第5話 そうめん
まずはゆきなつ神社に来て1日目から書き始めた。
ーーゆきなつ神社に来ました。親せきのおばさんの家です。近くの森で迷子になりました。こわかったです。
ーー今日はおばさんのお手伝いをいっぱいしました。せんたく物がたくさんで大変でした。
ーー今日の夕飯は、に魚でした。すのものは私が作りました。初めて作るけど美味しかったです。
「あれ、日菜多が作ったの。美味しかったね」
「本当はね、煮魚嫌いなの。酸っぱいのも好きじゃない」
「だったらそう書いたらいい」
4日目は森の探検のことが書かれてある。朝に書いたばかりだ。
「ここからだね」
日菜多は鉛筆を滑らせた。8月の初めの空白に狙いを定める。けれど、やはり何を書けばいいか見当もつかない。
「探しに行こうか」
ミノルおじさんに促されて、日菜多は立ち上がった。
森へ歩きながら、話をする。昨日の光の束が綺麗だったと言うと「それを書こうか」と言われた。
なんていい考えだろう!と日菜多はしゃがんで日記の紙を広げた。折った膝を机の代わりにして、書き始める。
「あれ、昨日なんて言ってたっけ。光のきらきらの」
「天使の梯子?」
「そうそれ!」
日菜多はくすくすと笑った。
天使のはしご、と書く。膝の上で書くものだから、酷くよれた、汚い字になった。
「天使ってすごいねぇ。神さまみたい」
「神社だけどねぇ」
ミノルおじさんの相槌は適当だ。
「そういえば昨日ラムネ飲んだんだよ。中のビー玉、とったことある?」
「ねえ、あの木、すごいよ! 低いところに5匹も蝉がいる! 煩いねぇ」
「緑っていっぱい色があるんだね。隣の葉っぱと混じってる色、一つもないもの。昨日気づいたのよ」
「帽子って嫌いなの。髪がベタベタするし、被った方が暑くない?」
「アイス、食べたいなぁ。あのね、家の近くのお店にあるラムネが入ったアイスが好きなの。しゅわしゅわするのよ」
「扇風機がね、煩くて、夜、寝苦しいの。神社の人って夜はクーラー使わないの?」
「この鉛筆のキャラクター、知ってる? 好きなの。だらーんとしてて可愛いでしょう? クラスでも人気なの。シールとかスタンプもあるんだよ」
「ねえ、あの花の名前わかる? なんていうの? ピンクで可愛い」
「そういえば神主さんって何をする人なの? おじさんがお昼に何してるか、私知らない」
日菜多のたわいないお喋りに、ミノルおじさんは歩を進めながら相槌をうつ。質問には必ず答えをくれた。かなり見当違いの答えだったり、早口すぎて聞き取れないこともあったけれど。
そして、返答のあと「それを書こうか」「それを書こうか」とオウムのように繰り返し、その度に日菜多はしゃがんで日記を書き加えた。
「半分超えた!」
「進んだねぇ」
広げた紙はだいぶ黒の陣地が増えている。まだまだ空白の欄は多いけれど、希望が見えてきた。
夢中になって書き加えていったものだから、すっかり日が真上に登っているのに気づき、慌てて家屋へ向かう。
「そうだ、今日の昼ご飯はそうめんだって聞いたよ。美味しかったと書けばいい。それでまた1日埋まる」
手を引かれて走りながら、日菜多は大きく笑った。
「まだ食べてないのに! ミノルおじさんはやっぱりズルい! 大人なのに!」
「おばさんのそうめんは美味しいから嘘にはならないよ。出汁が違うんだ。嘘じゃない」
汗と土でどろどろになって帰ったものだから、おばさんはついに目を剥いて二人を叱った。水を絞ったタオルを放るように渡されてる。
「足を拭ってから入りなさい!」と怒髪天だ。
特にミノルおじさんに向ける瞳は燃えるように激しく、冷ややかだ。
ミノルおじさんも流石に堪えたようで、そうめんを食べている間はいやに静かだった。
日菜多はミノルおじさんとご飯を食べるのは初めてで、どうしてか笑ってしまうのを堪えるのに必死になっていた。
ーー今日のお昼はそうめんでした。冷たくてとてもおいしかったです。ダシが違うらしいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます