第28話 誕生日は病院で

 あれから一週間、圭吾にはストーカー規制法に基づいて、夏希の周囲をうろつくことに対する禁止命令が出た。

 警告ではなく禁止命令になったのは、上条の弁護士達が強く働きかけたからで、刑事事件にならなかったのは、夏希の要望だった。

 ただし、禁止命令を破った時点で、刑事事件になることは伝えてある。


 その結果を受け、美月は一度家に戻ると言い出した。


「戻る? 」


 あと、なぜ一度?


「うん、明日、登校日だから」


 美月は、ニコニコ笑って、ショルダーバッグを担ぐ。


 睦月の家に本格的に泊まることにしたとき、美月は村井に荷物を送ってもらっていた。客間は、すでに美月の荷物に占領され、美月の部屋になっている。


 その荷物はそのままに、小さなバッグ一つで帰ると言うのだから、また戻ってくる気満々なんだろう。


「睦月兄さんには、伝えてないから、なっちゃんから伝えといて。明後日帰ってくるね」

 じゃあね! と、美月は来たときと同様、いきなり帰っていった。


 しかし、明後日帰ってくる……。

 なんで帰ってきちゃうの?


 今では、睦月よりも美月といる時間が長い夏希だ。

 とにかく、睦月にメールしなくちゃ! と、夏希はスマホを手に取った。

 それと同時に鳴るスマホ。

 見ると、美月からのメールだ。


 忘れ物かな?


 メールを開くと……。


《大学が睦月兄さんちに近いので、四月から下宿させてもらいます。ヨロシクね(^^)v》


「エエ〰️ッ! 」


 夏希は、メールを見て叫んでしまった。


 いや、今は四月からの同居生活を嘆くより、今日、明日の睦月と二人っきりの生活を喜ばないと!

 しかも、明日一月十八日は睦月の二十代最後の誕生日。

 二人っきりの甘いバースデーパーティー……。


 夏希は、うっとりと目をつぶりかけ、慌てて首を振る。うっとりしてる場合じゃない。


 夏希は睦月にメールを送った。


《美月君が実家に帰ったよ(*_*)明後日まで帰ってきません。明日は二人っきりのバースデーだね(^3^)/》


 とりあえず、四月からのことは、帰ってきたら話しをしよう。


 すると、睦月から激速で返信がきた。


《まじで?! 今日は早く帰る!頑張って仕事終わらせる! 》


 それから、メールは一通も届くことはなかった。

 美月がきてから、一時間おきに定期メールが届いていたのに……だ。

 よほど熱心に仕事をしているのだろう。

 夏希もご機嫌で家の掃除をし、精のつく食事を考える。


 鰻のひつまぶし、アサリの味噌汁、納豆とオクラと長芋のネバネバ和え、サーモンとアボカドのわさびマヨネーズ和え。


 家にある材料で作れるとしたら、こんな感じだ。

 夏希は、さっそく料理を開始し、全てが終わったのは六時を過ぎていた。


 もうすぐ、帰ってくるかな?


 一緒にお風呂に入るとしても、とりあえず先にシャワーを浴びて綺麗にしておく。

 髪の毛もしっかり乾かし、お風呂に入った形跡は消す。


 八時を過ぎ、まだ睦月は帰ってこない。


 いつも帰りは九時前くらいだから、まだ早い時間には入るが、早く帰ると聞いていたから、遅いなとため息が出る。


 九時半……。いつもより遅い。


 いつもなら、遅くなるとか、夕飯先に食べてとかメールがくるはずなのに、メールすらない。


 電話……しちゃダメかな?


 もし仕事でトラブッてたりしたら、迷惑になるよね?


 夏希は、スマホの時計とにらめっこする。


 十一時、……さすがにおかしい!


 夏希は、電話をかけることにした。

 が、でない!


 なんで? どうしたの?


 誰に電話したらいいかわからず、美月に電話していた。


『なっちゃん? どうしたの? 』

『睦月さんが帰ってこないの。こんな時間まで連絡がないことなかったのよ。どうしよう! 事故とかだったら? 今日は早く帰るって……』

『落ち着いて! 』

『だって、変だわ……』

『わかった。皐月兄さんに連絡してみる。ちょっと待ってて』


 夏希は、スマホを握りしめて待った。


 睦月に何かあったら?

 電話できないくらい酷い状態なの?

 どうしよう!

 どうしよう!


 夏希は、青ざめながらただただスマホを見つめた。


 何分たっただろうか?


 一時間にも二時間にも感じたけど、実際は二十分ほどだった。

 知らない電話番号から電話がかかってきた。


『はい……? 』

『夏希ちゃん? 皐月だよ』

『皐月さん! 睦月さんは? 睦月さんは? 』

『今ね、会社の守衛に確認させたら、まだ会社に睦月兄さんの車があるらしいんだ。で、社長室見に行ってもらってる。もうちょい待ってね。これ、僕の番号だから登録しといて。また電話する。』


 それだけ言うと、電話は切れた。

 夏希は、皐月の携帯を登録した。


 会社に車があるなら、車の事故ではないんだと、少し安堵する。

 しかし、連絡がない、できない状態にあることにはかわりない。


 次は五分も待たずにかかってきた。


『もしもし、皐月さん?! 』

『いたよ。今、病院に連れて行ってもらってる。』

『病院って?! 怪我?病気? 』

『なんか、熱だしてぶっ倒れてたらしい。大丈夫だよ、うちと関係のある病院に連れて行ってもらってるから。たぶん一泊入院になるかもだけど。この時期だから、インフルエンザかな?』


