第44話 番外編1-2 ある日の美月君

「ようこそ、シェアハウスへ! 」


 それは、大学近くの一軒家だった。

 楓の父親の持ち家で、三人が大学に受かったときに、楓にプレゼントされたものだった。五LDKの豪邸で、三人は二階の三部屋を一室づつ使っていた。


「へえ、ずいぶんキレイに使ってるんだね。お手伝いさんくるの?」


 玄関を開けた途端にいい香りがし、玄関には花も飾られていた。


「こないよー。大学生になったんだから、自分のことは自分でしなさいって、パパが」

「うちも! 最低限の生活費しかくれないから、バイトしてみたけど、なんの足しにもならないからバカらしくて」


 玲香の言う最低限の生活費とは、普通の家庭の収入より多いのだから、女子大生ができるバイトで手にするお金など、確かにカスみたいなものかもしれない。


「じゃあ辞めればいいじゃん」

「仕事っていうのは、そんなにお気楽なもんじゃないの」

「なによー、偉そうに」


 美鈴がプクッと膨れる。

 楓が美鈴の頬を両手で挟んで、膨れた頬を潰す。


「ほらほら、ちゃんと靴をかたして入ってね。脱ぎっぱなしはダメよ」

「わかってますよーだ! 」


 各々シューズボックスが決まっているようで、脱いだ靴をきちんとしまっている。


「入って、入って! 」


 美鈴が美月の腕を引っ張り、楓が美月にスリッパを出す。玲香が美月の脱いだ靴を揃えていた。


 リビングに行くと、白で統一された家具はピカピカで、まるで夏希が掃除したかのように、ゴミ一つ落ちていなかった。


「ほんとに、ハウスクリーニング入ってないの? 」

「うん。分業でみんな得意なことやってるの。美鈴は料理が好きだから料理担当、掃除は私、洗濯は玲香。まあ、各自の部屋は自分でだけどね」


 三人揃って夏希レベルということか。

 それでも凄いや!


