第4話血の無い死体
気絶させた四人の兵士を外に寝かせ、私たちは店を後にした。
店の若い女の子に多めに代金を握らせた。
迷惑料がわりだ。
女の子は謝謝と礼を言った。
化粧っけはないが、なかなかにかわいらしい顔をしているではないか。
絶世の美女よりもこういった容貌の女のほうが男うけはよいだろう。
李香蘭になったとき、もてはやされはするが、いいよる男はいなかった。
「この寒空に外で寝かせて風邪とかひきませんかね」
元巡査の早瀬が言う。
どこまでお人好しなのか。
私は少しだけあきれた。
ため息をつく。
「ほうっておけばいいのだ。自業自得というものだ」
吐き捨てるように学は言った。
同感だ。
「それよりも、早瀬。上層部には俺から伝えるから調査に協力してくれないか」
そう言い、学はちらりとうっすらと紫色に染まる瞳を私に向けた。
どうやら同意を得たいのだろう。
早瀬という人物がどの程度かはわからないが学が信頼している人物なら、悪い人間ではないだろう。
こくりと軽く私は頷いた。
「いいのかい。いや、うれしいな。学さんとまた仕事ができるなんて」
にこやかな笑みを浮かべ早瀬は言った。
調査の手始めとして、被害者の死体の状況を確認することにした。
血がすべて抜かれているという死体を見に行くのはあまり気乗りしないが、これも仕方あるまい。
四体の亡骸は帝国陸軍が接収したとある病院にあった。
警備中の兵士に松井司令官からの指示であると伝えると安置所がわりにつかわれている病室に案内された。
そこには四体の死んだ人間と一人の生きた人間がいた。
よれよれの白衣を着た丸メガネの男だ。癖の強い黒髪が妙に湿っているのが、不快な印象をあたえる。口元は笑っているが白目の多い瞳はいっさい笑っていない。
この男を私はしっている。
「石井本部長、なぜ、あなたが南京にいるのですか」
と私はその男に聞いた。
関東軍給水防疫本部長石井四郎。
それが彼の役職である。
なにかといわくのつきまとう通称731部隊長が彼である。
人体実験を上層部に打診し、却下されたの噂がある。
あくまで噂である。
だが、絵にかいたようなマッドサイエンティストの風貌をしているため、噂は信憑性をもちつつある。
本拠地は満州である彼が南京にいるのはおかしい。
「かなり興味のある事件がおきてるじゃないか。私の知的好奇心がくすぐらてね、南京まできたのだよ」
ぐふふとふくみ笑いを発しながら石井四郎は言った。
「君たち、あの死体を見にきたのだろう。これはかなり面白いものだよ」
そう石井四郎はいうと私たちを死体を安置しているベッドを見せた。
四つのベッド。
茶色い布に包まれていた。
そのうちのひとつを果物の皮を剥くように石井四郎は、布を剥がした。
そこには干からびた死体があった。
あまりに枯れはてているため、性別や顔かたちがわからない。
かのエジプトの木乃伊のようだ。
私たちはじっくりとその死体を眺める。
「致命傷はこの首筋の傷のようですね」
早瀬は言った。
「刀か剣で切られたような傷だな。なかなかに見事なものだ」
と学が続く。
「どうやら、彼らは刀剣によって斬られ、その後、全身の血液を抜かれたようだね」
石井四郎がそう説明した。
「つかぬことを聞きますが、石井本部長、あなたなら死体からこのように血液すべてを抜き取ることは可能ですか」
じっと白目の多い石井四郎の瞳を見ながら、私は聞いた。
「なに、造作もないことだよ。私でなくても我が部隊の一番経験の浅い隊員でもこれぐらいはやってのけるね」
はははっと後に高笑いをつけながら石井四郎は言った。
私たちは病院を後にした。
「いやあ、今日は来客が多いね。なんのようだい、南部くん」
石井四郎は私に向かってそう言った。
「本部長、その後どうですか」
「彼らの計画、面白いと思うが、どうもコストパフォーマンスが悪いような気がするね。僕がドイツと進めている機械化兵計画のほうがずっと合理的だよ」
「そうですか……」
そう言い、私は彼のもとを去ろうとすると
「そうそう、僕は君が何者かなどは気にしないよ。僕が興味があるのは科学の進歩と帝国の勝利だけだからね」
「どうでしたか?」
と学は私にきいた。
南部法介に変装し、石井四郎からなにか情報を聞き出そうとしたが、かんばしくはなかった。何かを知っているのは確かだが、深くはかかわっていないようである。
「なぜ、死体から血液を抜き取ったのでしょうか」
誰ともなしに早瀬はきいた。
「姉さんは覚えがあるはずですよ。血液を材料にした魔術道具の存在を……」
ずれたサングラスの位置をなおしながら、学は言った。
「学、君は賢者の石がつくられたというのかい」
紫色の彼の瞳を見ながら、私は言った。
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