 そういえば、今日ハグした時に少し温かかったような……。


『あの、どこの病院ですか? 』

『ああ、会社の近くなんだけど、個人がやってる総合病院で、丸山病院。』


 夏希は、病院の名前と住所をメモすると、お財布とスマホだけ持って家を出た。

 マンションのコンシェルジュにタクシーを呼んでもらい、丸山病院を目指す。


 丸山病院は、入院設備のあるかなり大きな病院だった。守衛の人に睦月の名前を告げると、病室を教えてくれた。


 本来は面会時間ではないし、完全看護のため、よほどじゃないと入ることはできないらしいが、皐月が連絡しておいてくれたらしく、スムーズに入れた。

 入院病棟の内科は三階で、エレベーターを下りると、すぐにナースステーションがあった。

 夜勤の看護婦さんが対応してくれる。


「上条さんのご家族の方ね?」

「……婚約者です」

「今ね、薬で寝てるの。インフルエンザだから、マスクつけて。」

「インフルエンザ……。」


 インフルエンザなら、薬が効くはずだ。


「四十度近く発熱してね、動けなかったらしいの。今は薬も飲んだし、熱も下がってきてるから大丈夫。なんか、帰るって騒いでたから、院長が眠る薬も点滴に入れたみたいね。」


 病室は個室で、かなり豪華な作りになっていた。


「本当は付き添いNGなんだけど、特別室だけは許可出てますから。」


 個室の真ん中にあるベッドには、点滴がつながった睦月が、静かに寝息をたてていた。

 夏希は、そっと睦月の手を握ってみた。


 かなり熱く感じる。


「何かあったら、ナースコール押して下さい。一応、隣りの部屋が家族様用になっていて、ベッドもありますから。」


 この特別室は、二間になっているらしい。他にも、専用トイレやお風呂があり、病室自体も十畳以上の広さで、ベッドの他に応接セットのような机やソファーまでついている。


「ありがとうございます」

 看護婦さんは、睦月の点滴のチェックをしてから出ていった。


 念願の二人きり……ではあるけれど。


 すでに時間は次の日になっていた。


「お誕生日おめでとう」


 寝息はすこやかだし、とりあえずは無事ということで、夏希は力が抜けて、ベッドの横に置いてあった椅子に座り込んでしまう。


「あー、よかったあ……」


 夏希は、睦月の胸に耳をつけ、寝ている睦月を見る。心臓の鼓動、呼吸音を確認し、ちゃんと生きてここにいるということを実感する。


 そうして睦月に寄りかかったまま、いつの間にか、夏希も眠ってしまっていた。


 病院のベッドで目覚めた睦月は、ここがどこだかわからずに、ボーッとする頭で辺りを見回した。

 胸が重く、なぜか身体が動かない。

 視線を下に向けると、夏希の頭が見えた。


「夏希? 」


 夏希は、瞼をピクピクさせ、ゆっくりと目を開いた。


「睦月さん、大丈夫? 辛いとこはない? 」

 夏希は、ガバッと起き上がると、睦月の顔を覗き込み、額に手を当てた。


 まだ熱があるようだ。


「少し喉が渇いた」

「水買ってくる。ちょっと待ってて」


 病室を出て、ナースステーションで睦月が起きたことを知らせ、自動販売機の場所を聞く。

 水を買って病室に戻ると、先生が回診にきていた。白髪の温和そうな老人を先頭に、若手の医師がズラズラとついてきている。

 院長先生の回診ということだった。


「先生、もう帰っていいか?」

「睦月君、まだ熱が高いからね、熱が下がるまでゆっくりしていきなさい」

「家のがゆっくりできる」

「ダメだよ。君はいつも無理するんだから。一週間は仕事禁止ね。人にうつすと困るから。仕事関係者がみんなインフルで全滅じゃ困るでしょ」

「……」


 院長は、ペットボトルを持って入り口に立っていた夏希に目を向けた。


「彼女? 」

「婚約者だ」

「そう……。君、こっちへおいで」


 院長はニコニコしながら夏希を手招きする。


 そばまで行くと、夏希の首を触りウンウンとうなづく。


「ベッド、もう一個用意しようか。君も入院ね。おい、体温測ってあげて」


 看護婦が体温計を持ってくる。


 そういえば、なんか寒いような……。


 院長は、夏希の顔色を見て、熱があると思ったらしい。実際、測ってみると三十八度だった。


「きっと、これから上がるよ。インフルの検査にはまだ早いけど、一応やってみようか。たぶん、うつったんだね。普通、インフルじゃ入院しないんだけど、睦月君がおとなしく入院するためにも、君も一緒のがいいでしょ」


 一緒って、同室だろうか?


「大丈夫、ここ家族が泊まれるように二部屋になってるから」

 院長は、夏希の考えを読んだのか、ニコニコ笑顔で言う。

「俺は一緒でかまわない」

「睦月君、ここは病院で、君達は病人だからね」

「はいはい」


 院長に釘をさされて、睦月はムスッと答える。


 結局、夏希もインフルエンザがうつっており、熱が下がるのに三日、外出禁止期間三日、合計六日間入院するはめになった。


 後で聞いた話し、丸山病院は上条家の遠い親戚になるらしく、病気になると、ただの風邪でも入院するのが上条家の常識らしい……。

 夏希的には、風邪くらいじゃ病院にもかからないのだが。


 睦月のせっかくのバースデーが……。

 念願の二人っきりが……。


 夏希は、泣きたい気分でインフルエンザを呪った。


 せめて明日以降に発症しなさいよ!

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