第36話 美月 同居決定
起きたのは、朝食の準備ができたことを知らせる電話がかかってきたときだった。
睦月は、久しぶりに気持ちよく熟睡できた気がした。腕の中では、気持ち良さそうに眠る夏希がまだ丸まっている。
夏希を抱きしめ、ライトキスをする。
夏希の瞼が揺れ、ゆっくりと開いた。
「おはよう」
本当なら、お互い裸で抱き合っているはずだったが、もちろん浴衣を着ている。
電話が鳴っているのに気がついて、夏希は慌てて電話に出た。
『おはようございます。朝食の準備が整いました。お運びしてよろしいでしょうか? 』
「はい、お願いします。睦月さん、朝ごはんだって。」
夏希は電話をきると、睦月の隣りにモゾモゾと戻る。
「おいおい、朝飯なんだろ? 」
「うん」
夏希は、睦月にピトッとくっつき、また目を閉じてしまう。
いつもは早起きの夏希が、珍しくベッドでぐずぐずしていた。
二人で眠るのって、こんなに幸せなんだ……。
居間のほうでは、朝食の準備をしているのであろう、ガタガタと音がしていた。
そんな音を聞きながら、夏希は睦月にすり寄る。
夏希の体温と、柔らかい身体を感じながら、セックスしない生活にも慣れるもんだな……と睦月は考えていた。
くっついて寝ているだけで、こんなに満ち足りた気持ちになったのは初めてだった。
朝食を食べ、チェックアウトギリギリまでまったり過ごした。
チェックアウト後、旧軽井沢銀座 に行ってみたが、冬期休業なのか、閉まっている店もあったため、アウトレットに足を伸ばしてお土産を買った。 お昼もそこで食べ、夏希に色々買おうとする睦月に、無駄遣いはダメ! と怒りつつ、夕方には我が家に戻ってきた。
夏希は、マンションを見上げ、ここが自分ちなんだな……としみじみ思った。
今までも住んではいたが、あくまで間借りというか、住み込みという意識が強く、自分の家とは思えなかったのだ。
「疲れた? 」
ボーッとマンションを見上げていた夏希を気遣うように、睦月は荷物を一人で持ち、夏希の肩に手を回す。
「ううん。睦月さんのが疲れたでしょ? 運転もしなきゃだったし。荷物、持つから」
睦月は、土産の軽い袋だけ数個夏希に渡す。
「それにしても、誰にこんなに土産買ったんだ? 」
今は仕事場は自宅なわけだし、土産を渡すほどの仲が良い友達がいるとも聞いていない。住み込みしてから、夏希が母親以外の誰かと会った記憶がなかった。
「これ? 睦月さんの会社にだよ。あと、睦月さんのお義母さんちと葉月さんち、皐月さんと美月君。一応、うちの母親にも。あと色々……」
「会社? 」
今まで、どこかへ行って土産を買うという習慣がなかった睦月は、軽井沢土産を持って会社に行く自分を想像してみた。
なんて言って渡すんだ?
「えっとね、これが皐月さんで、これが弥生さん。こっちの大きいのが秘書の人達に。あと、こっちのは受付の人達に渡してね」
「受付にもか? 」
睦月は、うーんとうなる。
「うん、お世話になったし」
実は、受付の数人とはかなり仲良くなっていた。ラインの交換もしたくらいだ。
「明日、おまえも一緒に出社しろ」
「私も? 」
「ああ、おまえから渡せ。俺は忙しい」
「……わかった。明日はお土産回りするね」
夏希は、お土産を数個取り出すと、マンションの受付にいたコンシェルジュに渡した。
「おまえ、コンシェルジュにも?」
「うん、いつもタクシー呼んでくれてたから、仲良くなったの。あれは佐藤さん。他にも三人いるから、渡してもらうように頼んじゃった」
広く浅く付き合うタイプなのか?
