で歩いて、ドラゴンに近寄っていく。
ドラゴンが唸り声を上げた。
「え、エレナ!! 其方、何をしておる!!?」
「ドラゴンと話してみる!」
私はドラゴンを真っ直ぐ見つめ、竜語で「はじめまして」と叫ぶ。
上手く言えているかは自信ない。
でも、何も言わないよりはマシ!
ドラゴンはそんな私に敵意むき出しの瞳を丸くして、キョトンと首を傾げた。
『こんにちは。いいお天気ね』
『ぼくの……わかるの?』
ドラゴンから言葉が返ってきた!
よく聞き取れないけれど、私は大きく頷く。
『私はエレナ。私はあなたを傷つけない。大人しくしてほしい』
『にんげんは、うそつきだ』
『私はあなたに嘘をつかない。嘘をついた時、私を食べてもいいよ』
『きみにめりっとがない』
私はにっこり笑った。
『君と友達になりたい。ただそれだけ』
ドラゴンはその言葉に私を警戒し始めた。
『げぼくのまちがいだろ?』
『違う! じゃあ友達にならなくていい! 少しの間大人しくしていれば、私のお友達が助けてくれるから!』
『ともだち?』
『うん。後ろにいる妖精のドリアードさん』
ドラゴンがチラリとドリアードさんを見る。
私は両手の手の平を合わせた。
「お願い、私を、信じて……!!」
「……きゅう」
ドラゴンはその風貌に似つかわしくない可愛い声を出すと、動かなくなる。
私はドリアードさんを見た。
「ドリアードさん! 今!」
「わ、分かっておる! 知らないからな!」
ドリアードさんが両手を広げると、傍に生えていた樹木達に手が生え、
そして沼に入り、ドラゴンの身体を数人(数本?)で持ち上げ、地面に下ろす。
ドラゴンは嬉しそうに首を振った。
「す、すごい! 木が歩いた!! 魔法みたい!」
「何を言っておる。これこそ魔法じゃ。
「凄い凄い!! ドリアードさんは世界一の妖精だね!!」
「なっ!? お、煽てるでない! ……ふふん!」
泥だらけのドラゴンが私に駆け寄り、その頭を私のお腹にすり寄せる。
「あはは、泥だらけだ。お風呂入らないとね。私も君も」
「それなら必要ない。我が清めてやろう。我が僕達よ、ダイエットする時だぞ」
ドリアードさんがそう言うと、歩く樹人達の頭から突然水が噴き出してきた。
私は樹人さんに沼から出してもらうと、その水で泥がみるみる消えていく。
「こやつらは土から吸い取った水分をたっぷり膨らんでおるからな。人間でいう脂肪みたいなものよ」
「すっごーい!!! 凄い凄い! ドリアードさん最高!!」
はしゃぐ私に得意げなドリアードさん。そして嬉しそうに鳴くドラゴン。
ドラゴンの身体から泥は流れ、その湖のような綺麗な皮膚が現れた。
「……綺麗」
「ふむ。子供といってもやはりドラゴン。噂に違わぬ美しさ。一肌脱いだ甲斐はあった」
「ぎゃう」
ドラゴンは私の頬をべロリと舐める。
ちょっと臭いけど、嬉しい。
するとドリアードさんが少し不満げに私の身体を引き寄せた。
「おい、ドラゴン。こいつは我の友だ。貴様にはやらんぞ」
「ぎゃ!?」
「あ、あはは。とりあえず、この子に名前をつけよう。ドラゴンって呼ぶわけにもいかないし……」
私は考える。
名前を考えるのって、意外に難しい。
パパは……どうやって私に名前をくれたっけ。
「うーん。私の名前の意味は光だから、同じ光って意味がいいな……あ、ray! レイは!?」
ドラゴンはもう一度私の頬を舐めた。気に入ってくれたようだ。
レイ。今この瞬間から、それが彼の名前だ。
「しかしドラ……レイをどうするつもりじゃ? こやつは身寄りがないのだろう」
「うーん」
私は可愛らしく首を傾げるレイを見ながら、ある事を思いついた。
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