アムドゥキアスの懸念

 

 私はアムドゥキアス。この魔物の国テネブリスの魔王様の右補佐官である。

 過去、私は人間の奴隷だったが、魔王様に救われたことがきっかけで今ここにいる。


 魔王様は素晴らしいお方だ。

 私達魔族を一年足らずで纏め上げ、国家を作った。

 そしてその圧倒的な強さ。魔力も戦闘力も桁違いだ。

 魔王様に救われた魔族の奴らは大勢いる。そういう奴らが、この「魔王城」で働いているのだ。

 魔王様さえいれば、このテネブリスは安泰。人間などには負けない。


 しかしその魔王様にも、弱点があったらしい。

 ある日突然、魔王様は死にかけの赤ん坊を拾ってきたのだ。


『ま、魔王様!? その赤ん坊は?』

『産まれたばかりだ。この子の母親が己を見逃す代わりにと私に差し出してきた。故に、今から私の娘だ』

『は?』

『私の血には膨大な魔力と生命力が詰まっている。その生命力をこの赤ん坊に注ぎ込む』

『何をおっしゃっているのですか!? 娘!? い、いくら魔王様でも死にかけの赤ん坊をどうにか出来るはずが……!!』


 ──出来た。

 赤ん坊が元気よく泣き出した時は心底驚いたものだ。

 やはり、この魔王様は最強だ。

 赤ん坊に息を吹き返させることなど、他の誰にもできないだろう。


 しかし、だからこそ分からないのである。

 何故、魔王様は娘を欲しがったのだろうか。

 竜人は交尾はするものの、それはただの種族繁栄のため。

 愛など、到底理解できるはずもなく──。


 そして、魔王様の娘──エレナ様はあっという間に十歳になった。

 赤ん坊の頃の世話はそれはもう大変だったが、なんとかここまできた。

 しかしエレナ様のお世話係を務めていて、不思議に思うことがある。

 人間の子供の癖に妙にのだ。

 食事やトイレ、風呂等日常生活の常識はような気がする。

 まぁ、赤ん坊の頃は私が世話をしていたから、それで覚えたのかもしれない。

 魔法などは流石に教えないと使えないようだが……なにか腑に落ちない。

 また、エレナ様はこのテネブリスで育ってきたとは思えない思考の持ち主でもある。


「……魔法って、人を傷つけるものじゃないと思う」

「やられたらやり返す。そんなの、終わりがないじゃない。ねぇ、アムドゥキアス。私って間違ってる?」


 いずれ魔族は人間達と戦うことは避けられないだろう。

 しかし、エレナ様の言葉は、「確かにそうかもしれない」と思わせてしまう何かがあった。

 故に私は、何も言い返すことが出来なかった。

 

 ──結局、魔王様がエレナ様を肩に乗せ、仲良さげに話している様子を観察しながら、私は黄昏ていた。


「なに間抜け面してんのよ」

「あぁ、アスモデウスか。なぁ、アス」

「あ?」

「……“愛”って、なんだろうな」


 私がそう呟くと、アスモデウスが目玉が落ちてしまうのではないかと心配してしまうくらい目を見開いた。


「え、何? 病気?」

「いや、本気で考えている」

「え……きもっちわるいわね。アンタもあのプリンセスに感化されたの?」

「かもしれん」


 ふ、と自嘲しながら、踵を返す。


「愛なんて、アタシら竜人族には分からないもんよ」

「いや、しかし……魔王様が威厳よりもその愛を選んだのだ。俺にも、愛はあるのだろうか」

「愛なんてね、心に余裕がある強いヤツしか持てないのよ」


 ふむ。アスモデウスの言葉も一理あるのかもしれん。


「ふふ、お前とは長い付き合いだな、アス」

「……何が言いたいの」

「お前と殺し合いの喧嘩をした事も何回もあった。だが、それでも俺達はこうして傍にいる。これはエレナ様が言う愛の一つかもしれないな」


 そう言い残すと、私はその場を去った。

 後ろでアスモデウスが「きもっちわりっ!」と私に中指を立てているのが想像できた。

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