第45話 番外編2-1 弥生さんと上条兄弟

 明日か……。


 弥生はスケジュール確認を行いながら、疲れた目を押した。

 明日、社長の……腹違いの弟の結婚式である。

 睦月は前日までバリバリ仕事をこなし、さっきご機嫌に新妻の待つマンションに帰宅していった。


 全くあの子は昔から手がかかるんだから。


 弥生は、帰宅準備をしながら初めて睦月と会ったときのことを思い出していた。


 弥生の母はいわゆる愛人であり、戸籍上はシングルマザーとして弥生を育てていた。

 日陰の身……というわりにはあっけらかんとし、何より幸せそうだった。毎日元気に働き、弥生にも弥生のDNA上の父親にも、愛情いっぱい注いでいた。

 そのせいか、弥生にも愛人の子供という意識はなく、母も父も同様に大好きだった。父は、週に一回は泊まりにきていたし、弥生が病気の時などは、仕事で休めない母の代わりに弥生の面倒をみてくれた。学校行事にも必ず参加してくれていたので、周りも弥生の家がシングルだとは思っていなかったくらいだ。


 そんな弥生の母親が交通事故で急死したのは、弥生が17の夏だった。


 泣くことも忘れ、茫然としていた弥生に寄り添ったのは父親の大悟であり、母親の葬儀から墓の手配などの全てを取り仕切ったのは、大悟の本妻の月子だった。


「弥生さん、あなたはまだ高校生です」


 葬儀などが全て終わり、火葬されたお骨を前に、弥生の前に月子が正座して座った。


「はい……」

「未成年のうちは、その責任は親にあります」


 弥生は、その唯一の親である母親が入った骨壺を見ながら、何も考えられず、ただ無表情でうなずいた。


「あなたの父親は、ここにいる大悟さんです。そして、大悟さんは私の夫でもあります」

「月子さん、優しくね。優しく話してね」


 大悟は、弥生の手を握りながら、オロオロと月子と弥生を見る。


「私は十分優しいですよ。弥生さん、あなたの母親は亡くなりました。私はあなたの母親になる気はありませんが、あなたの面倒は見ようと思います」


 弥生は、月子の言っている意味がわからず、月子の顔を見つめた。


「あなた、天涯孤独とか思ってる? 残念ながら、天涯孤独どころか、兄弟姉妹がウジャウジャいるわよ。とりあえず、私の子供が四人、あなたの兄弟よ。あなたみたいに他の女性のところにもあと三~四人いたかしら? 」


 大悟はそしらぬ顔をする。

 弥生は、母親の死というショックを一瞬忘れた。


 兄弟がいる?

 しかも愛人の子供は私だけじゃない?


 弥生は、手を引っ込めて大悟に軽蔑の視線を送る。


「月子さーん、それ今言うこと?! 」

「あら、真実は早く知ったほうがいいわ。あのね、この人はこういう人なの。でも、だからってこの人の愛情が違うところにあるわけじゃないのよ。減らずに増えるだけなのね」


 月子の瞳は、大悟に対する愛情をうつしていたし、その眼差しは生前母親が父親に向けていたのと同じものだった。


「あなたは……それでいいんですか? 」


 愛人の子供が言う言葉ではなかったかもしれない。しかし、月子はフワリと微笑んでみせた。


「私に対する愛情が減らない限りね」


 弥生は、この女性には敵わないと思った。人間としての器の大きさを感じた。


「うちの子供はみんな男で、上から葉月、睦月、皐月、美月よ。一番上は大学生で、うちにはいないけどね。睦月は中二、皐月は小五、美月はまだ幼稚園よ。男ばかりでむさ苦しいかもしれないけれど、あなたが一人立ちできるまでうちにいるといいわ。もちろん、学費の援助もしますから、大学まで行きなさい」

「でも……」

「気にすることはないわ。もしどうしても気になるのなら、うちの子供達の家庭教師をしてちょうだい。あなた、成績がいいようだから。その報酬として、衣食住の確保と学費の援助と思ってもらえればいいわ」


 月子は、それだけ言うと立ち上がり、大悟の頬にキスをした。


「後はあなたに任せるわ。私は帰りますからね」

「うん、仕事で忙しいのにありがとう。助かったよ」

「じゃあ弥生さん、早いうちにうちに引っ越してらっしゃい」


 月子はアパートの部屋を出ていき、部屋には大悟と二人になった。


「あのね、美月は天使みたいに可愛い子だから、すぐに仲良くなれると思うよ。皐月は天真爛漫って言うか、少しおおらかなとこがあるけどいい子だから。睦月は、ちょっと難しい年齢で……でも優しい子だ。葉月はしっかりしてるし、穏やかな子だよ。うん、みんな仲良くできると思うんだ」


 大悟は弥生の不安を減らそうと、オロオロとしながらも、必死に弥生に話しかけた。


「大丈夫よ、父さん。お世話になります」


 弥生は大悟に頭を下げた。

 その途端、涙がボロボロと溢れる。

 母親の死という現実が、初めて弥生の心に降りてきたのだ。


「うん、うん、いっぱい泣きなさい」


 大悟は一晩中弥生を抱き締めた。

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