第30話 美月 帰る

「じゃあ、行ってくる」

「うん」


 夏希はハグし、少し長めのキスをする。

 その様子を後ろから見ていた美月が、ハイハイと間に入ってくる。


「たかが一週間いないだけだから。ほら、兄さん、仕事遅れるよ」

「夕飯、持って行くね」


 お昼のお弁当は持たせていた。


「はい、いってらっしゃい」


 美月は、ウルウルと瞳を潤ませた夏希の肩を抱き、睦月ににこやかに手を振る。

 睦月は、その手をおもいっきりつねってから、夏希にライトキスをして家を出た。


 もちろん、睦月は一週間夏希と美月を同居させるつもりなどはさらさらなく、すでにその解決策はとっていた。

 そう、秘書の弥生に電話をかけた後、もう一件電話をしていたのだ。


「なっちゃん、掃除終わったらデートしようよ」


 美月は、手伝うわけでもなく、掃除をする夏希の後をついてまわっていた。


「ダメよ。まだこの家の家事は私の仕事だし、一応九時までは仕事時間なの。家は開けられないわ」


 夏希はリビングの拭き掃除をし、美月は邪魔にならないようにソファーに膝を抱えて座っている。


「じゃあさ、一緒にビデオでも見ようよ」

「美月君、暇なの? 」

「うん、暇なの! 」


 遊んで遊んで! としっぽを振る犬みたいに、目を輝かせて夏希のそばに寄ってきた。


「わかった」


 夏希は、自分の部屋からエプロンを一枚持ってくると、美月に渡した。それから雑巾も一枚渡す。


「何これ? 」

「エプロンと雑巾。私がやってたの見てたでしょ? やり方はわかるよね」


 そう、夏希も考えていたのだ。どうすれば、美月との同居を回避できるかを。


 美月が四月から一人暮らしできるように、掃除の仕方、料理の仕方を教えれば、心置きなく一人暮らしをすすめられる。

 本人だって、兄夫婦と同居するより、断然一人暮らしをしたいはずだ。何せ、彼女が数えられないくらいいる美月だから、たまには女の子を家に泊めたりしたいだろうし……と、美月がこの家にいるのは、一人暮らしがむいていないからだと思っていた。


 実際は、ただ夏希になついているのが八割、後の二割は同居だと女の子達の誘いを断りやすいから……で、女の子については夏希の考えと真逆のことを考えていた。


「僕がやるの? 」

「そう。家事ができる男の子ってかっこいいよ」

「なっちゃんは、家事ができる男のほうがいいの? 」


 夏希は、うーんと考える。


 睦月が、バリバリ家事したら夏希の存在価値がなくなってしまう。

 夏希は、どちらかというとやってあげたいタイプだった。


「一緒にやりたいかな? 」

「そうだよね。一緒にやれば、その分一緒にいられるもんね。うん、僕やってみる」


 うーん、素直で可愛い!


 思わず、いいこいいこしたくなる。


 が、踏みとどまる。


 見た目無害な少年でも、中身は来るもの拒まず、オールOKな美月であることを忘れてはいけない。


 危ない危ない……。


「じゃあとりあえず、美月君の部屋の掃除を一緒にしようか」

「うん! 」


 二人でエプロンをし、美月の部屋に向かう。


「まずは、洗濯物をまとめて洗濯かごに入れようか」

「はい先生! 」


 美月は、部屋に散乱している衣服と格闘しだす。

 昨日は、共用スペースのみの掃除で、美月の部屋までは手が回らなかったのだ。

 夏希は、ゴミの分別をする。

 なんとか床が見える状態になり、美月に掃除機をかけさせる。夏希は、その後から拭き掃除をした。


「一緒に掃除、楽しいね! 」

「ご飯作るのも、一緒にすると楽しいよ」

「僕、やってみたい! 」


 あー、もう! なんかお母さんになった気分!


