第41話 最終話までカウントダウン1

「ねえ、なんで黙ってるの? 」


 夏希は、手を握ったまま黙っている睦月に笑いかけた。

 怒っている? ……わけではなさそうだけれど、眉の間に深い皺を寄せて、何やら不機嫌そうに見える。社員であるならば、こんな表情の睦月には近寄らないだろう。


 記念日でもないのに豪華なディナー、不機嫌な睦月……。

 夏希は、もしかして! と、悪い方向に考えが進んでいく。


 私が睦月さんを満足させられないから、私に愛想を尽かしたんじゃ?!

 まさか、離婚したいとか、言い出せずにいるんじゃ……。


 夏希の目にジワーッと涙が浮かんでくる。

 いきなり涙目になる夏希に、睦月は慌ててしまう。


 なんで泣くんだ?!

 まさか、やっぱりまだ……。

 いや、思い込みはダメだ!


 睦月は、夏希の頬に手をやり、軽くひねった。


「いちゃいれす( 痛いです )」

「なんで泣くんだ? 」


 睦月は、頬から手を離し、涙を拭いてやる。


「だって……、離婚じゃないの?」


 夏希の目から、ボロボロと涙が溢れる。


「はあ? なんで? 」

「違うの? 」

「夏希は、離婚したいのか? 」


 夏希は大きく首を横に振る。


 どうやら、また何か勘違いをしているようだ。


「行くぞ」


 睦月は、ウェイターを呼び、チェックのサインをすると、レストランから出てエレベーターに乗った。夏希は、そんな睦月の後について行く。


「帰るの? 」


 睦月は、無言でエレベーターのボタンを押すと、一階下で下りた。

 夏希の手をつなぎ、説明もしないまま、廊下をズンズンと歩く。


「睦月さん……? 」


 睦月は、カードキーをポケットから取り出すと、部屋のドアを開けて中に入る。


「ここは? 」

「ロイヤルスウィートだな」


 扉を開けて正面に豪華なリビングがあり、リビングの窓からは夜景が見下ろせた。調度品は全て高そうで、まるで貴族の屋敷にありそうな物ばかりだ。

 寝室が二つあり、一つはキングサイズのベッド一つが、もう一つにはセミダブルのベッドが二つあった。どちらの部屋からも、やはり夜景がばっちり見える。

 キッチンやウォークインクローゼットもあり、風呂がまた凄かった。ガラス張りの浴室で、やはり夜景を堪能できるようになっており、二人で浸かってもまだ余裕がありそうなくらい広い。トイレなど、なぜか二つあった。


「凄い! 凄い! こんなの、テレビでしか見たことないわ。見て、睦月さん。夜景凄いよ! たっか! 」


 夏希は、部屋の豪華さに、さっきまでの涙は引っ込み、部屋中を探索して歩いた。


 睦月は、リビングのソファーに座り、興奮して歩き回る夏希を見ながら、テーブルに用意されていたシャンパンを開けた。

 ポンッという音が響き、夏希は睦月を振り返って見る。


「勝手に開けていいの? 」

「頼んでおいたやつだ。ほら、これも食べていいぞ」


 果物盛り合わせと、チョコレート盛り合わせを指差した。


「ルームサービスって高いんじゃないの? 」

「気にするな。おまえの旦那は、そこそこ稼ぎはある方だ」


 夏希は、睦月の隣りに腰を下ろすと、生チョコを一つ口に入れた。


「もしかして、今日は泊まり? 」

「そのつもりだ」


 夏希は、睦月をじっと見る。


 いまだに不機嫌そうな表情は変わらないけれど、まさか泊まりで離婚話しもないだろう。しかも、ロイヤルスウィートで。

 いや、ここだと泣いても騒いでも回りには迷惑かからなそうだし、もしかして修羅場を予想してのロイヤルスウィート?


 夏希の表情が険しくなっていくのを見て、睦月は夏希のことを抱き寄せ、激しく唇を吸った。

 夏希の頬が紅潮し、身体の力が抜けていく。もう険しい表情はしていない。


「聞いてもいいか? なんでさっきは離婚なんて話しがでてきたんだ? 」


 まったり夏希とキスを楽しんだ後、夏希のおでこにキスをして聞いた。


「だって、記念日でもないのにホテルでディナーなんて、何か大切な話しでもあるのかと思ったの。睦月さん不機嫌だったから、愛想を尽かされたんだって思って」

「なんで、俺が愛想を尽かすんだ? 」


 夏希は、ポッと頬を赤らめる。


「睦月さんを満足させてあげれないから」

「満足……ってなんだ? 」


 セックスできないことだろうか?


 夏希は恥ずかしそうにうつむきながら、小さな声で話す。


「だって、セックスしてないから、たまったらださないと……って、言ってたじゃない? 」


 たまったらだす?

 ……って、あれか?

 一人Hの話しのことか?


「最初は、浮気して発散してるのかと思ったんだけど……」

「してないから、浮気なんか! 」


 睦月は、夏希の肩をつかんでおもいっきり否定した。


「うん、それはわかってる。弥生さんに聞いたから。で、たまったらどうするのかって考えたら、性感マッサージ的な風俗のお店に行くのかな? って。浮気も絶対イヤだけど、そういうお店もイヤだなって思ったの。なら、そういうお店に行かなくてもいいように、私が頑張ればいいのかって……」


 夏希の顔はどんどん真っ赤になっていき、声も聞こえないくらい小さくなる。


 なるほど……、それであの残酷なサービスになったわけか。


 睦月は、最初は小さく肩を震わせ、徐々に我慢できなくなって爆笑になった。

 夏希は、真っ赤な顔のまま、睦月の胸を叩く。


「もう! 笑わないでよ。恥ずかしいんだから! 」

「悪い。可愛いなって思って」

「なら、なんで笑うのよ」


 睦月は、笑いながら夏希を抱きしめた。


「あのな、俺は浮気もしてなければ、風俗にも行ってない。行くつもりもない」


 まあ、行こうか……とは考えたが、それは言わなくていいだろう。


「そうなの? 」


 夏希は、ポカンとして睦月を見上げる。


 じゃあ、私が頑張ってしていた恥ずかしい行為は……?!


「あの、じゃああの会話は? 何の話しだったの? 」

「まあ、その……、中学生レベルの話しだよ」


 夏希は、わからないと首を傾げる。

 睦月にしたら、三十路手前の男が、好きな女を抱けなくて一人Hしてるなんて、恥ずかしくて言えたものじゃない。


「そこは、全然気にしなくていい。というか、逆に気にしないでくれ。夏希を裏切るような話しじゃないから。第一、夏希とセックスできれば、何も問題ないわけなんだが……」


 睦月は、探るように夏希を見る。

 もう、推測することは止めた。直に聞けばいい。

 睦月は、一つ咳払いをする。


「俺とできると思うか? 」


 最初から聞けば良かったんだ。


 睦月は、夏希の答えを待った。

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