第46話 番外編2-2 弥生さんと上条兄弟

 弥生は、大悟の本宅の大きさに、ただただ茫然と屋敷を見上げた。


「ここはね、月子さんの家ね。月子さん、会社やってるから」


 父親はヒモ……ということだろうか?


 父親と月子の関係、父親と母親の関係、その他女性との……、日本の結婚形態からは全くもって想像し難い。


「ほら、中に入ろう」


 屋敷に入ると、バタバタと子供が走ってきて大悟の足に張りついた。


「父様お帰り! 」

「ただいま。美月、こっちのお姉さんは弥生だよ。美月のねえねだからね」

「ねえね? 」


 美月はまさに天使のような笑顔を浮かべると、弥生に向かって両手を広げた。

 弥生は、握手をしたものか悩んでいると、大悟がクスッと笑って耳打ちした。


「抱っこしてあげて」


 弥生が美月を抱き上げると、美月はびったりと弥生に抱きついた。


「ねえねだ! 」


 美月は、弥生の胸に顔を埋める。


「美月は甘ったれだ。」


 大悟が美月を引き離そうとすると、美月はより弥生に抱きついた。


「みーちゃん、父様は? 」

「ねえね! 」


 美月は離れようとしない。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 大悟より少し年上の男性が、大悟に頭を下げた。


「村井さん、ただいま。他の子供達は? 」

「皆様お部屋においでです。お呼びいたしますか? 」

「うん、じゃあリビングに」

「わかりました。美月ぼっちゃま、村井とお兄様方を呼びに参りましょう」

「うん! 」


 美月は素直に弥生から降りると、村井の手を引いて歩いて行った。


「彼はね、月子さんの秘書兼うちの執事みたいなことをやってくれているんだ。困ったことがあったら、彼に相談するといいよ」


 大悟は弥生をリビングに連れてくると、高そうなソファーに座らせた。

 リビングだけでも、弥生のアパートの部屋の三倍以上ありそうな広さで、調度品も触るのが躊躇われるくらい高価そうな物ばかりだった。


「父さんお帰り! 」


 一番に部屋に駆け込んできたのは、小学生くらいの少年だった。顔つきは美月とそっくりで、見るからに父親大悟のDNAを受け継いでいるようだ。


「皐月、弥生だよ。君達の姉さんだ」

「こんにちは! 」


 あまりに元気な挨拶に、弥生は多少戸惑う。


 この子は、腹違いの姉だとわかっているのかしら?


 小五といえば、もう子供の作り方だって理解しているだろうし、弥生の存在がどんな事かもわかっているはずだが、目の前の皐月からは嫌悪感とか、悪意のような物は感じられなかった。

 多少の反発は覚悟していた弥生からしたら、肩透かしをくらったような気分だ。


「あの、よろしくね」


 弥生が手を出すと、皐月は抱きついてきた。


「うん、美月の言った通りだ! 」

「美月君? 」

「美人でボインなお姉ちゃんができたって! 」

「こら、皐月! 」


 皐月はケラケラ笑いながら弥生から離れると、改めて弥生の手を両手で握っとブンブン振った。


「美人な姉さんは大歓迎だよ。でも、勉強は勘弁ね」


 天真爛漫って、どんな意味だったっけ?


 弥生は、兄弟達のことを説明した時の大悟の言葉を思い出していた。


 天使みたいな子に、天真爛漫でおおらかな子。

 なるほどなるほど。

 では、もう一人の弟は?


「睦月は? 」

「勉強中だって。弥生姉さん、来て来て。」


 皐月は、弥生の手を引いて引っ張って、一階の一番端にある睦月の部屋に連れて行った。


「睦月兄さんの部屋はここ」


 皐月は弥生をその場に放置して、走って行ってしまった。


 兄弟達の家庭教師を頼まれているのだから、勉強をみた方がいいのだろうと思い、弥生は控え目にドアをノックした。


 返事はない。


 ドアをもう一度ノックし、ドアに手をかけた。

 ドアを開けると、目の前には抱き合う少年と少女が……?!

 明らかにかなりハードなキスをしており、少年の手は少女のスカートの中をまさぐっていた。


 弥生は硬直してしまい、ドアを閉めることも忘れ、ただその様子をポカーンと眺めた。


 確か、中二とか言ってなかったっけ?!


 少年は、キスをしたまま目を開けると、弥生に向かって手をヒラヒラ振った。

 弥生は、硬直から溶けてドアをおもいきり閉めた。


 難しい年頃……?

 いやいや、あれはダメでしょ!

 かりにも中学生なんだから!


 弥生は、今度はかなりドンドンとドアを叩いた。

 ドアは開き、中学生にしては大人びた少年が顔をだす。

 きつめな目付きは、月子似だろうか? 中二と聞いていなければ、年上だと言われてもうなずけた。


「弥生さんだよね」

「そう、ちょっといいかしら? 私はあなた達の家庭教師としてこのおうちにお世話になることになったの」

「腹違いの姉さんでしょ? 別に家庭教師はいらないんだけどな」

「勉強中って聞いたんだけど」

「勉強してたよ。保健体育」


 睦月は特に悪びれる様子もなく、笑顔で対応する。


「それは教科書で勉強なさい! とにかく入るわよ」


 中に入ると、少女は窓から逃げていなくなっていた。


「あなたの友達は、窓から出入りするの? 」


 睦月は肩をすくめる。


「このことは誰にも言わないから、こういうことするのはもうやめなさい。何かあってからじゃ遅いのよ」

「何かって? 」

「子供とか……」


 弥生は言葉を濁す。


 そりゃ、中学生くらいになれば女性に興味も湧くだろうし、彼女ができればやりたいことは沢山あるだろう。

 弥生の学校でも、彼氏との間に子供ができて中絶した……なんて話しを聞かなくはない。


「そんなヘマはしないよ」


 睦月は、シレッと言う。


「ヘマって……。もしもってのはいつだってあるの! あなた、彼女が好きじゃないの? もし子供ができたら、責任とれないでしょう? 相手が好きなら、ちゃんと考えないと! 」


 初対面とは言え、半分血が繋がった弟だという意識からか、弥生は説教してしまう。


「好き……ではないな。彼女じゃないし」

「はい? 」


 弥生は睦月を見上げた。彼はすでに、弥生よりもかなり身長も高かったから。


「この間、ナンパされてさ。家くるって言うから。名前もわかんないや」


 睦月は、あっけらかんと笑う。

 弥生は拳を握りしめ、心の中で叫んだ。


 この子に教えなきゃいけないのは、算数や英語じゃないわ。道徳よ!!


 この時から、睦月の女関係の後始末は弥生の担当になった。

 弥生の道徳的指導は、果たして睦月の心に響くのか?


 響かないかもしれない。


 ある女性に会うまで、弥生の苦労は続きそうである。

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