遊びに行くような友達がいないようだから、内向的なのかと思いきや、思っていた以上に社交的らしい。
まだ知り合って三ヶ月、知らない面も沢山あるんだなと実感する。
エレベーターに乗り、夏希が鍵を開けようと鞄をあさっていると、ドアが開いて、美月が顔を出した。
「美月君?! 」
一瞬、夏希の頭に以前の汚部屋がプレイバックする。
「お帰り! 結婚おめでとう! 」
パンパンッとクラッカーが鳴る。
美月の後ろには、皐月や葉月もいた。
「桐子さんは宿直だからこれなかったんだけど、おめでとうって伝えてくれって」
「あ……りがとうございます」
夏希は、思ってみなかった祝福を受け、戸惑いながらも礼を言う。
睦月は知っていたのか、美月に荷物を持たせ、部屋に入った。
「兄さん、言われた通りに荷物移動させておいたからね」
「サンキュー」
荷物? 移動?
「なっちゃんの部屋の荷物、睦月兄さんの部屋に移動したんだ。洋服とかは昼間に秘書の子達がきて入れ換えたからね。で、僕の荷物はなっちゃんの部屋に移動したから。客間はもう客間として使えるよ」
夏希は、エッ? と睦月を見る。
美月の荷物を移動って、四月から住む用だろうか? というか、四月からの同居は決定してしまったのだろうか?
夏希は何も聞いていなかったから、睦月の袖を引っ張った。
「ああ、とりあえず新居に引っ越すまでは、美月はここから大学に通うことになった」
睦月は、渋い顔で言う。
「そう。あと、社会勉強のために、大学入るまで、兄さんの会社でバイトすることになったから、今日からよろしくね」
ニコニコ笑う美月と、ブスッとする睦月、葉月と皐月は睦月に同情的な視線を向けていた。
「新婚生活の邪魔はしないからさ」
「いるだけで邪魔だろう……。おふくろの決定は絶対だからな。御愁傷様」
皐月は、睦月の肩を叩く。
なるほど、お義母さんの……。
夏希は納得する。
「じゃあ、俺らはおめでとうも言ったし、仕事に戻るかな」
葉月と皐月は、夏希からのお土産を受け取り帰って行った。
わざわざ、おめでとうを言いに仕事を抜けてきてくれたらしい。
以前の夏希の部屋を見せてもらうと、夏希の冷蔵庫はそのままだったが、すっかり美月の荷物に侵食されていた。大型のテレビもあり、風呂トイレ以外は、この部屋で完結できてしまいそうだ。
「ね、ご飯とかトイレお風呂以外は、あんまり邪魔しないですみそうでしょ? 冷蔵庫はもらったよ。いらないよね? 」
「うん、いいよ」
「兄さんとなっちゃんの洋服は、一室を衣装部屋にしてまとめたよ。寝室は、新しいベッドにしたから」
寝室を覗くと、夏希のドレッサーと壁掛けテレビ以外の家具はなく、キングサイズのベッドがドーンと真ん中にあった。
「こんな大きなベッドがあるんだ」
「まあ、シングルの方がいいのかもしれないけどね。くっつけるし」
広かろうが、狭かろうが、くっついて寝るのはかわらないだろうなと思ったが、あえてそこはスルーした。
一通り変わったところを美月に案内してもらうと、夏希はリビングでくつろぐ睦月の元に戻ってきた。
美月は宣言通り、夏希達の邪魔にならないように自分の部屋に引っ込む。
「凄い! かなり部屋が変わってた」
「ああ、あとは使いやすいように適当に変えればいい」
睦月は、夏希を引っ張ると膝に乗せた。
夏希も睦月に抱きつく。
「旅行もいいけど、やっぱり家は落ち着くわ」
「週末や休みの時は、美月は実家に帰すから」
「そうなの? 」
「ああ、じゃないと孫は見れないぞっておふくろに言ったら、毎週迎えを寄越すとさ」
まあ、孫ができる行為ができていないのだから、見せたくても見せられないけどな……。( by睦月 )
ということは、週末こそは睦月さんと初H!( by夏希 )
二人の思考はすれ違っているのだが、それに気がつくことはなかった。
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