 そこへ、ピンポーンとインターフォンが鳴る。

「僕、でてくるね」

 美月が、エプロン姿のままインターフォンにでる。

「なっちゃん、大変! 」


 誰がきたんだろう?と、夏希も玄関に向かうと…。


「お義母さん?! 」


 そこには、睦月と美月の母親の月子が立っていた。


「夏希さん、突然お邪魔してごめんなさい」


 月子は、美月を見て目を丸くする。


「美月さん、そのかっこう……」


 夏希は、まずい! と首をすくめる。


 うちの子に、何やらせてくれてるの! と、怒られると思ったから。


「やだ! 可愛い! 花柄エプロン似合うじゃない」


 月子は、スマホを出すと、美月のエプロン姿の写メをとる。


「掃除してたんだ」


 美月は自慢気に言う。


「まあ、掃除! 」


 今度こそ怒られる!


 月子は、夏希の手をしっかととった。


「美月が、あの美月がお掃除! 素敵だわ! 私がいくら言っても、縦の物を横にすらしない美月が、自分からお掃除なんて! 私、諦めていたのよ。美月が結婚する時には、家政婦を五人くらいつけないといけないかしらって。この子、ひたすら汚して歩くから、家でも三人メイドをつけているの」


 それは、教育に問題があったのでは……?


「学校でもね、女の子達がみんなやってくれるらしくって、美月は王様みたいですって、面談で言われたくらい」


 それは、どんな学校生活なんだろう?

 よく推薦通ったな。


「美月さん! あなたがここにいると、あなたのためになるってことはよくわかったわ」

「え……っ? 」

「美月さんを家に連れて帰ってくれって、睦月さんには言われたんだけど……」


 いや、連れて帰って〰️!


 会話をする間もないくらい、ひたすら月子は喋り続ける。

「ここにいたら、美月さんも成長できそうね」


 いやいやいやいやいや……!


「でもね、美月さん。来週には夏希さんはうちのお嫁さんになってくれるわけだし、やっぱり新婚家庭に若い男子が居候するっていうのもねえ? 」


 夏希は、ウンウンとうなづく。


「睦月さんはね、早く子供欲しいし、そのためにも、やはり二人っきりじゃないとって。ねえ、あなたもわかるわよね? 」


 セックスしたいから、美月君は邪魔だと、お義母さんに電話したわけね……。


 睦月が子供好きだとも思えないし、月子の孫愛にのっかったんだろう。


「でも、大学はこっちのが近いし。うちからじゃ通えないよ」


 美月は、プクッと頬を膨らませる。


「あの……、睦月さん家探してて、ここはでるつもりらしいんです。新しい家が、美月さんの大学に近いかどうか……」

「家って、一軒家? 」

「さあ? 」

「そう……。今後のことは睦月さんと相談するとして、とりあえず美月さん、大学が始まるまではうちに帰ってらっしゃい」

「エエーッ! 」


 大学が始まるまで……なんだ。


「私の言うことは? 」

「絶対です」


 手を上げて言う美月に、月子はニッコリ微笑む。


「よろしい。では、帰りますよ。夏希さん、お邪魔しました」


 そのまま、家に上がることなく帰ろうとする月子に、慌てて夏希はスリッパを出す。


「お義母さん、お上がりください。お茶もお出ししてませんし」

「ごめんなさいね。ゆっくりできないのよ。これから、代議士の先生と会合があるから。今度、お夕飯でも食べましょう。じゃ、美月さん、帰りますよ」

「なっちゃん、僕の荷物はそのままでいいから。片付けにくるから」

「まあ! 自分の荷物を自分で!偉いわ、美月さん。じゃあ、行きますよ」


 美月は、月子に引っ張られるように玄関から消えていった。


「美月さんが帰った……」


 けして、美月が嫌いなわけではなかったし、一緒にいれば可愛い弟みたいで、楽しいのは楽しかった。

 けれど、夏希は思わずガッツポーズをとる。


 これで、睦月さんが会社に泊まり込みじゃなかったら!

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