 美月は三人をみなおした。

 三人共、そこそこのお嬢様で、とても家事炊事ができるとは思わなかったのだ。

 最近、家庭的な女性に強く憧れを持つ美月にとって、これはかなりなプラスポイントだった。


「ご飯作るよー。美月は嫌いなものは? 」

「ないよ、何でも食べれる」

「OK、二人共、ご飯作ってる間、お触り禁止だからね! 」

「美鈴じゃないんだから」


 美月をソファーに座らせると、玲香は二階へ洗濯物を取りに行き、楓は拭き掃除を始めた。


「美月、麦茶でいい? 」

「うん」


 美鈴が、夕飯の支度をしながら、美月にお茶を持ってくる。


「どう?美鈴ちゃんのエプロン姿。そそられるでしょ」


 ピンクフリフリのエプロンは、小柄な美鈴に似合っていた。


 夏希のこざっぱりしたエプロンとは違うな。


「それ、どこで売ってるの? 」

「これ、特注だよ。なに、美月、エプロン欲しいの? 」

「いや、義姉さんにね」

「そっか、お兄さん結婚したんだよね。美月、新婚家庭に同居でしょ?エローい」

「エロいのは美鈴の頭よ」


 楓がクイックルワイパーの柄で美鈴の頭を小突く。


「だって、エプロンと言えば裸にエプロンじゃん。新婚さんだし。美月が見たかったら、私、頑張っちゃうよー」

「バカ美鈴、ご飯焦げるよ」


 美鈴はテヘッと舌を出すと、キッチンへ戻って行った。


「でもさ、新婚家庭って、やっぱり居づらいんじゃない? 」

「声とか筒抜けだしね」


 玲香が洗濯籠を持って降りてきた。

「玲香! 」

「だって新婚さんでしょ? 」


 玲香は手際よく洗濯物をたたみ、アイロンがけまでスムーズだ。


「ちょっと玲香、下着までここでたたまないでよ」


 楓が慌てて下着を隠す。


「別にいいじゃない。下着どころか、上から下までスッポンポン見られてるわけだから」

「あんたは情緒がなさすぎ! 」

「美鈴よりはマシだと思うけど。ね、美月、この下着可愛いでしょ。三人お揃いなの。色違いでね」

「こらこらこら」


 楓は下着だけ奪いとると、バタバタと二階へ駆け上がる。


「ちゃんとたたんでしまってよ!」


 玲香がアイロンをかけながら叫ぶ。


「アイロン、上手だね」

「まあね。アイロンがけ大好きなの。このピシッとなるとこがいいよね。洗濯物も、キレイにたたまれると気持ちいいでしょ? 」


 確かに、玲香の持っているハンカチは、いつもピシッとアイロンがかかっていた。


「みんな、家にいる時からちゃんとやってたんだな」


 夏希が頭を抱えるくらい全てやりっぱなしの美月は、素直に感心した。


「そりゃ、美月のとこみたいに専属のお手伝いさんがいるわけじゃないからね。でーきた」


 玲香はたたんだ洗濯物を、各自の部屋に持っていく。

 玲香と楓が騒がしく降りてきた頃、いい匂いがしてきて夕飯が出来上がった。


 美鈴の作った料理は、夏希のものよりは見栄えは悪いものの、味付けは同レベルだった。大雑把な性格からか、大皿料理が多く、盛り付けもあまり気にしていないからかもしれない。これで盛り付けをきちんとした性格の楓がすれば、夏希の料理とタイを張っていたことだろう。


「うまい! 美鈴の作ったお菓子は食べたことあったけど、料理もうまいんだな」


 美月が誉めると、美鈴は頬に両手を当ててぶりっこポーズをとる。

「ウフフ、いつでもお嫁さんにいってあげるよ」

「あんたみたいに料理だけの嫁じゃ、埃で死んじゃうわよ」

「そんなことないもん。楓が掃除するから大丈夫だもん」

「あんたね……」


 楓が呆れたように美鈴を小突く。


「ね、美月。まじで三人お嫁さんにしてよ。また三人彼女でいいじゃん」

「あのね、日本は重婚は犯罪よ。まあ、彼女はOKだけど。」


 玲香まで話しに乗ってくる。犯罪にはならないけれど、OKでいい話しなのだろうか?


「ちょっと止めなさいよ。話し合って、みんなで別れたんじゃない。」

「楓はいい子ちゃん過ぎ!楓だって、美月とより戻したいくせに。」

「そりゃ…。」


 いっきに食卓が静まりかえってしまう。


「あのさ、僕は今だってみんな好きだよ。でもさ、兄さん達夫婦を見て、一人の人に絞るのもいいかなって。義姉さんみたいな女性が素敵だなって思うようになったんだ。」

「義姉さんって、どんな人なのよ?」

「うーん。家事とか完璧で、兄さん一筋で、倹約家?とにかく地味な感じ。」


 三人は、あまり素敵な人物像を想像できなかった。


「家事なら、三人揃えば完璧だわ。」


 玲香が言うと、美鈴もウンウンとうなづく。


「それに、美月一途だよ!生まれてから、美月しか知らないんだから!」

「あなた達、地味ではないわよ。」

「いいの、そこは楓の担当で。」

「そうそう。いまどき黒縁眼鏡って、地味そのものだし。」

「あなた達ね…。」

「美月の好みなんだから、そこは胸を張って地味を通してよ。」


 話しがどれだけ楓が地味かって話しにそれていく。


 幼稚園の時のクリスマス会の配役から始まり、小学校の臨海学校の時の寝間着のガラ、中学校の時の私服のセンス等々…。

 幼馴染だからか、ダメ出しが半端ない。


 最後には、楓が涙ぐんでしまう始末だ。


「こらこら、泣かせたらダメでしょ。」


 美月が楓をヨシヨシとする。


「ずるーい!楓ばっか。」

「そうよ、地味が美月の好みだから、アピールしてあげたんじゃないの。」

「あれはこけおろしたって言うの!」


 美月は、泣いている楓の唇にチュッとキスをする。

 楓がコテンと美月の胸に顔を埋めた。


「ズルイ!ズルイ!ズルイ!」

「はいはい、後でね。楓、落ち着いた?」


 楓はこっくりうなづく。


「私も!」


 玲香が美月の顔をグイッと引き寄せて、ブチュッとキスをする。


「ダメー!次は私!」


 美鈴が玲香から美月を引き離すと、熱烈に舌を入れてきた。

 玲香は負けじと美月の身体に覆い被さる。


「ちょっと、あなた達、止めなさいってば!はしたないわよ! 」

「ギブ、ギブ!ストップ!」


 口の回りはよだれだらけ、洋服は捲し上げられ、ズボンはジッパーまで下げられ、あられもない姿になった美月は、二人を押しやった。


「今日は楓と寝ます!二人共反省しなさい!」

「えーっ!」

「えーっ!」


 美月は、楓の肩を抱いて二階へ上がる。


「私だけじゃ二人が可哀想。後で二人とも…ね?」


 美月はうなずくと、楓の部屋に入って行った。


 こうして、またもや彼女が三人に戻ったわけである。





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