第37話 最終話までカウントダウン5
「じゃあ、帰る前に部屋寄れよ」
「わかった」
「なっちゃん後でね! 」
お土産を持った夏希は、会社の前で車を止めてもらった。美月は車に乗ったまま手を振り、夏希を下ろした睦月は、そのまま会社の駐車場に車を止めに行く。
夏希は、入り口の警備員に会釈をして会社に入ると、受付に軽く手を振った。
今受付に座っている受付嬢も仲良くなった一人だった。
「旅行に行ったお土産持ってきたの。受付のみんなで食べてね。どこに持って行けばいいかな? 」
「新婚旅行ですよね? ご結婚、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をされたので、夏希もお辞儀を返す。
「社長夫人なんだから、受付にお辞儀なんかしたらダメよ」
お辞儀をしたまま、受付嬢の沙也加がボソッと言う。
「そうなの? 」
「そうなの! 」
沙也加は頭を上げると、にこやかに微笑んだ。
「受付は総務課になりますが、よろしければ、こちらでお預かりいたします」
「そう?じゃあ、みんなで食べてね」
「ありがとうございます。……あとでラインするね。」
沙也加はお土産を受け取りながら、小さくつぶやき、目立たないように手を振った。
「うん、じゃあ。秘書課にも行ってくるね」
夏希は、最上階直通のエレベーターで最上階に行くと、第一秘書課を覗いた。
フレックスタイムは秘書課には適応されていないのか、まだ九時前だというのに、ほぼ全員といっていいくらいの人数が出社していた。
夏希が弥生を見つけたのと、弥生が夏希に気がついたのは、ほぼ同時だった。弥生は軽く会釈し、夏希の所へやってくる。
「ご結婚、おめでとうございます」
「ありがとうございます。これ、新婚旅行のお土産なんです。こっちは弥生さんに。こっちの大きいのは秘書課のみなさんで」
「まあ、ありがとうございます」
夏希は、お土産を弥生に渡すと、気になっていたことを聞いてみた。
「あの、昨日、うちにきてくれたのって、弥生さんですか? 」
「はい、私と数名の秘書でお邪魔いたしました」
弥生は、辺りをキョロキョロ見ると、声をひそめた。
「下着の間に隠してあった指輪、同じようにしてありますので。でも、金庫に保管したほうがよろしいかと思います」
夏希は、婚約指輪を隠していたのを忘れていた。
下着なども移動してもらったわけだから、チェックしなければいけなかったのに。
「ありがとうございます。あの、弥生さん以外の人って……」
夏希は、秘書課の中にいる清香に視線を向ける。
夏希が聞きたかったのは、山下清香が家に来たかどうかだった。彼女だけには、家に上がってほしくなかったし、睦月の衣類などにも触ってほしくなかった。
マリッジリングを右手でいじりながら、消化しきれない思いが溢れてくる。
睦月と一緒にいる時は、自分を選んでくれたんだと思えるが、清香を目の前にすると、気になってしょうがなかった。
「ちょっと、よろしいですか? 」
夏希の見ている先に、清香がいることに気がついた弥生は、一階下の誰もいない会議室に夏希を連れてきた。
「山下のことが気になっているんですか? 」
単刀直入に聞かれ、夏希は正直にうなずいた。
「差し支えなければ、どうして気になったのか、教えていただけますか? 」
夏希は、唇を噛んでうつむいたが、弥生の優しい視線に、ポツリポツリと話し出した。
睦月から香水の香りがしたこと、同じ香水を清香がつけていたこと、清香に言われたことなどを話した。そして、自分と睦月がまだ関係を持っていないことを暴露し、睦月とした浮気( 睦月的には一人H )についての会話で、睦月が浮気( 睦月的には一人H )を認めるような発言をしたと、涙をためながら話した。
弥生は、正直驚いた。
睦月が社長になる前から、専属秘書をしてきた。実際には、もっと昔からの付き合いではあるのだが。つまり、どれだけ睦月が鬼畜……いや来る者拒まず、女性にルーズであるか見てきたのだ。何度、睦月の後始末をしてきたことか。あの睦月が、夏希に手を出していないとは……。
それだけ、夏希に本気ということで、山下清香ごとき女に手を出して、夏希を泣かせることなど、絶対にあり得ない。
第一、弥生が睦月に清香とのことを聞いたときは、完全否定していたのだから。
「それは完璧に夏希さんの勘違いだと思います。いえ、断言できます」
「えっ? 」
夏希の涙が引っ込む。
「まず、社長がそんなことをするだけの時間、一人の社員と二人っきりでいたなんてことはありません。夏希さんから山下のことを聞かれた日は、私も覚えておりますが、あの日は私も泊まりでしたし、山下が夜中に抜け出したということもありませんでした」
「でも……」
「わかりました。こちらで、少しお待ちください」
弥生は、会議室に夏希を残し出ていった。
三十分くらいたっただろうか、弥生が会議室に戻ってきた。その後ろには、ふてくされた表情の清香を連れて。
「本人に確認しましたが、やはり何もなかったようです」
「あの……」
夏希は、弥生と清香を交互に見る。
「あの夜は何もなかったわよ」
ブスッとしながら清香は言う。
「山下! 」
弥生に睨まれ、清香はさらに頬をふくらませる。
「誘っただけよ。そうしたら、彼女で間に合ってるって断られたのよ。前の婚約者のときは、相手がいようがいまいが関係なかったのに! 」
「山下!! ごめんなさい、夏希さん。この子、本当に一言余計で。山下、本当に部署替えもあるわよ! 」
「弥生さーん、酷いです! 正直に話したら、不問にするって言ったじゃないですか! 」
「よく考えてから発言なさい! 社長が知ったら、即解雇よ」
「そんな……」
弥生は、清香に頭を下げさせた。
「本当に申し訳ございません。私からもきつく言いますので、社長には……」
弥生も。頭を下げる。
「弥生さん! そんな、頭上げてください。誤解だってわかったんですから、それで十分です」
「社長付きからは外しますから」
「えーッ! ……まあ、いいか。弥生さん、今度は副社長付きにしてくださいよ」
「この子は……」
弥生は、頭に手を置いてため息をついた。
「ご結婚、おめでとうございまーす。私とのことは過去のことなのでお気になさらず。第一、彼女だったわけでもありませんし、今は全く相手にされていまそせんから。じゃあ、仕事に戻りまーす」
清香はアヒル口で営業スマイルを浮かべると、さっさと会議室から出ていってしまった。
ターゲットはもう代えたとばかりのさっぱりした態度に、夏希は怒るというより呆れてしまった。
「本当にごめんなさい。ああいう子なんです。性格的には問題あるんだけど、仕事は有能なのよ。喋らなければ……ね」
「た……いへんそうですね」
「わかってくれる?! 」
弥生は、大きなため息を再度つくと、お土産ありがとうございましたと言い、仕事に戻っていった。
睦月は浮気をしていなかった!
まだHもしてないのに、自分で間に合ってるわけないのに……。
夏希は、椅子にポスンと腰を下ろした。
ジワジワと喜びが溢れてくる。
良かった〰️!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます